フェンネル謎解記録帳3~学び舎の花巡り~
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「……と、いうわけで……」
「二人で来たんだ」
苦笑しながらも、乾は二人を迎え入れてくれた。奥の方では、和樹が忙しそうに鉢植えを動かしている。
水やりをやってすぐに来たため、時間は午前十時過ぎ。店は開店したばかりで、乾と和樹は朝の仕事に忙しそうだ。
「……お昼過ぎに出直した方が、良かったかなぁ……?」
「いや、大丈夫だよ。お客さんが来たら、この前みたいに放ったらかしにしちゃうけど、それでも良ければ」
「……で、浅海。あそこでバタバタしてんのが、例の残念なイケメン探偵か?」
涼汰の脇をひじでつつきながら、山下が問う。涼汰は頷き、乾は苦笑した。
「あんまり、当人の前で残念なイケメンとか言わないようにね?」
「最初に間島さんの事を残念なイケメンっつったの、乾のおっちゃんじゃん」
「その、おっちゃんっていうのも、できればやめてほしいなぁ……」
「じゃあ、おじさんっスか?」
「……おっちゃんで良いです」
中学生二人が乾をからかっている間に、鉢植えを並べ終えたらしい和樹がやってくる。
「あ、涼汰くん。久しぶり! ……そっちは?」
山下の存在に気付いた和樹が、ジョウロを手に持ったままで問うた。すると山下は、「どうも!」と調子良く敬礼してみせる。
「俺、浅海と同じ園芸部の二年で、山下楓哉っていいます。この店に、どんな暗号でもちょちょいと解いちまう名探偵がいるって聞いて、面白そうだからついてきました!」
「……何だか、変な噂が広まってるんだね……」
変なにおいをかいだ時のような顔をしながら、和樹はジョウロを脇の棚に置いた。そして、視線を涼汰に戻すと、「そういえば」と呟く。
「前に持ってきた暗号。そろそろ、南の花壇を掘り起こす時期だっけ? ……って事は……」
「うん。間島さんの推理通り、南側真ん中の花壇から、こないだのと同じ箱が出てきたんだ。ただ……」
言いながら、涼汰は新たなメモ用紙を取り出し、和樹の前に差し出した。
「その箱から、また新しい暗号文が出てきて……」
メモ用紙を渡されて、和樹は目を見開いた。じっと、書かれた文を見詰めている。
「……どう?」
「うーん……」
暗号文を見詰めながら、和樹はうなった。そして、困ったように眉根を寄せる。
「たしか、葉南東中学校は、運動場の東西南北にいくつも花壇があるんだったよね?」
「うん。南と北に、十五ずつ。東と西が……」
「十二ずつだな」
山下が助け船を出した。そんな二人の言葉に、和樹は更にうなる。
「……どうしたの、和樹くん?」
「……わからないんですよ」
「え?」
和樹以外の三人が、声を揃えた。
「わからないって……暗号の答がわからないって事?」
乾が目を丸くして問うと、和樹は情けなさそうに頷いた。
「はい。……どうも、西側の花壇であるらしい事はわかるんですけど、十二あるうちのどれになるのかが……」
全員が、言葉を失った。壁の時計がたてるコチコチという音が、妙に耳につく。
「……い、いやでもさぁ……ほら。西側の花壇にあるって事がわかっただけでも、上等じゃねぇか。なぁ、浅海?」
「え? えぇ、はい……そう、なんですけど……」
歯切れの悪い声で返事をしながら、涼汰は和樹の方を見た。落ち込んでいる様子は無いが、メモ用紙を今まで以上に真剣に睨み付け、考え込んでいる様子だ。案外、負けず嫌いなのかもしれない。
「……けど、西の花壇かぁ。昨日、全部に種やら苗やら、植えちまったなぁ」
「あ、そう言えば」
つまり、掘り起こせるのは、また数ヶ月後。秋の花が枯れて、土を休ませる時期に入ってからだ。
「じゃあ、こうすっか。とりあえず、次に西の花壇をいじる十二月頃までは、各自暗号の答を考える。それまでに答がわかれば、その花壇を掘る。わからなければ、全部の花壇を園芸部員総出で掘るって事で」
「え」
山下の提案に、涼汰はビシリと固まった。
「先輩……軽く言ってくれますけど……あの花壇を下の運動場部分の土まで掘るの、どれだけ大変かわかって言ってます……?」
「へ? だって浅海、昨日その作業やったけど、今ピンピンしてるじゃねぇか」
「いえ、こう見えて、実は今、腕とか足とか、結構な筋肉痛になってます……」
「マジでか……」
大きな口を開けて、山下は大袈裟に絶望の表情を作って見せる。それから時計を見て「あ、やべっ」と呟いた。
「そろそろ帰って、準備しねぇと」
「準備? 何のですか?」
問えば、山下は「ふっふっふ……」と笑いだす。
「文化祭と体育大会が終わって、秋の行事は全て終了したと思ったか? 甘いな! 二年生にはまだ、修学旅行という一大行事が残っているんだよ! ……というわけで、俺達二年生は明日っから修学旅行だ。俺達がいない間、水やりと草むしりは頼んだぞ」
「修学旅行? 中学校の修学旅行は三年生で行くものだと思ってたけど……葉南東中は二年生で行くんだ?」
切り花の配置を整え始めていた乾が、興味深げに山下の方を見た。
「そうなんスよ。何でも、三年生で行くと、例え一学期でも受験を気にして思う存分楽しめない生徒もいるし、その時間を使って勉強させたいと言い出す親もいるとかで……うちの学校では、修学旅行を二年生に持ってくるようにしてるんスよ。代わりに、他の学校では二年生で終わらせちまう林間学校を三年生の夏休みに持ってきて、希望者のみの自由参加にしてるんス」
「へぇ……どこに行くの?」
「定番っスよ。奈良京都で、京都多めっス」
「良いなぁ。帰ってきたら、土産話を聞かせに来てよ」
何故か、修学旅行の話で乾と山下が盛り上がり始めた。早く帰らなければと言っていたが、この調子では客でも来ない限り、話は終わらないだろう。
どうしたものかと身の置き所を考えつつ、涼汰は和樹の方を見る。和樹は、未だにメモ用紙を睨み付け、しきりにうなり続けていた。