ガラクタ道中拾い旅










第六話 証の子守唄












STEP4 家族を拾う
















走る、走る、走る、走る。脇目も振らず、ただひたすら走る。

時折行く手を阻もうと襲い掛かってくる偽の兵士には、問答無用で剣を閃かせる。狙うのは主に鎧の留め紐、武器を握る腕、そして足だ。余裕は無いが、命を奪わぬようにする事だけは忘れない。

何度も廊下を曲がり、何度も階段を駆け上がり、果てが無いのではないかと思われるような廊下を何度も駆け抜け、多くの人とすれ違い、多くの敵を防いで。

やがてワクァは、謁見の間の扉の前へと辿り着いた。華美な装飾は施されていないが、重厚で立派な作りの扉だ。

扉の向こうからは、ドロドロとした殺気と、ビリビリとした緊張感が伝わってくる。……間違いない、王と后は、まだこの場所にいる。

いつでも攻撃を受けれるように体勢を整え、扉を開ける。案の定、謁見の間に足を踏み入れた途端に襲い掛かってきた兵士が二人。例のペンダントを首からぶら下げている。初撃を躱し、切り落とさぬ程度にそれぞれの足と腕に斬りつける。

転がり呻く二人から視線を外し、ワクァは謁見の間の奥……玉座に目を向けた。

入口から玉座までの間には、複数の兵士が倒れている。恐らく、正規の兵も賊も入り混じっているのだろう。そして、玉座には三人の人影。

「……おや、戻ってきたのか。ワクァ王子殿下」

血に塗れた剣を提げ、宰相クーデルが胸の悪くなるような笑みをワクァに向けた。そしてその横には、肩を押さえてうずくまる王と、それに寄り添う后の姿。

「ワクァ……何故ここに……!」

「駄目よ、ワクァ! 逃げなさい!」

血相を変えた王と后が、裂けんばかりの声で叫ぶ。その表情に、ワクァは心臓を掴まれたような息苦しさを覚える。そして、それを振り払おうと言わんばかりにクーデルを睨み付けた。

「ほう……離れて暮らし、記憶にもほとんど残っていないような父と母でも、危機に晒されていればその敵を憎むか。お陰で……折角の麗しいかんばせが台無しだ」

「黙れ!」

一喝。今までに出した事も無いようなワクァの大声に、空気がビリビリと震えた。ワクァは大きく息を吸い、そして吐いた。不思議なもので、かつてないほど目の前の人物に嫌悪や怒りを感じているというのに、頭は酷く冷静だ。

「その口ぶりや様子だと……ヨシの推測は外れていないみたいだな。お前は王位を狙っていて、そのためにこの国の王子を攫い、そして……この国の王子とは……」

「そう……お前の事だよ。ワクァ王子殿下」

くっくっとクーデルが嗤う。さもおかしいという様子だ。

「良かったなぁ、殿下。傭兵奴隷の立場から逃れる事ができて。しかも、あのバトラス族とかいう蛮族の娘のお陰で、路頭に迷う事も無く世間で生きていくすべを身に付けて。本当に、運の良いお方だ」

「……本当に運が良ければ、そもそも幼少時に親と引き離されたりはしないと思うがな」

皮肉に皮肉で返すと、クーデルの顔がぐにゃりと歪む。

「まったく、当てが外れたよ。本来ならば、お前は今頃我らの旗頭として、共に王の首を切り落としていたというものを。自分を奴隷の身分に落として気付かなかった非情な親を恨んでな。それが、どうしてこうなったのか……」

クーデルの言に、ワクァは不快そうに顔をしかめた。

「……言いたい事は、それだけか?」

リラを構え、玉座の方へと歩を進める。あまりにためらいの無い歩みに、クーデルは身じろいだ。だが、落ち着いて剣の切っ先を王達に向けると、強い口調でワクァに告ぐ。

「歩みを止めろ、ワクァ王子殿下! それ以上近付けば、即座に国王達の首を刎ねる!」

「近付けばも何も……どの道、最後は刎ねるつもりなんだろう? なら、俺はそれを防ぐために戦うまでだ」

そう言って、ワクァはリラの切っ先をクーデルへと向けた。……大丈夫。ワクァとクーデルの間は、長くはない。ワクァの脚力なら、一足飛びに間合いを詰め斬り伏せる事ができる距離だ。クーデルが王達に凶刃を振り下ろそうとした瞬間に飛び掛かれば、王達にこれ以上の傷を負わせる事無くクーデルを倒す事ができる。……はずだった。

「ワクァ!」

突如、王妃が叫んだ。それと同時に、ワクァは背中に鈍痛を感じた。次いで、焼きつくような痛みに襲われる。

「……っ!?」

歯を食いしばり、倒れそうになりながら後を振り向く。そこには、いつの間にか一人の兵士がいて。手にはうっすらと血の付いた剣を持っていた。

この兵士に斬られたのか、と、ワクァは咄嗟に悟る。だが、こんな動ける兵士が今までどこに? しかも、この兵士は正規兵のようだ。例のペンダントをぶら下げていない。

その謎は、すぐに解けた。近くに、件のペンダントが転がっている。

「……そういう、事か……」

この兵士は、正規の兵ではない。恐らく、混乱のさ中にペンダントを棄て、倒されたフリをしていたのだろう。

ワクァは何とかふんばり、自分に一太刀をくれた賊に向かって剣を振る。足と腕に瞬時に傷を負い、相手はあっけなくその場に蹲った。

ワクァは、体勢を整え再度クーデルに対峙した。背中の傷は、深くはない。致命傷にはなっていないだろう。だが、痛みは確実に、ワクァの集中力と体力を奪ってゆく。腕に力が入らなくなり、ワクァのリラを持つ腕がだらりと下がった。

