ドラゴン古書店 読想の少女と二匹の竜
第13話■人間の冒険小説<2>■
「これ、フェリクスさんが持ってきてくださった本と同じタイトルですね。内容も同じなんでしょうか?」
ニーナの言葉に、ドラゴン兄弟とフェリクス、ルイーゼが揃って本を覗き込む。片方は妖精族に合わせたサイズに、妖精族の文字で書かれた本。もう片方は、ドラゴン族に合わせたサイズに、ドラゴン族の文字で書かれた本だ。
「ん? フェリクスが持ってきたのって、これ? ユニコーン族じゃなくてドラゴン族の文字の本を持ってきたの?」
「差し入れのつもりで買った本だからね。自分用に、ユニコーン族の文字で書かれた本も持っているよ」
「ふーん……えっ、ちょっと待って? タイトルが同じだってわかったって事は、ニーナ、妖精族の文字もドラゴン族の文字も読めるって事?」
「……はい。一応……」
文字を読めるのではなく、想いを読める。その説明を省いて、ニーナは頷いた。
「すごいじゃない! ……じゃあ、ニーナはどっちの本で読んでも良いって事よね? だったら、私が持ってきた方にすると良いわ。ドラゴン族用の本は、ニーナには大きいでしょ?」
「そう……ですね。じゃあ、私はルイーゼさんが持ってきてくれた方をお借りしようと思います。……すみません、フェリクスさん」
そういう事だから、フェリクスが買ってきた方の本はニーナは読まない。せっかく持ってきてくれたのに、と謝ると、フェリクスは大仰に首を振って見せる。
「とんでもない! 謝る必要なんて無いよ、ニーナちゃん! 僕の方こそ、ニーナちゃんの体格に合わせたサイズの本を持ってこなくて申し訳ない! ドラゴンに雇われているならドラゴン族の文字は読めるだろうと思ってドラゴン族用の本を用意したのだけど、体格の事も考えて買うべきだったね! 僕としたことが! 全く、情けないったらありはしない!」
「落ち着け。店の中で暴れてくれるな」
アインスに宥められ、フェリクスはふー……と息を吐いた。
「そうだね、済まない。……そうそう、タイトルが同じだから内容も同じなのか、という問いに対する答えだけどね。『はい』だよ。同じ物語が、いくつもの言語に翻訳されて出版されているんだ。それだけ人気があるんだよ」
「ふむ……」
唸り、アインスはフェリクスからの差し入れである方の本をまじまじと眺めた。裏表紙をめくり、奥付を見ている。
「そこまで人気の出る物語を書いた作者が誰なのか、気になるな。一冊人気が出ると、同じ作者の本全ての人気が上がる事がある。在庫があるか確認したいし、買い取りをする時にも気を付けねば……」
そう呟いてから、難しそうな声でもう一度唸る。
「ギルベルト……よくある名だな……。何族だ?」
「人間だよ」
そう、フェリクスが言った。
その答えに、ドラゴン兄弟は驚かない。どちらからともなく、「やはりか」と呟いた。
「書を綴る行為は、人間族が特に好む。その中でも物語を紡ぎ綴るというのは、人間族以外にはほとんど確認されていないものだからな」
「難しい話は後で良いじゃない。ねぇ、早く読んでみてよ! それで、物語について語り合いましょう!」
「良いね! 僕も是非、処女(おとめ)達と語り合いたいな! 物語の事とか、今後のライフプランとか、理想の結婚式とか!」
「お前は本当にちょっと黙ってろ!」
周りが騒ぐ中、ニーナはルイーゼの持ってきた本の表紙を開いた。そして。
「!」
息を呑む。
一ページ目に並ぶ文字の羅列を見た瞬間に、いくつもの強い想いが怒涛の勢いで打ち寄せてきた。
世界の描写、登場人物達の動き、見た事も無い動物達。
若者達が力を合わせ、苦難を乗り越え、世界を隅から隅まで冒険し、多くの宝を手に入れる物語。
文字情報でしかないはずのそれが、視覚に、聴覚に、嗅覚に、触覚に、味覚に。更にそれ以外にまで。ありとあらゆる感覚を刺激してくる。
あまりにも強烈で、しかし一度感じ取ると癖になって。
早く続きを。もっとこの作者が記した文章を。体が求め続けて、ページをめくる手が止まらない。
アインス達が唖然として見ている事も気にならないまま、ニーナはページをめくり続ける。作者が綴った、このような世界を描きたい、このような人物を活躍させたい、このような物語を展開させたいという想いを、読み続ける。
そうして息をつく暇も無い程の勢いで読み続け、気付いた時には、ニーナは最後の一ページをめくっていた。
パタンと本を閉じ、ふー……と大きく息を吐く。
「……面白かったです。こんな風に想いを綴る事が可能だなんて……」
記憶がおぼろげなので定かではないが、ニーナは物語を読むのは初めてだと思う。それどころか、ドラゴン古書店で働いてはいるものの、仕事でなければそれほど読書に興味を示す事も無い。
そんなニーナが、貪るように求め読み耽るような文章を綴る事ができるなど……並大抵の技量ではない。
そうニーナが言うと、アインスと、そしてフェリクスが苦笑しながら首を横に振った。
「凄まじい技量を持っていなくとも、人を夢中にさせる文章を書く事はできる」
「僕は小説家で、幸いファンだと言ってくれる者もそれなりにいる。だけど、それほど文章力が優れているわけではない」
作者と読者の波長が合うか、合わないか。文章に、作者の想いが込められているか。作者の想いと、作者の作風が合っているか。
物語が人を夢中にさせる条件は、文章力だけとは限らない。
そう言うフェリクスに、ルイーゼが「あー!」と叫ぶように唸った。
「わかるわかる! この本とっても面白くて夢中になって、すっごく好きなのに他の人にわかってもらえない! って事、よくあるもの。逆に、友達がすごく夢中になってるのに、自分はどこが良いのかよくわからなかったり!」
「そういうもの、なんですか……」
興味深そうに呟いたニーナに、フェリクスとルイーゼが「そうそう!」と頷いた。
「この本は、多くの者と波長が合ったのだろうな。ニーナの様子を見る限り、作者の想いもふんだんに籠められているのだろう。そして、作者の想いと作風も合ってるらしい」
だからこそ、多くの言語に翻訳され、こんなにも人気を得ているのだろう。アインスのその言葉に、ニーナは力強く頷いた。
「この本の作者さんは、人間なんですよね? それに、物語を書くのは人間が多いって……。他の人間の作家さんも、こんな風に誰かを夢中にさせる物語を書かれているんでしょうか……?」
その目は、とても輝いていた。その輝きと口ぶりから、人間に興味を持った事は明らかで。
アインスとツヴァイは、思わず顔を見合わせた。