フェンネル謎解記録帳3~学び舎の花巡り~
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晩夏を迎え、カレンダーは十月の上旬に突入した。文化祭も体育大会も終わり、空気はまだまだ暑いものの、気分は秋になりつつある。
いよいよ、夏の花壇から時期を終えた花々の根っこを抜き出す時である。
涼汰たち園芸部員は土曜日の学校に、ジャージを着込んで集合した。全員が、手にスコップやシャベルを持っている。両手に軍手は、当たり前だ。
「今日の予定だが、まずは夏の花壇の、枯れた草花を抜いて、根っこを取り除く作業。それが終わったら、終わった奴から随時、秋の花壇の準備だ。種や苗は秋の花壇の横に準備してあるから、一年はわからなければ二年に聞きながらやるように。良いな?」
「はい!」
部員たちの声に、三年生が引退して新園芸部長となった山下は頷いた。そして、すい、と視線を涼汰に寄せる。
「えーっと……浅海は、真ん中の花壇を担当希望だったな?」
「はい。そこに例のブツが埋まっている可能性があるので」
「よし。出てきたら、俺達にも見せろよ。じゃあ、あとは皆適当に分かれて、作業開始!」
山下の号令で、総員八名の園芸部員たちは南に面する花壇に散っていく。涼汰は右肩にシャベルをかつぎ、左手にスコップを持って、初夏に見付けた暗号の示す場所――真ん中の花壇へと急いだ。
まずは、普通に園芸部の作業だ。土をスコップで丁寧に掘り、枯れてしまったヒマワリを根っこから引き抜く。全部抜き終ったらシャベルで土を掘り返し、地面に敷いたビニールシートの上へ土を広げる。花壇の土が上半分ほど出されたところで、細かい根っこもできる限り取り除いた。
抜き終った根っこや茎を処分場所に移してからが、涼汰の本日一番の大仕事である。
まずは、もう一枚ビニールシートを敷き、花壇の残りの土もシャベルで掻き出す。そして、根っこを探すのと同じ要領で、土の中に異物が無いかを探した。
しかし、何も出てこない。
「……おっかしいなー……」
首をかしげながら土をかき回すが、根っこと虫の死骸以外は、何も出てこない。
「どうだ、浅海? 何か出てきたか?」
様子を見に来た山下に、涼汰は情けない顔で首を振った。すると、山下は難しそうな顔をする。
「そうかー……となると、もっと深いところに埋まってんのかもな」
「え?」
目をぱちくりとさせる涼汰に、山下は「あぁ」と何かに気付いた顔をした。
「一年には、まだ話してなかったっけか。この学校の花壇な、底が無いんだよ」
「底が無い?」
意味がわからず眉を寄せる涼汰に、山下は「そう」と頷いた。
「作った時に手抜きをしたのか何なのかわかんねぇんだけどさ。この花壇の土のした、そのまんま運動場の地面なんだよ。土が硬いもんだから、ちょっと大雨が降ると水はけが悪いのなんの……」
言われて、涼汰は土を全て取り除いた花壇の中を覗き込んだ。なるほど、たしかに黒い土を取り除いた下には、白っぽい、黄粉のような色をした土が見えている。
「その暗号を解いた花屋に言わせると、お宝が眠っているのはこの花壇のはずなんだろ? けど、土を掘っても何も出てこなかった。……となれば、これはもう、その花屋の推理が間違っているか、もっと深いところに埋まっているか、しかねぇじゃねぇか」
「たしかに……」
納得して、涼汰はシャベルを手に取った。もっと深いところまで掘ってみようと、花壇の中に足を踏み入れる。
「気を付けろよ。あんまり際を掘り過ぎると、花壇のレンガが崩れるかもしれねぇぞ」
山下の忠告をしっかりと聞きながらも、涼汰は懸命に土を掘る。シャベルを地面に突き刺し、右足で踏みつけて更に深く突き刺し、両腕、腰、ひざに力を入れて土を掘り返す。
山下が新しいビニールシートを、花壇の横に敷いてくれた。その上に黄粉のような色の土を降ろし、更に掘る。
やがて、全体を三十センチほども掘った頃だろうか。カツンという音がして、シャベルが何かにぶつかった感触があった。
「おっ」
期待に胸を躍らせながら、涼汰はシャベルからスコップに持ち替える。感触のあった場所を、スコップで丁寧に掘ってみた。
掘り進めるのに、五分ほどかかっただろうか。ついにそれは、涼汰たちの目の前に姿を現した。
パステルカラーできれいな模様が描かれていたようなのに、土の中で錆びたのか腐食したのか、あちこちが茶色くボロボロになってしまっている、スチール製と思われるお菓子か何かの箱。……間違いない。最初の暗号メモが入っていた箱と、同じ物だ。
山下と顔を見合わせ、ドキドキするのを感じながら、涼汰は蓋に手をかける。
箱は、難無く開いた。
「……え!?」
箱の中を見て、涼汰と山下は再び顔を見合わせた。そして、二人揃って眉根を寄せる。
箱の中には、前回と同様。またしても可愛らしいメモ用紙が一枚だけ、入れられていた。隅っこが黄ばんでしまっているところまで、以前と同じだ。
ただし、前回と違うところもある。そこに書かれている内容だ。
時計が虎を指す季節。
亀のいる山近い場所。
千歳の神鳥示す札。
椿の花咲くその場所で。
花の根元を覗き見よ。
「……また、暗号?」
「マジかよ……」
呆然としながら、二人でメモ用紙を覗き込む。筆跡は、前回と同じだ。そして。
「何が書いてあるのかわかんねぇのも、前回と同じか……」
山下がため息をつき、困ったように頭を掻いた。
「おい、浅海。これ……どうする?」
「え。どうって……」
「また、その花屋んとこに持って行くのか?」
山下の言葉に、涼汰は「あ、はい」と頷いた。
「出てきた物を報告に行くって、約束しましたし」
「そ、か。じゃあ、この暗号も、その花屋に任せておけば良いか」
言ってから、山下はふと考え込んだ。
「……山下先輩?」
恐る恐る声をかけると、山下は「ううむ」とうなった。
「……その花屋、俺も行ってみようかな」
「えっ……?」
驚いた顔をする涼汰に、山下はニヤッと笑って見せた。
「可愛い後輩が世話になったんだし、この学校から出土した謎を解いてもらったんだ。園芸部長として、ちゃんと礼を言わないとな。それに、あの暗号をあっさり解いた、残念なイケメンの花屋ってのにも、興味がある」
「むしろ、それがメインなんじゃ……」
「そうとも言う」
悪びれずに頷き、山下は「よしっ!」と拳を打ち鳴らした。
「そうと決まれば、善は急げだ。明日、朝の水やりが終わったらそのまま行くぞ。その花屋!」
「えっ……えぇっ!?」
展開が、前回よりもかなり速い。当事者であるはずなのに話についていけなくなりつつあり、口をパクパクと開閉させている涼汰に、山下はにっこりと笑った。
「じゃあ、明日間違いなくその花屋に行けるように……まずは今から、花壇の復旧作業だな」
そう言って、先ほどまで涼汰が入っていた花壇を指差す。山のような黒と黄粉色の土を見て、涼汰はうんざりとした顔で息を吐いた。