亡国の姫と老剣士
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これは、夢なのか別の何かなのかはわかりません。
その日、ツィーシー騎国王は自らの長女姫であるメイシア王女の十五歳の誕生日を祝う祝祭の儀を行いました。王は王宮の庭という庭を国民達に向けて開け放ちました。十人からなる騎士団が千は入るであろうと言われている王家の遊び場に、自由な出入りを許したのです。そして、その広い庭のどこからでも見えるという王自慢の高楼に自慢の長女姫を登らせ、国民達に挨拶をさせました。
メイシア王女は、小柄ながらもすらりとした体躯と白く輝くプラチナブロンドの長い髪を持ち、柔和な微笑みを湛えた可憐な少女でした。雪から生まれた妖精であるかのようなその姿に、ある者はほぅ、とため息をつき、ある者は手を合わせて拝むように彼女の一挙一動を見詰めていました。
挨拶が済むと、メイシア王女はゆっくりと高楼から降り、国民達の中にすっ、と踏み入りました。王女の侍女達と、護衛の騎士達もそれに続きます。その中には当然、当代一と謳われる老騎士、フィルグの姿もありました。
六十を超えたばかりの初老の騎士は、ツィーシー騎国の民達に英雄と呼ばれる存在です。その英雄を引き連れ、メイシア王女が民に近寄るという予期せぬ出来事に、国民達は当然ざわめきます。慌てて祝いの言葉を叫ぶ者、万一を想定して持ってきた花を指し出す者、感激のあまり昏倒する者。その様々な反応に、王女は逐一言葉を、あるいは態度を返していきました。
二十歩あまり進んだ頃でしょうか。王女の目の前に、一人の少年が転がるように飛び出してきました。どうやら、王女を見る為に人ごみの中で背伸びをした結果、バランスを崩して前につんのめったようです。年の頃は、十二か、十三か。黒い瞳と髪を持つ、利発そうな少年でした。腰には、この国の子どもが皆そうするように、樫の木の木剣を佩いています。少年は黒い瞳でジッと王女を見詰めています。
「どうしたの? 私の顔に、何か……?」
思わず王女が問うと、少年はハッとしました。そして、少しもじもじしながら言うのです。
「あの、僕……! 姫様みたいに綺麗な人を、見た事がないから……」
周りの大人達のニヤニヤした視線に恥ずかしそうにしながら、少年はやっとそれだけの言葉を絞り出しました。
「えっ……?」
思わず、王女はパッと両手を顔にやり、頬を赤らめました。すると、それに負けず劣らず顔を赤くしながら、少年は思い切って叫ぶように言いました。
「……僕! 頑張って剣の稽古を受けます! それで、とても強くなって、フィルグ様みたいな国一番の騎士になって……一生、姫様を守ってみせます!」
それだけ言うと、少年は真っ赤になった顔を下に向け、名前も名乗らずにその場から駆け去りました。あとには大人達の笑い声と、「ニール! あんた何やってんの!」という甲高い女性の声が残りました。そんな暖かいざわめきの中、王女はただぼおっと駆けていく少年の後姿を眺めていました。