ガラクタ道中拾い旅
第五話 占者の館
STEP4 切っ掛けを拾う
1
「思えば、ワクァってよく襲撃に参加してるわよねー」
人の姿がほとんど見えぬ深夜の町外れ。件の屋敷を前にして、ヨシは場違いなほど呑気な声で言った。すると、ワクァはムッとした顔で言う。
「マロウ領にユウレン村、それに今回の三回だけだ。人が押し込み強盗並に頻繁にどこかを襲撃しているかのように言うんじゃない。人聞きの悪い」
「三回って、一般人視点で考えればかなり多い方だと思うけどねぇ。そもそも、一般人は襲撃する事がまず無いんだし」
あははと笑いながらウトゥアが言うと、反論が難しくなったのか、ワクァは黙り込んだ。場が静まり返ったのを確認すると、ウトゥアは顔から笑みを消さぬままに言う。
「じゃあ、そろそろ行こうか。ワクァちゃんもヨシちゃんも、準備は良い?」
「はい」
「いつでも良いわ!」
二人の返事に満足そうに頷くと、ウトゥアはにっこり笑って後に下がった。
「……ウトゥアさん?」
怪訝な顔をしてヨシが名を呼ぶと、ウトゥアは更ににこやかな顔をした。そして、一切のモーション無しで二人の肩をトン、と押した。
「じゃ、あとはヨロシク!」
「……へ?」
間抜けな声を出した時には、既に押された後で。不意を突かれた二人は珍しくその場でよろけ、隠れていた茂みからあっさりと飛び出してしまった。
「なっ……何だお前達は!?」
突然現れた二人に、屋敷の周辺を巡回していた男達が当然のように驚く。するとヨシは男達が一瞬思考停止した隙を見逃さず、すかさず一歩前に進み出た。
「アンタ達こそ、何? 随分ダラけた小汚い格好でウロウロしてるみたいだけど。ここが時の宰相、クーデル様のお屋敷だってわかってるの?」
「えっ……」
「宰相……!?」
男達が言葉を詰まらせた。その態度に、ヨシの目が鋭く光る。
「クロね。この屋敷の持ち主か管理人に依頼されて警備をしてるなら、ここが宰相の屋敷だって聞いて動揺するわけがないわ」
「そうだな。つまり、少なくともこいつらは屋敷の管理者に無断で敷地に入り込み、たむろしている事になる。……という事は、戦っても咎められる事は無いという事か」
「不法侵入してるのは私達も同じだけどね」
「……余計な事は言わなくても良い。……いくぞ、リラ!」
ヨシの発言に渋い顔をしつつ、ワクァは駆け出し、そしてリラを抜いた。銀の刃が閃く度に、一人、また一人と不審な男達は足を痛め、みぞおちを鞘で強打され、ズボンがずり落ちて行動不能になっていく。
「なっ……何なんだ、この小娘!? 妙に強いぞ!?」
「小娘と言うな! 俺は男だ!」
お決まりのパターンにハマり、いつものように怒ったワクァのスピードや攻撃する力が上がっていく。
「よっぽどの事が無い限り、怒れば怒るほど強くなるタイプだったりするのよね、ワクァの場合……」
その〝よっぽどの場合〟の心配が今のところ無いため、ヨシは特にワクァを心配する事も無く、辺りをのんびりと見渡した。
自分達が隠れていた茂みの横には、すっかり枯れて荒れてしまった花壇がある。鉢植えを置いて飾るのか、棚のような物もあった。横に大ぶりの鉢が一つ転がっている。そのすぐ近くには、崩れてしまった小さなレンガ造りの井戸。花壇の手入れをする為に設けられた物なのだろう。すぐ近くに、壊れた柵も見えた。
別荘として長い間使われていなかった事もあってか、それ以外にめぼしい物は見当たらない。強いて言うなら、現在ワクァにボコられている男達が飲み食いしたと思わしき酒瓶や紙袋、木製の椀や樽が転がっているくらいか。近付いてみると、ツンとアルコールの臭いが鼻をつく。割と度数の高い酒が、まだ樽の中に残っているらしかった。
「うーん……まぁ、使えなくはないか」
そう呟くヨシの背後で、野太い悲鳴が聞こえた。振り向いて見れば、どうやらワクァがその場にいた男達を全て行動不能にしたらしい。
