フェンネル謎解記録帳3~学び舎の花巡り~












15














朝から、霧のような雨が降っている。二月の寒気と相まって、とても寒い。白い息を吐きながら、乾が店の中に入ってきた。

「うー……寒い寒い。これだけ寒いと、今日はお客さんは来ないかもしれないなぁ」

そう言いながらバックヤードに入り、ファンヒーターに手をかざす。その後では、椅子に腰かけ、マグカップからココアをすすりながら、和樹が第四の暗号メモを眺めていた。正面の椅子には、暗い面持ちで涼汰が腰かけている。

「暗号を作った人が亡くなってしまっていたのは、残念だったね……」

メモから目を離し、和樹は涼汰に声をかけた。

「うん……」

頷き、小さくため息を吐く。

「俺、さ……結構、楽しみにしてたんだ。この暗号を解いていって、最後の宝物か何かに辿り着くの。それで、こんな風に人を振り回すような暗号を作ったヤツの目の前で、「どうだ!」って言ってやって……そいつが驚く顔が見れたら面白いな、って思ってた……」

「……うん」

和樹は、小さく相槌を打った。涼汰は、先ほどよりも少しだけ大きなため息を吐く。

「……けどさ。作った奴が死んじゃってるんじゃ、「どうだ!」って言ってやる事も、驚かせてやる事もできないじゃんか? そう考えたら、何か急に、俺何やってんだろ、って気持ちになっちゃってさ……」

「……うん」

和樹は、相槌以外の言葉を発さない。涼汰の次の言葉を待っている。

「暗号を解いてる時、俺……結構ワクワクしてたのに。そんなワクワクできる物を考えた奴が、実はあと何日生きられるかもわかんない状況でこんな物を考えていたなんて……何考えてたのか、わかんないよ。この佐原先輩が、何を考えて、こんな暗号を作ったのか……さっぱりわからない……」

「それは……この最後の暗号を解けば、わかったりして」

和樹が、暗号のメモ用紙を振って見せた。だが、涼汰は首を横に振る。

「……も、良いよ。これ以上解き進めて、もっとわかんなくなったら嫌だし。俺はもう、この暗号に挑戦するの、やめる。山下先輩も、やめるって言ってた……」

「そっか……」

「うん……」

「じゃあ、今日はその報告?」

ファンヒーターで少しだけ温まった手をこすり合せながら、乾が問うた。涼汰は頷き、「それと……」と言いながらポケットをまさぐる。白くてシンプルなメモ用紙を、一枚取り出した。

「卒業式に、先輩たちに贈る花束の注文。三人分で、予算はこんだけ」

メモを受け取り、乾は頷いた。

「はい、ご注文承りました。花束は、当日取りに来る? 少し遅くなっても良いなら、学校までお届けするけど。……和樹くんが」

「俺ですか」

「若者は動かなくちゃ」

「都合よく、自分をおじさん扱いしだしましたね……」

「和樹くんも、あと四年もすればこうなるよ」

笑いながら、乾はカウンターから予約票を持ってくる。そこに必要事項を書き込み、受取日と連絡先を記入させると、控えを涼汰に手渡した。

「じゃあ、これで注文は完了。宅配は……」

「届けてくれるなら、それで。十時半ぐらいって、大丈夫?」

乾は、カレンダーを確認した。

「……うん、この日の十時半なら大丈夫だね。じゃあ、それぐらいの時間に学校に届けるから、携帯電話はいつでも取れるようにしておいてね?」

「うん」

頷くと、涼汰は立ち上がった。バックヤードから出て、店の出入り口へと向かう。

「じゃあ……間島さん、乾のおっちゃん。今まで、ありがとうございました」

頭を下げて、店を出る。ドアベルの軽快な音が、鳴り響いた。傘をさして、とぼとぼと歩く。

途中、誰かとすれ違った。直後にまたドアベルの音が聞こえたので、フェンネルの客だったのだろう。

振り向く事無く、涼汰は家への道を歩いていった。











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