ガラクタ道中拾い旅













第八話 戦場での誓い














STEP3 願いを拾う































ざくざくと、草を踏み分けて若者達は森の中を行く。侍女を装った少女二人は、王妃役であるワクァに寄り添って。男達は演技に関係無く周囲を警戒しながら。ワクァは、普段の半分にも満たない歩幅で静々と。

張り出した木の根や、大きな岩、少々急な坂があれば男が二人ないし三人先行して、少女二人とワクァに手を差し伸べる。その行動の不必要さに笑い、ため息、申し訳無さを感じつつ、三人は差し伸べられた手を取って不安定な道を進む。

「王妃様……お疲れではございませんか?」

「大丈夫です、ありがとう。……皆の方が疲れているのではありませんか?」

「私達なら、大丈夫です。王妃様」

時々、無駄かもしれない小芝居をする。ここまでやるとやり過ぎのような気もしなくもないが、案外、やり過ぎぐらいが丁度良いというのが元々の発案者であるヨシの言い分だ。

「ヨシちゃん……森を抜けるまで、まだかかるのかしら? そろそろワクァさ……王妃様も限界なのではないかと思うのだけど……」

タズが、心配そうな顔をしている。尚、案じられているワクァの限界とは体力的なものではなく、女装及びその芝居に対する我慢の事だ。ヨシも、そうね……と考えるように頷いた。

「砦を出る前に見た地図の通りなら、もう半分以上は来ているはずよね……」

「長いですね。……いっそ、敵が見付けてくれた方が、気が楽かもしれません」

「そのような……。ホワティアの兵と行き会えば、あなた達がどうなるか……私は、早く見付けて欲しいなどとは思いません。いずれ終わりの時はやってくるとしても、あなた達が無事である時が少しでも長引いてくれれば、どれほど良いか……」

「王妃様……」

感激した様子で、何人かが目元を抑える。残りの者は俯き、肩を震わせている。尚、感動ではなく笑いを堪える震えのようである。

アズが俯いて肩を震わせながら、ぼそりと呟いた。

「いや……ワクァもぶっちゃけ、早く終わらせたいから敵来い、って思ってるだろ……」

ワクァが、泣き出した兵士を励ますようにアズに寄り添い、こっそりと腕をつねる。一瞬だけ密かに痛がったアズに、酷く小さな声で「油断するな」と囁いた。

その様子に、半数近くの者がホッとした様子を見せる。

「良かったっス……いつの間にかワクァと入れ替わって、本当の王妃様になってる……なんて事になってなくて……」

迂闊な発言をしたトゥモの背を、アークが思い切り叩いた。

「痛いっス!」

「よし、元気になったな! ……王妃様、見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません。……我らへの心配はご無用。必ずや王妃様をお守り致しますので、ご安心ください」

ワクァは頷き、そして再び一行は歩き出す。だが、ほんの少し歩いたところで、彼らの願いが通じたのだろうか。

「何者だ!」

ついに、見付かった。

ヨシとタズはワクァに今まで以上に寄り添い、男達は武器を構えて前に出る。ワクァは、いつもの癖で前に出そうになったところを堪え、少しだけ体を強張らせて後ずさった。

何人もの男が、一行に近付いて来る。そのうちの一人、四十代半ばほどの男は、馬に乗っていた。それなりに地位のある武将なのかもしれない。

「その鎧……ヘルブ国の兵士か。数の少なさから察するに、脱走兵か? よりにもよって、両軍が睨み合うさ中の森に逃げ込むとは愚かな……」

「違う! 俺達は脱走兵じゃない! ヘルブ国王陛下からの使者だ!」

怒鳴るアークに、馬上の武将はぴくりと眉を動かした。その期を逃さず、アークは一気に畳み掛ける。

「我がヘルブ国王陛下は、ホワティア国王の要請を受け入れ、降伏する事とした! その証拠に、ホワティア国王が妾にお望みの……我が国の王妃をお連れしている!」

アークの声は、怒りを含み、自棄になっているように聞こえる。皆、悔しがるように項垂れた。

「王妃だと?」

馬上からの声に、ヘルブ国側の男達は皆、一歩だけ左右に分かれる。馬上の武将とワクァの間を隔てるものが、何も無くなった。

「ほう……」

馬上の武将は、感心したように目を見開いた。

「なるほど……たしかに、噂に違わぬ美しさだ。これは、我が王もお喜びになろう」

そう言うと馬から降り、遠慮無くワクァに近付いて来る。顎に指をかけ、無理矢理上を向かせる。武将は、満足そうに頷き、ホワティア軍の兵達を見る。

「今日は、ここで引き上げる! この者達に縄をかけよ!」

縄、と聞いて、ヘルブ国の若者達はハッと顔を強張らせた。縛られてしまっては、ホワティアの陣に入る事ができてもただの囚われの身となってしまう。

「お待ちください! 彼らは私をここまで守ってくださった、誇り高き者達……。決してあなた方に反抗したりは致しません! どうか、武器を取り上げ、縄目の侮辱を受けさせるような事をなさらないでください!」

必死に武将に取り縋り、上目使いで訴える。昨夜、フォルコや族長達に作戦の粗い点を指摘されていた際、フォウィーに教えられた事だ。美しさを特徴とするフーファ族は、その美しさを最大限に利用するための技にも長けているという。

狙い通り、武将はたじろいだ。「しかし……」と呟きながら、視線を泳がせている。

「この願いを聞き届けてくださらないのであれば……」

そう言うと、ワクァは武将の腰の剣を抜き放ち、自らの首に当てた。鉄のひやりとした感触が伝わってくる。

「な……何を……」

動揺する武将を、ワクァは睨み付けた。

「彼らを戒めず、これまで通り私に付き従わせてくださるのであれば、私は大人しくホワティアの陣へと参りましょう。ですが、彼らを辱め、その自由を奪おうとするのであれば……私は今この場で、自害いたします!」

当然、はったりだ。死ぬつもりなど毛ほども無い。しかし、ワクァを王妃であると思い込んでいる武将は、まんまと騙されてくれた。

「そのような事をされては、私が王に何と言われるか……。仕方が無い、その侍女と兵士達は、そのままついてこさせましょう。……ただし」

言うや否や、武将は剣を持ったままのワクァを抱き上げた。

「っ!?」

ワクァは顔を強張らせ、次に隠し持ったリラがばれないか案じた。幸い、リラが外側になるように抱き上げられている。武器の露見は防がれた。

「信用して、襲われでもしたらたまらない。それに、淑女にこれ以上森を歩く事は辛かろう。ヘルブ王妃には、兵士達への人質として、我が馬でホワティアの陣へと赴いてもらう」

そう言ってワクァを馬へ横乗りさせると、自らも馬上の人となる。

正直、横乗りは乗り辛い。城で練習したので乗れると言えれば良いのだが、言えるわけがない。

乗り辛そうにしているのを、居心地の悪さと取ったのか。武将が顔を近付け、努めて優しく言った。

「心配召されるな。ホワティアの陣まで、間違いの無いようエスコートして進ぜる」

その言葉に、ワクァは曖昧な表情のまま、顔を背けた。その様子に、ヘルブ国の若者達は揃って顔を見合わせる。

男達の目は「ワクァ、あとで荒れるな」と言っている。ヨシとタズの目は「男って……」と呆れている。そして最後に、全員で密かにニヤリと笑った。











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