ガラクタ道中拾い旅
第八話 戦場での誓い
STEP3 願いを拾う
4
ユウレン村の若者達が慣れない剣を力任せに振るい、アークは近くの兵から奪った弓矢で遠くの敵を攻撃する。打ち漏らした敵は、トゥモがナイフを投げ付けた。
セイは天幕近くに立ててあった軍旗を竿ごと奪うと、旗を破り取り、迫りくる兵士達に向かって投げつける。突然旗で視界を奪われた兵士達に向かって、竿を突き出した。額を強打されたのか、先頭に立っていた兵士が仰向けに倒れる。それに押される形で後ろにいた二人だか三人がやはり後ろに倒れ、更に五人、六人が倒れ。あとはその繰り返しだ。詰め掛けた兵士達は密集していたため、倒れてくる前の兵士を避ける事もできず、雪崩のように崩れていく。
ヨシはヨシで、油断した相手の鼻にベルトの金具を仕掛けたり、背後から近付いてぬかるみに突き落したり。茂みに姿を隠し、横を通りかかった兵士の足に下から輪にした皮ひもを引っかけて転ばせたりとやりたい放題だ。
やがて、天幕の中から悲鳴が聞こえてくる。どうやら、中はそろそろ片付きそうだ。
「じゃあ、そろそろ脱出準備をしないと、よね」
そう呟くと、ヨシは近くの木に登り出した。するすると猿のように木を登り切ると、ポケットの中を手でまさぐる。つま先にこつん、と硬い物が当たり、ヨシはニコリと笑った。
木の下に、味方の姿を探す。アークの姿を見付けて、ヨシは声をかけた。
「アークさん、木登りできる!?」
突然頭上から声をかけられて面食らったアークだが、相手がヨシとわかってすぐに持ち直した。
「勿論だ! 狩りの時には、いつも獲物を探すために登ってる!」
「じゃ、すぐここまで来て! 弓矢は持ったままで!」
首を傾げながらも、アークは頷いた。近くにいたクルヤにあとを任せると、弓と矢を背負い、木を登っていく。
「どうした?」
「うん、そろそろワクァ達の方も片付くと思うから、脱出の準備をしておいた方が良いと思って」
そう言って、ヨシはポケットから何かを取り出した。アークがよく見てみれば、それは小さなボタンだ。
「ボタン?」
「そ! ヘルブ街で、多分知り合いが落としたボタン。使えそうな気がしたから、黙って持ってきちゃったのよね」
そう言って、ヨシはボタンを目にあてる。何をやっているのかわからずにアークが首を傾げると、ヨシはボタンを目から離さずに言った。
「ボタンって、小さな穴が開いてるでしょ? こういう小さい穴越しに見ると、普段より遠くがはっきり見えるようになるのよ」
そう言って頷くと、ヨシはボタンをアークに手渡した。落とさないように注意をしながらアークがボタンの穴を覗いてみれば、なるほど、たしかにいつもよりもよく見える。
「かなり遠くの方に、赤地に青で剣の刺繍がしてある旗が見えるんだけど、わかる?」
言われれば、たしかに見える。その少し手前には、多くの天幕。先ほどワクァ達が入っていった物と比べると、少々ぼろいように見える。兵士の宿舎になっているのだろうか。大人数が宿営できるようにするためか、かなり大きい。一つにつき、大人が五十人は寝れるのではないだろうか。
第三陣なのか、あまり人の出入りは無い。ここはたしか、中間にあたる第二陣だ。よくよく目を凝らして見れば、少し走る人間がいるようなので、第三陣はやっとこちらの騒ぎに気付いたといったところか。
「あの天幕を潰す事ができれば、援軍が来るのは遅れるわよね?」
「なるほどな。けど、どうやって潰す? 結構強い弓だからな。矢はぎりぎり届くと思うが、矢の一本で潰れるほど弱いシロモノじゃないぞ」
アークの問いに、ヨシはニヤリと笑った。ごそごそと、鞄の中を漁る。出てきたのは、ぼろ布と火打石。そして、ランプ。ランプの中には、油がしっかりと入っている。
「……なるほど」
頷いたアークの横で、ヨシは早速作業を始めた。アークから矢を受け取り、矢尻に布を巻き、油を染み込ませる。そして、手ごろな枝を力任せにへし折ると、火打石で火を熾す。松明の火を矢に巻きつけた布に移し、出来上がった火矢をアークに手渡した。
「燃え尽きる前に、ちゃちゃっとヨロシク!」
「あんた、本当に滅茶苦茶だな!」
こちらの準備も考えずに手渡された火矢に、アークは慌てた。ボタンの穴を通さなければはっきり見えないほど遠くだが、あれだけ大きく、いくつもある天幕。方角さえ間違えなければ、何とかなるだろう。急いで弓に番え、引き絞って狙いを定め、放つ。
矢は何とか狙いを外さずに飛び、天幕の一つに突き刺さる。火はあっさりと燃え移り、黒い煙を立て始めた。
一つだけでは、足りない。ヨシは新しく火矢を作り、アークに手渡す。アークはそれを受け取り、放つ。二つ、三つと、燃え上がる天幕が増えていく。今頃、第三陣は消火のために大慌てだろう。第二陣に援軍に来る余裕は無い筈だ。
そうしているうちに、あの天幕からワクァとタズ、カノが出てきた。後ろ手に縛った、四十前後の男を連れている。戦場にあって鎧も付けず、仕立ての良い服を着ている。ボロボロになってはいるが、恐らくあれが、ホワティアの国王なのだろう。
「ヨシさん」
「わかってるわ!」
そう言うなり、ヨシは鞄の中から折れた羽ペンを取り出した。少しだけ手で形を整えると、狙いを定め、ワクァ達の方に投げ付ける。白い物が突然視界に入ってきた事に驚いたのか、ワクァ達は羽ペンの飛んできた方角――ヨシ達の方を見る。
ヨシはワクァ達に向かって、陣の入り口を指差して見せた。ワクァは頷き、ホワティア王を三人で引きずって走り出す。セイやトゥモ、ユウレン村の若者達も気が付いた。全員が戦いを続けながらも、陣の入り口目掛けて走り出す。
「私達も逃げるわよ! 陣を混乱させる事はできたし、ホワティアの王様も捕まえたみたいだし。あとは、三十六計逃げるに如かず!」
「おう!」
頷き合い、二人は木から飛び降りる。そして、ワクァ達と同じく、追ってくる敵を各個撃破しながら、陣の入り口を目指して走り出した。