ドラゴン古書店 読想の少女と二匹の竜
第12話■人間の冒険小説<1>■
ツヴァイの顔が、かつてないほど苦々しく歪んでいる。……と、いうのも。
「お久しぶりだね、ニーナちゃん! しばらく僕に会う事ができなくて、寂しかったかい? 寂しかったろう? 寂しい想いをさせてごめんよ!」
やたらとテンションの高いユニコーンが来ていた。店に来るなり、会計机に一直線。机の上で事務用品類の片付けをしていたニーナの姿を認めた瞬間に顔を輝かせ、そして今に至る。
「仕事はどうした」
「僕が来るのは、常に締切に追われている時……そう思っていないかい? そうでない時も、たまにはあるんだよ! 今日は晴れて原稿から解放されて、自由の身さ!」
「締切に追われている時と、自由の身になっている時と。比率が逆になるようにしてみろ。まず間違い無く版元が喜ぶぞ」
「担当してくれる者が清楚な処女(おとめ)に替わったら心がけるよ」
「そんな発言をしているうちは有り得ないだろうな」
「それで。締切に追われているのでなければ、今日はどうした? 弟をからかいにきたという事であれば、私はこのまま放っておくが」
アインスの発言にツヴァイが何か言いたそうな顔をしたが、その前にユニコーンが「あぁ、そうだった!」と笑った。
「今日は、いつも締切が迫っている時お世話になっているこの店に、差し入れを持ってきたんだよ。ほら、これ」
そう言ってユニコーンが取り出したのは、一冊の本。全員が揃って首を傾げた。
「本、ですか?」
「買い取り希望ならそう言え。何が差し入れだ」
首を傾げるニーナと、呆れた顔をするツヴァイ。その反応に、ユニコーンは「違う違う」と苦笑した。
「買い取り希望じゃなくて、君達へのプレゼント。この本、今流行っているんだよ。古書店とはいえ、流行りを掴んでおくのは大事だろう?」
そう言われて、ツヴァイは目を瞬いた。アインスが「ふむ……」と唸る。
「たしかに、一理あるな。我らは持ち込まれる古書を読む事はあっても、新本を求めに行く事は滅多に無い。流行りに乗り遅れやすいというのはあるだろう」
そう言うと、「ありがたく頂戴しよう」と言って本をユニコーンから受け取った。その時だ。
「ゲーッ! 今日、変態フェリクスが来てるじゃない!」
甲高い叫び声が聞こえて、その場にいる全員が出入り口の方を見る。
妖精だ。ルイーゼがそこにいた。
「……フェリクス?」
ニーナだけが首を傾げ、ユニコーンが「あぁ」と言う。
「そう言えば、この前は名乗っていなかったっけ。僕の名だよ。フェリクスというんだ。遠慮無く、フェリクスと親しげに呼んでくれよ、ニーナちゃん!」
ユニコーン――フェニクスがそう言ってにこやかにニーナに近付くと、その間にルイーゼがさっと割って入る。
「そうやって急に距離を詰めようとするの、嫌がる人もいるのよ。いい加減改めたら?」
「お前がそれを言うのか……」
呆れた様子のツヴァイに構う事無く、ルイーゼはフェリクスを睨み続けている。しかし、フェリクスはどこ吹く風。それどころか、嬉しそうな顔をしている。
「処女(おとめ)が僕の事をじっと見詰めている……!」
「気色悪い!」
ルイーゼが悲鳴を上げ、ツヴァイがため息を吐く。
「諦めろ。お前とこいつでは相性が悪い」
「でも! こいついっつも自覚無くセクハラするんだもの! 刺せる釘は、ハリネズミにする勢いで刺しまくっておかないと!」
現状、その釘刺しに失敗してしまっているために悲鳴を上げる羽目になってしまっているわけだが。……と言ったところでルイーゼの腹の虫が治まるとも思えないし、フェリクスの問題発言をどうにか止めなければならないのも事実だ。
さて、どうしたものか……とツヴァイが考え出したところで、ニーナがルイーゼに声をかけた。
「あの、ルイーゼさん。今日は、どうしてここに?」
声がわくわくしている。そう言えば、ピクニックに行く約束をしていたのだったか。
「あ、うん。友達とは、仲直りできたわ。ピクニックの日程はまだ決めてるところだから、もうちょっと待っててちょうだいね。今日は、この本をニーナに貸してあげようと思って!」
そう言って、ルイーゼは一冊の本を取り出した。妖精用サイズの小さなそれをニーナが受け取ったところで、ルイーゼは胸を張って言う。
「それ、今すっごく流行ってる小説なのよ。読まなきゃ話題に乗れないんじゃないかってぐらい! けど、ずっと古書店にいたら流行りの本を手に入れる機会なんて無いでしょ? だから、私はもう読み終わったし、貸してあげようと思って!」
「……ありがとうございます!」
嬉しそうに礼を言い、タイトルを見る。そして、「あれ?」と呟いた。