13月の狩人








第三部







20








 あぁ、またここへ来てしまった。

 じりじりとした熱気を肌に感じながら、カミルは思った。

 南の砂漠は広い。しかし、そこに住む凶暴なモンスターが出てきて人々を襲う事が無いように、高く頑丈な壁で囲まれている。その中に入るためには、西の谷、中央の街、東の沃野にそれぞれ一つずつある扉から入る他無い。

 因みに、どの扉から入るにしても、まずはそこに設置されている帳面に日付と名前を記していく事になっている。

 南の砂漠への出入りは基本的に自由で、扉に鍵はかかっていない。腕に自信がある者はどんどん入って、モンスターの牙などといった魔道具の素材を集めれば良いという事になっている。……が、時々自らの腕を過信して入り、帰ってこなくなる者がある。

 冒険に出た者が帰ってこないと心配になった家族は、まず南の砂漠に入っていないか帳面で日付と名前を確認する。そして、該当する名前を見付けてしまったら、ギルドなど腕の立つ戦士を抱えている組織に依頼して、行方不明者を捜索してもらうのだ。

 扉は、一枚ではない。

 扉を開けて壁の内に入ると、また壁があり、扉がある。その扉を開けて壁の向こうへ行くと、また壁があって扉がある。その扉を開けると、ようやく砂漠に足を踏み入れる事ができるのだ。

 扉を開けたまま、次の扉を開ける事は厳禁。そのルールを徹底する事で、モンスターの脅威を避けているのだ。

 一応、扉の番人はいる。もしもの時、扉に鍵をかけるために常駐している。また、幼い子どもが何も知らずに入ろうとした時に止める役割も担っている。

 カミルが扉を開けた時、番人は変な顔をした。あまりにも、南の砂漠に入るのに不似合いな体格と服装だったからだろう。

 そう言えば、四年前に代行者をやった時はどうやって南の砂漠に入ったのだろう。今より更に弱そうに見えたと思うのだが、止められた覚えが無い。

「音の出る魔道具か何かを使って騒ぎを起こして、番人の気を逸らして入りましたわね、たしか」

「……そうだったかも」

 四年前のカミルはそれができたが。さて、それより更に前のカミルであるらしいテオはどうだろうか。

 じりじりと暑い中で、少しだけ塩を口に含みながら、カミルは東の沃野に続く扉を見る。

 テオ達は、まだここには来ていないだろうと、カミルは見ている。

 テオがこの砂漠に入るとしたら、ブルーノか、はたまた別の代行者か、狩人本人か。何者かに追われて仕方なく入る事になるのだろう。そうでもなければ、自らこの危険な砂漠に入るとは思えない。

 例えばブルーノに追われているとすれば、ブルーノの殺気を感じ取る事ができるはずだ。カミルにはわからなくても、レオノーラなら恐らくわかる。今のところそれが無いので、テオは砂漠に入っていないだろう、と思われる。

 勿論、南の砂漠は広いから、遠くにいるのであればわからない。……が、北の霊原からここへ来るまでにかかる日数を考えると、カミルのいる場所から遠く離れた、砂漠の奥地にいるとは思えない。

 カミルは以前の経験を活かして近道をしたり、魔道具を使って難所を楽に乗り越えたりしている。テオは、こうはいくまい。先に宿を出たテオを、カミルが追い越していると考えた方が自然だ。

 日数的に、西の谷側の扉から砂漠に入る事は無いだろう。中央の街側からであれば可能性はあるが、カミルやテオの性格を考えたら、やはり除外する事になる。

 中央の街は人の数が多い。だから、もし街の中で襲われたりしたら、人混みの中を逃げるなり戦うなりしなくてはいけなくなる。それは、避けたいはずだ。

 そうなると消去法で、テオは東の沃野側にある扉から砂漠に入るという結論になる。

 とりあえず、今はまだ砂漠にはいないようだし、一度砂漠から出て扉の前でテオが来るのを待とうか。フォルカーほど戦闘に長けているのであればともかく、カミルにはここで長時間待つのは危険過ぎる。

