ガラクタ道中拾い旅
第六話 証の子守唄
STEP4 家族を拾う
1
「あっ、ワクァ!」
城では、既に多くの兵士達が戦っていた。それはそうだ、ワクァ達が目撃した時には既に戦っている者がいたのだから。
だが、予想以上に負傷者が多い。壁際や地面に、多くの兵士が血を流して倒れている。
しかし、倒れているのが兵士ばかりで、敵と思われる人間がいないのは何故だろう。そんなにこの国の兵士は弱いのか? ……いや、違う。
「……トゥモ、これは一体、どういう事だ?」
下手に攻撃する事もできず、ワクァはナイフ投げで応戦しているトゥモへと近寄った。トゥモがナイフを投げた先には、トゥモと同じくヘルブ王族の紋章が刻み込まれた皮鎧を着こんだ男。よく見れば、兵士達は全員、同じ鎧を纏った兵士と戦っている。
「……同士討ち……!?」
「違うっス!」
懸命にナイフを投げながら、トゥモは言う。
「賊はみんな、自分達と同じ鎧を身に付けているんス! 同じ格好だから、城の中で自分達に紛れ込んでても、誰も気付かなくって……それがいきなり、襲い掛かってきたんス! 本来の兵士に紛れて歩き回っていたから……多分、城内にまんべんなく侵入されちまってるっス!」
「……そういう事か。けど、それだと向こうも同士討ちをしかねない。それに、なんだかんだ言ってトゥモ達も相手を狙えているようだが……一体どうやって……」
「あれっス!」
叫び、トゥモが一人の兵士を指差した。その兵士は、皮鎧には不似合いなペンダントをぶら下げている。ペンダントと言っても、金属片に革ひもを通しただけの簡素な物だが。
「賊も同士討ちは懸念してたみたいで。最初は兵士個人のおしゃれなのかとも思ったんスけど、よくよく見てみると、同じ物をぶら下げている奴が何人もいるんス!」
「なるほどな……あれが目印か」
よく考えられている。これなら敵と味方の区別もつくし、バレて追いつめられた時にはペンダントを捨てて正規の兵達に紛れ込んでしまえば良い。
「とにかく、細かい事は考えずにペンダントをしている奴を狙えば良いんだな?」
言うなりワクァは多くの兵士達が固まって戦っている場に飛び込み、リラを閃かせる。瞬時に相手を見分け、皮鎧を体に固定している紐を狙って切りつける。紐が切れた鎧は、呆気無く装着主の身体から離れて落ちた。身を守ってくれる物が無くなった事に気付いた者は、ほとんどがあっさりと戦意を喪失し、投降の意思を示してくる。
正規兵達が目を見張る中、ワクァは懸命に剣を振る。そしてそれをサポートするように、ワクァの背後に迫った敵をトゥモが投擲で防いだ。
やがてペンダントをした兵士が見当たらなくなり、この場での隊長格であると思われる正規兵と、トゥモがワクァに駆け寄った。
「済まない、助かった!」
「ワクァ、今までどこに行ってたんスか!? あんな風に出て行って……それに、ヨシさんは……」
「……済まない、ゆっくりと答えている暇は無いんだ。……トゥモ、陛下とお后様が今どこにいるか、わかるか?」
「え?」
問われて、トゥモと隊長は顔を見合わせた。そして、自信無さげに言う。
「……多分、まだ謁見の間にいると思うっス。ワクァとヨシさんが出て行って、すぐ後にこの騒ぎになったっスから……」
「陛下は謁見が終わった後、時間が押していなければそのまま謁見の間で、その場にいた者達と聞いたばかりの話について意見を交換するようになさっていると聞く。今日もそうしたのであれば、賊が暴れ出した頃にはまだ謁見の間にいらっしゃった事だろう。賊は兵士に扮し、城内にまんべんなくはびこっているようだ。下手に動けば、逆に危ない」
ワクァは頷いた。
「お后様も一緒だったからな……余計に、危ない橋を渡ろうとはしないだろう。……という事は、誰かに誘導されたりしていない限り、お二人はまだ謁見の間……という事か」
呟き、二人に礼を言うと、ワクァは城の内部に向かって駆け出した。
「あっ、ワクァ……!」
何が起きているのか。ワクァは何か知っているのか。問いたくて、トゥモはワクァを引き留めようと呼び掛けた。だが、ワクァは止まらない。真っ直ぐに、急ぐように、走っていく。
「一体……何事なんスか……? それに、ワクァ……平静を装ってたっスけど、どう見ても焦ってたっス……」
そこまで口に出して、トゥモは悪寒を感じた。ぶるりと震えたトゥモの顔を、隊長は心配そうに覗き込む。
「どうした? 大丈夫か、トゥモ?」
「……何か……嫌な予感がするっス……」
「嫌な予感?」
訝しげに問う隊長に、トゥモは頷いた。
「何か……このままだとワクァが危ないような……そんな予感がするんス……!」
そう言って唾を飲み込むトゥモの頭を、隊長はポンと軽く叩いた。
「なら、こんなところでぼやぼやしている場合じゃねぇな」
「……え?」
トゥモが顔を見上げると、隊長はニッと笑った。
「あいつが来てくれたお陰で、俺達は被害が少なくて済んだんだ。亡き王子殿下と同じ名前を名乗るあいつが何者なのかは知らねぇが、今度は俺達が助けてやらねぇとな」
その言葉に、周りの兵士達も頷いている。一瞬ぽかんと呆けて。そして、トゥモの顔が少しだけ明るくなった。
「はいっス!」
トゥモが勢いよく頷いたその時。一つの人影が、城門に駆け込んできた。ライオンの鬣色をした三つ編みを揺らし、二つの鞄をたすき掛けに掛けたその人物は、トゥモの姿を見付けると一息に走り寄ってくる。
「トゥモくん! ……ワクァ! ワクァ見なかった!?」
「え!? あ……ワクァなら、ついさっき何だか焦った様子で城の中に……」
「わかった、ありがと!」
それだけ言うと、ヨシも少々焦った様子で、城の中に駆け込んでしまう。
「ヨシさんまで……。やっぱり、何かがおかしいっス……!」
トゥモの言葉に、隊長は頷いた。他の兵士達も、一様に頷いている。
「俺達も急ごう。ただでさえ、これだけの数の賊に侵入を許しちまってるんだ。ついでに、あのお前の友達二人もな。これでこの後、事の成り行きをぽかんと見てました、なんて事になったら。末代までの赤っ恥だぞ! これ以上、後れを取るな!」
おう、と気合の入った声を上げ、半数の兵士達は城の中へと駆け込んだ。残る半数は、これ以上の侵入を許さぬための防御要因だ。
城の中からは、絶え間無く、剣戟の音が聞こえてくる。