「おい! 応援に来てくれ! 俺達だけじゃ歯が立たねぇっ!」
応援を呼ぶ声に、屋敷の玄関口辺りが騒がしくなる。足音から人数を推測しつつ、ヨシは手早く棚から天板をはずし、地面に鉢をさかさまにして置いた。そしてそれに先ほどの板を立て掛けると、片側の端に樽を載せる。
玄関が開き、四人の男がどやどやと飛び出してきた。その男達が軒先から出ない間に、ヨシは鉢に立て掛けた板の、樽の載っていないもう片端に飛び乗った。すると反対側に載っていた樽が景気良く宙を飛び、軒先にぶつかって大破した。その中身は、丁度軒から出るところだった男達に思い切りかかってしまう。
「何だ? 酒ぇ!?」
酒でびしょぬれになった男達は、一瞬思考停止したかのように動きを止めた。その隙に、ヨシは鞄をまさぐり火打石を取り出し、柵の板に紙袋を巻き付けた物へ着火して松明を作り出す。
「……ヨシ。念のために訊く。……さがっていた方が良いか?」
いち早くヨシの意図を察したらしいワクァが問うと、ヨシは「あー、そうね」と頷いた。
「強いお酒って、燃えるのよね。あの量と強さでどれぐらいになるか、やってみないとわからないけど……まぁ、火傷じゃ済まないんじゃないかしら?」
パフォーマンスでもするように松明をぐるぐると回しながら言うヨシに、男達はゾッと戦慄した。
「あの娘……目が笑ってねぇ……!」
「ありゃ、マジでやるぞ……!?」
戦う前から戦意を喪失してしまったらしい男達は、ジリジリとヨシやワクァから離れていく。気付けば、怪我以外の要因で動けなくなっていた者達も、ズボンをずり上げながらジワジワと通りへ続く道に近付いている。
「……」
「……」
ヨシとワクァは、黙って顔を見合わせた。そして頷くと、ヨシは松明を、ワクァはリラを、それぞれ眼前に振り下ろした。ヒュッと風を切る音が響き、剣と松明を男達に突き付けた形になる。それが、男達にとっては充分な脅しとなった。
「ひぃぃぃっ!」
「何だこいつら! こんな奴らと戦うなんて、聞いてねぇっ!」
「良い思いができるって聞いたから仲間になったってのに……やってられっか!」
口々に悪態をつき、叫び、男達は散り散りになって敷地外へと逃げ出した。ワクァ達は、特にそれを追おうとする素振りは見せない。見せる前に、外からざわざわとした音が聞こえてきた。
ここへ来る前にウトゥアとリィが手配していた街の警備兵達だろう。ウトゥアに言わせると、こういう事だ。
確かな証拠が無い以上、屋敷の中に警備兵を突っ込ませる事はまずい。……が、少人数で侵入する分には何とでも誤魔化しがきく。だから、一騎当千のヨシやワクァが突っ込む分には問題無い。そして、取り逃がした者を〝たまたま〟辺りを厳重に警戒していた多くの警備兵達が不審に思って捕えるのであれば、何らおかしな事は無い。
「宮廷占い師とタチジャコウ家執事の肩書を出したら、呆気ないくらいアッサリと話を聞いてくれたよ。今回は助かったけど、この辺り、もうちょっと改善するようにしないとねぇ」
今更ガサガサと茂みから這い出して来て、ウトゥアは言う。
「ウトゥアさん……流石にさっきのアレは無いと思うんだけど……」
突き飛ばされた事を思い出し、ワクァとヨシが軽く睨むとウトゥアは「えー」と苦笑した。
「ヨシちゃんとワクァちゃんが油断し過ぎだったんじゃないの? 駄目だよ、味方相手でも、戦場では気を引き締めないと」
そう言って二人をいなすと、ウトゥアはさっさと屋敷の玄関へと向かってしまう。そして、入る前にくるりと振り向いた。
「二人とも何してるの? 聖騎士様と聖女様がいないと、話が進まないじゃない。早く来なよ」
もう何度目かわからなくなってきた聖騎士、聖女呼びに、二人は「もう何とでも呼べ」と言わんばかりに溜息をついて歩き出した。そんな二人を、ウトゥアは楽しそうに眺めている。その目が一瞬、値踏みをするような鋭い目付きになった事に、ワクァもヨシも、気付く事は無かった。