「……どうやら、ここまでだな」

見下すように嗤い、クーデルは王の首に向かって剣を振り上げる。これが振り下ろされた瞬間、王の首は床に転がってしまう事だろう。

長い事夢見てきた家族が、今目の前で命を落とそうとしている。ワクァは、頭が真っ白になった。そして。

「……っ! 父さん……母さんっ!」

思わず、叫んでいた。

思わず、走り出していた。

少しだけ衰えたスピードで、しかし今持てる全力の力で走って。ワクァは王とクーデルの間に身体を割り込ませた。王と王妃を守ろうと、必死に二人を抱き締める。王と王妃が、揃って悲鳴をあげたような気がする。

走馬灯のようなものが、頭をちらついた。

あの時と、同じだ。タチジャコウ領でニナンを庇った時と、同じ……。

こんな事をしたら、またヨシに何を言われる事か。……いや、流石にこの状況では助かるまい。何を言われても、自分が聞く事は無いか……。

「はい、そこでストーップ!!」

大きな声が、謁見の間に響き渡った。そして、それと同時に何かがヒュンと空を切り、クーデルの手へと直撃した。

「ぐっ!?」

不意打ちを食らったクーデルは剣を取り落とす。カランという音が聞こえた。敵に隙ができた。それに気付いて、呆けているワクァではない。傷を負っているとは思えぬほど素早く立ち上がると、即座にリラの切っ先をクーデルののど元へと突きつけた。

「……っ!?」

クーデルは息を呑み、目を白黒とさせている。ワクァは、ちらりと床を見た。クーデルが取り落とした剣と共に、例の賊のペンダントが転がっている。

玉座周辺には、先ほどワクァに切りかかった賊しかいない。それとて、玉座からは多少離れている。こんなところにこのペンダントが落ちているのは、本来ありえない事だ。

つまり、先ほどクーデルに襲い掛かったのはこのペンダント、という事になる。そして、今このヘルブ街にいる人物で、こんな適当な形のペンダントを寸分違わず狙った場所に投げ飛ばす事ができる人物を、ワクァは一人しか知らない。

「まったく! 自分が傷付く事で誰かが悲しむ顔を知ってるからおかしな無茶はしないと思ってたのに、とんだ買い被りだったわ。あんたはタチジャコウ領のあの事件で何を学んだわけ!? あんな守られ方しても、王様もお后様も喜ばないわよ!」

扉からまだそれほど室内に踏み込んでいない場所に、ヨシがいた。その傍らには、マフも控えている。

「ヨシ! マフ!」

傷の割には元気そうな様子に、ヨシは安堵したようにため息をつき、苦笑した。そして、玉座めがけてゆっくりと歩いてくる。

「城内の残党は、トゥモくん達正規兵が頑張って片付けてくれているわ。あとは、ここだけ」

そう言いながら、ヨシはワクァの横へと並び立った。クーデルを真正面から見据え、「やっぱりね」と呟く。

「謁見の時、思い出せなくてごめんね。やっぱりあんた、あの時酒場で私に難癖つけてくれた奴のうちの一人よね」

そして、「皮肉なものよね」と言う。

「あの時、アンタ達が難癖をつけてくれたお陰で、私はヘルブ街を出る事にした。その旅の途中で私はワクァと出会って、二人で気ままに旅をしている間に、またこの街に来る事になって。そして今、私達はあんたの邪魔をしている」

ギリ……と、クーデルが悔しそうに歯噛みをする。そんな彼に、ヨシは不敵に笑って見せた。

「あんたの目論み通りに事が運べば、確かにワクァはあんたの手駒みたいになって、あんたが権力を握るための道具に成り下がっていたかもしれないわ。……けど、世の中そううまくはいかないのよ。あんたにとっての計算違いが、三つも起きた!」

そう言って、ヨシは右手の指で三を表し、クーデルに突きつけた。

「一つは、奴隷に厳しいタチジャコウ領にあって、ワクァを精神的に支えてくれる、ニナンくんという存在がいた事。一つはそれが原因でワクァがタチジャコウ家から暇を出され、あんた達の監視から外れてしまった事。そして最後の一つは、ワクァが旅立つその場に、私が居合わせていた事よ!」

言うなり、ヨシはクーデルに向かって飛び掛かる。あっという間に懐に飛び込み、その鳩尾に向かって鞄を叩きつけた。

「ぐっ……」

クーデルがよろめく。その眼前に、無言のまま、ワクァが立った。

ワクァはしばらくの間、クーデルと、己の手にあるリラを交互に見詰める。そして目をつぶり、大きく息を吸い、吐くとリラから手を放した。

リラが床に転がるカランという音に合わせるようにワクァは右の拳を握りしめ、その拳で力の限りクーデルの頬を殴りつけた。決して重くは無い、むしろ軽いその身体と拳から重い一撃が繰り出されたのは、今までの人生を想ったからか。

「あがっ!?」

殴られた衝撃から、クーデルは後に倒れこむ。脳震盪でも起こしたのか、そのまま起き上がる気配は無い。

倒れ伏したクーデルと、慣れない拳闘で痛めた様子の拳を眺めて。ワクァは再び息を吸い、そして吐いた。






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