縁の下ソルジャーズ緊急出動!
22
「……今日、辞令があったわ。次のピンクが決まって、研修も終盤に差し掛かってるから……私の役目も、あと一ヶ月ぐらいでおしまいですって」
あの騒動から、五ヶ月経ったある日、あの時と同じように格納庫で一人作業をしていた誠の元を世良が訪れ、こう言った。
「……え……」
ショックで、誠はそれ以上の言葉を出せない。あれだけ頑張っても、世論は結局覆せなかったのか。それとも、上はもう世良は役に立たないと判断してしまったのか。
「仕方が無いわね。年齢が年齢だし。遅かれ早かれ、こうなってたわ」
「……世良さんは、悔しくないんですか? その……特に大きな失態を犯したわけでもないのに、こんな形で……」
誠の問いに、世良は「そうね……」と少しだけ考え込んだ。
「悔しくないと言ったら嘘になるけど、悔しくて悔しくて仕方が無い、って言うのも嘘になるかしらね? 大和達は入隊したばかりの時と比べても随分強くなってるし、次のピンクの子は元気で良い子だし。それに……自分に憧れてくれている人にも逢えたから。だから、悔しいって言ってばかりじゃ、バチが当たっちゃうわ」
「そう、ですか……」
そう言って、誠は考え込んだ。恐らく今が、誠が世良と個人的に話ができる最後のチャンスだろうと思う。ならば、言わねばならぬ事は今言わねばならない。
大きく深呼吸をし、そして誠は、正面から世良の顔を見た。
「あ、あのっ! 世良さん!」
「? 何?」
首を傾げる世良の前で、誠はもう一度深呼吸をした。そして、意を決して言う。
「あの……世良さんは、五ヶ月前にここで僕と話した事、覚えてますか?」
「ここで? ……あぁ、あの事? ピンクを辞めて戦わなくなったら、私の事をお嫁さんにして、っていう……」
思い出したのだろう。世良の頬が、ほんのりと赤くなった。
「あ、あの時は、ちょっと自棄になってたって言うか……ごめんね。あんな子どもっぽい事言っちゃって! 初瀬さん、困ったわよね?」
「いえ……」
首を横に振り、誠は世良の目を見詰めた。そして、心に秘めていた言葉を吐きだす。
「世良さんさえ良ければ、あの時の約束……冗談じゃなくて、本当の約束にしてもらえませんか?」
「……え?」
世良が、目を丸くした。そして、焦った様子で手を振り始める。
「ちょ……え? いや、そのね、初瀬さん! 真に受けなくて良いから! 私、初瀬さんより五つも年上よ?」
「世良さんは冗談のつもりでも、僕は最初から、冗談で答えてないです。世良さんが嫌でなければ、僕のところに来てください! 僕は、世良さんの事が好きです!」
一気に言い切り、大きく息を吐く。緊張の糸が既に切れかけだ。だが、そんな誠の様子を見ていた世良は、逆に冷静になった様子で、諭すように言う。
「……あのね、初瀬さん。そう言ってくれるのはとっても嬉しいんだけど……けど、初瀬さん、前に言ってくれたわよね? 私は、初瀬さんの憧れのヒーローだって。だとしたら、その〝好き〟って気持ちは、ひょっとしなくても憧れと混同しちゃってるんじゃ……」
「そんな事はないです!」
珍しく誠は声を張り上げた。驚く世良の前で、誠は少しだけ泣きそうな顔になりながらも、はっきりとした声で言葉を続ける。
「世良さんは、たしかに僕の憧れのヒーローです。けど、それは正義のヒーロー、ブレイヴピンクの世良さんで。僕が好きになったのは、こうして戦いの場じゃない場所で、僕と個人的に話をしてくれる、世良桃子さんです! いつもちょっとだけお姉さんぶって皆を気遣っている姿も、笑顔が可愛いのも、料理が好きで女の子らしいところも、みんな、みんな好きです! ここに入ってから、好きになったんです! 憧れは今は関係無いです!」
そう言うと、誠は世良の両肩を掴んだ。そして、最後の力を振り絞るように叫ぶ。
「ブレイヴピンクは、僕に言ってくれました。やりたい事をやれるように、好きな人を守れるように、何かを頑張れって! だから僕は今、頑張って喋ってるんです! 僕が今やりたい事は、大好きな世良桃子さんという女の子を、守って、一緒に幸せになる事ですから!」
一気に吐き出した言葉が、次第に己の脳に浸透していく。浸透していくうちに、誠の顔はどんどん赤くなっていった。そして、両肩を掴まれたままの世良の顔も、赤い。しかも、どんどん赤みを増していく。
「……本当に、良いの?」
「……え?」
誠が訊き直すと、世良は顔を赤らめたまま、言葉をぶつけるように問うてきた。
「だから! 本当に良いの? 私なんかを、その……お嫁さんなんかにして……」
言葉にはせず、誠は頷いた。そして、何も言わないままに世良を優しく抱きしめる。
力は足りないかもしれない。けど、この人を守っていこうと、心に誓った。
憧れのヒーローで、可愛い女の子でもある彼女を。何があっても、全力で。