ガラクタ道中拾い旅










第二話 守人の少年











STEP3 厄介ごとを拾う











ワクァとシグが屋敷の正面玄関に入ると、そこには一人の男が立っていた。薄汚い恰好に、無精髭。優美な曲線とシンプルな装飾で造られたこの空間におよそ似合わないその姿は、どう大目に見ても屋敷の人間ではない。ワクァが視線だけでシグを見れば、シグは顔をこわばらせ、警戒する様子を見せている。これは、もう確実に盗賊の一味だ。

そう確信したワクァは、わざと弱々しい声を出して盗賊に問うた。無理矢理絞り出す高い声が、喉に痛い。

「あの……報告の為の文書を持参したのですが、何処へお持ちすれば良いのでしょうか……?」

すると、盗賊はニヤニヤとワクァの顔を眺めながら言う。

「なに、お前がわざわざお頭のところまで持っていく必要は無ぇさ。渡してくれりゃあ、後から俺がお頭に渡しておいてやる。それよりも……」

下卑た顔に、何かを期待しているらしい笑みが浮かぶ。その表情と長年の経験からこの展開はよろしくないと察知したのか、ワクァはキッと眼を吊り上げると、声は高くしたままで鋭く言った。

「そういうわけには参りません! 私達は文書をお届けするのと同時に、領主様方のご無事を確認し、街の人々に伝える役目も担っております。未だ領主様方のご無事を確認できていない以上、この文書を貴方の手に託すわけには参りません!」

ワクァの、自分でも内心感心するほどの演技に圧されたのか、盗賊は渋々ながら玄関正面に見える大階段を指差した。

「お頭は二階の一番奥にある部屋にいる。領主達も、全員その部屋だ。良いか? 妙なマネしやがったら、人質もお前らも、全員命は無いと思え。わかったな?」

その言葉に、ワクァとシグは表面上は男を恐れているように頷いた。そして頭を上げると、男にはわからない程度に彼を一睨みして、階段を上っていく。

盗賊の男は、そこで待機し、いざという時には外と中の連絡係のような役割を果たす事になっているのだろう。ワクァ達の様子を見てはいるが、どうやら付いてくる様子は無い。

そこで、盗賊から目の届かない場所まで進んだ時、シグは小声でワクァに囁きかけた。

「ワクァさん……ここまで来れれば、もう安心ですよ。変装を解いて、ファルゥ様達の閉じ込められている部屋に乗り込みましょう」

すると、ワクァは同じく小声で囁きながら首を横に振った。

「他に策を立てようが無い以上、乗り込むのは賛成だが……変装はまだしておいた方が良い」

「何故ですか? ワクァさん、早く変装をやめたいんじゃ……」

首を傾げながらシグが問うと、ワクァはあくまで小声で……しかし、苦虫を噛み潰したような顔をしながら言った。

「それはそうなんだが……完全に部屋の前までたどり着くまではやめておいた方が良い。今のところは大丈夫のようだが、何処で誰が見ているかもわからん。もし侵入がバレたりしたら、人質から離れた場所にいるこっちが不利だ。もし、俺たちの侵入を察した事で奴らに逆上でもされてみろ。それこそ、ファルゥ達の命を危険に晒しかねない」

言われて、シグも渋面になる。そして、緊張を振り払うかのようにワクァに言った。

「そうですね……。それにしても、ワクァさん……よくそんなカツラなんか用意できましたね……」

街の人間にもカツラを使う者がいないわけではない。だが、それはあくまで加齢によって少々頭が薄くなってしまった者の事。そもそも、この国では黒い髪は珍しい。だから、身だしなみの一環として黒髪のカツラを求める者はこの街でなくとも多くは無い。加えて、この街の演劇文化は決して盛んで無い為、衣装としての需要も無い。その為、少なくともこの街でワクァに合った色のカツラを用意するという事は、そう簡単な事ではなかった筈だ。

すると、ワクァは軽く溜息をつきながら呟いた。

「全くだ……。まさか、ヨシの拾ったガラクタがこんな形で役に立つとは……。あいつはいつもいつもワケのわからない物ばかり拾ってくるんだが、何故かそれが後々思いもかけない形で役に立つ……。本人は先見の明などと言っているが、こじ付けが上手いんだか、悪運が強いんだか……」

ワクァ自身、そのガラクタに何度か助けられた事があるわけで、文句を言いたくても言えない現状にある。それを思い出すと頭に来るのか、ワクァはハァーッと盛大な溜息をついた。その溜息に、何となく今までの苦労が見えたのか、シグは何とも言えない微妙な笑顔で曖昧に笑っておく事にした。そんなシグに、ワクァは言う。

「兎に角。変装を解くのは、最低でも俺たちと奴らの条件が対等になってからだ。人質の安全を確保できた場合には、ただちに解くぞ」

その「ただちに解く」という言葉の強調っぷりに「やっぱり嫌なんだ……」という言葉を飲み込みつつ、シグは強く頷いた。

その時だ。二人の向う先にある、二階の一番奥の部屋から、人の声が聞こえてきた。声は怒鳴り声と叫び声が混ざっているようだが、その中の一つは確実に女性の声だ。そして、男の声で「やっちまえ」だの何だのと、物騒な言葉が聞こえてくる。

「!」

瞬時に、ワクァとシグは顔を見合わせた。そして、ワクァはスカートの中に隠し持っていたリラを手に持ち、同じく隠していたシグの剣、クレイモアーをシグに投げ渡すと、そのまま勢い良く廊下を蹴った。シグも、剣を受け取るとワクァに続く。

すぐ目の前の扉から殺気が漏れているのを感じ、ワクァはリラの柄に手をかけた。








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