 そう思って、元来た扉に手を掛けようとした時だ。

 ガチャリと、扉を開ける音がした。カミルは反射的に手を引っ込め、扉とぶつからないよう一歩身を引く。

 扉が完全に開き、人の姿が現れる。現れたのは……テオだった。

「テオ!」

「え、カミル……さん? なんで……?」

 テオは目を丸くし、それから「あぁ、そうか」と呟いた。

「砂漠に入ろうとした時、絶対に止められると思ったのに、止められなかったんです。お兄さんが先に入って待っている、なんて言われたから、何の事かと思ったんですが……」

「お二人は、たしかに似ていますものね。兄弟と思われるのも、無理はございませんわ」

 エルゼが納得したように頷き、そして訝しむ目をカミルに向けた。

「それはそれとして……何故ここにいらっしゃいますの?」

 まぁ、それは当然疑問に思うよね、と、カミルは内心苦笑する。自分より後に宿を出た人間が、告げてもいない行き先に、自分よりも先に着いていたら、驚くに決まっている。

「……そうだね。説明してあげたいところだけど……」

 その時間は、無さそうだ。扉の向こうから、別の扉が開く音が聞こえる。

 誰かが来た。そしてその誰かは、恐らくカミル達にとって好ましい相手ではない。

 カミルは鞄の中から結界を張る魔道具を取り出し、いつでも使えるよう構える。魔力は予めレオノーラに充填してもらっているから、心配無い。

 扉が開く。それと同時に、大量の矢が扉から噴き出した。

「テオ、エルゼ! こっちに!」

 カミルはテオとエルゼを呼び寄せ、瞬時に魔道具を起動させる。張られた結界に大量の矢がぶつかり、カンカンという鈍い音を立て続けた。

「今のうちに、何か対策を見付けないと……!」

 言いながら、カミルは鞄を漁る。その横では、カミルの様子をテオがオロオロとしながら見守っている。

「……テオ様。テオ様には何か考えはございませんの? 元々はテオ様を追ってきた代行者なのですから、本来ならテオ様が相手をするのが筋というものでございますわよ?」

 テオの姿勢が気になったのか、レオノーラが厳しく言う。すると、それが気に入らなかったのか、エルゼが飛び出してきた。

「言われずとも、ここまでの道のりではテオ様は何とか一人でブルーノの相手をしていらっしゃいましたわ! こちらの事情も確認せず、いきなり怒らないでくださいません事?」

 エルゼの主張に、レオノーラが気まずそうな顔をした。考えてみれば、カミルもレオノーラも、テオでは今の状況を打破できないと決め付けている節があるかもしれない。だから、さっさとカミルが対応しようとしている。

 ……そうか、自分が侮られたのも、きっと同じだ。

 そう思い至り、カミルは妙に納得してしまった。今までは、気が弱いから押し切られやすいのだと思っていた。だがきっと、それだけではない。気が弱く、オロオロしていたために、本当に仕事ができるのか疑われてしまった面があるのだ。

 腕を磨くだけでは、一人前にはなれない。腕を信用させる事ができなくては、仕事の相手として認めてもらえない。

「……気付くのが、少し遅かったかな……?」

 苦笑し、呟く。そして、首を横に振った。今ここで弱気になってしまっては、何も変わらないままだ。

「……テオ」

 声をかけると、テオは恐る恐るカミルの方を見た。先ほどのレオノーラのように怒るとでも思われたのだろうか。

 カミルは微笑むとしゃがんで視線をテオに合わせた。そして、問う。

「テオ。ここに来るまでの間、何とかブルーノの相手をしていたって、エルゼが言ってたよね? どうやっていたか、聞いても良い?」

 そう言われて、テオは戸惑う顔をした。そして、消え入りそうな声でぽつりぽつりと言う。

「あの……北の霊原を出る頃にブルーノに見付かって、そこからはずっと鬼ごっこみたいになってしまったんです。逃げては隠れ、逃げては隠れって。それでも時々は接近されて、今みたいに矢を射かけられて……。簡単な魔道具しか持っていませんから、結界を張ったり反撃したりもできなくて……」

 だから、囮を作ったのだという。あのメッセージカードだ。

「北の霊原を出る前に、僕の姿だけを記録したカードをたくさん作っておいたんです。それで、カードに記録された僕にブルーノが攻撃しているうちに……」

 その場を離れて、難を逃れていたらしい。その説明に、カミルは「なるほど」と頷いた。

「……その方法、使えるかも」

 カミルの言葉に、テオは目を丸くする。そんなテオに、カミルは問うた。

「テオ。まだ何も記録していないカードは、残ってる?」

「え? は、はい。三枚か、四枚くらいなら……」

「……それだけあれば、何とかなるかな」

 そう言うと、カミルはレオノーラとテオ、エルゼに、これからどうするのかという作戦案を聞かせる。そして、それを聞いたテオは鞄の中を漁り、残りのカードを探し始めた。











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