13月の狩人
第三部
17
「カミルさん……カミルさん!」
優しく肩を揺すられ、カミルはハッと目を覚ました。横を見れば、テオが心配そうな顔をして見ている。
「……ごめん。寝ちゃったみたいだね」
ばつが悪い思いをしながら謝ると、テオは首を横に振る。
「それは構わないんですが……カミルさん、大丈夫ですか? やっぱりお疲れなんじゃ……」
自分に体の心配をされている。何とも奇妙な感覚だ。テオは目の前の相手が未来の自分だとは思ってもいないだろうし、そう言えば「しばらく病気で寝ていた」とテオに言った覚えがある。心配されるのも仕方が無い事なのかもしれない。
「……たしかに、まだちょっと疲れているかも。けど、病気じゃないから。心配しなくても大丈夫だよ」
心配してくれて、ありがとう。そう礼を言うと、テオは恥ずかしそうにはにかんだ。
そんなテオに、カミルはふと思い立ち、問いを投げる。
「……ねぇ、テオ。一つ訊いても良いかな?」
「? 何でしょう?」
「テオは……どうして魔道具職人になりたいと思ったの?」
「え……?」
その問いに、テオはきょとんとした。そして、何とかちゃんと答えようと、必死に言葉を探し始めている。
「えっと……やっぱり、魔道具が好きだから、っていうのが大きいと思います」
言葉を探しながらも、テオはぽつぽつと語り始めた。
「僕、小さい頃に両親とも他界していて、歳の離れた二人の姉がずっと面倒を見てくれていたんですけど……やっぱり、歳が離れていて、性別も違うと、一緒に遊ぶ事も難しくて。それでなくても、姉は僕に苦労をさせないようにって、仕事で忙しくしていましたし……」
……知っている。己も、そうだった。思わず頷いたのが、テオには話の続きを促しているように見えたのか。テオは少々慌てた様子で話の続きに移った。
「それで、困った姉達が僕に用意してくれたのが、魔道具の玩具だったんです。組み上がったら浮いて光るパズルとか、ひとりでに動く人形とか。それで遊ぶのが楽しくて、そのうちにどういう仕組みになっているんだろうって気になり始めて」
姉にわがままを言って、魔道具の工房見学に連れていって貰った事もある。職人の手によって、小さなパーツがどんどん組み合わさり、魔道具が完成していく工程を目の当たりにして、酷く興奮した。
そして、帰ってからは早速職人の真似事をするようになった。
家の中からいらないガラクタをかき集め、分解して、そのパーツを利用して新しい何かを組み立てようとした。
家具を分解して、もう一度組み立て直し、しかしどこかおかしくなってしまって姉に怒られた事もあった。
自分の工具を手に入れたくて、コツコツと小遣いをため続けたし、駄賃目当てでたくさん手伝いもした。
そうしているうちに、いつしか「自分は将来、魔道具職人になるんだ」と心に決めていた。
そんな経緯だったから、今でも「どうして魔道具職人に?」と訊かれると、実はカミルは少々困ってしまう。
魔道具を自分で作るのが好きだから。魔道具職人の姿に憧れたから。いつの間にか魔道具職人になると決めていたから。
どれも本当で、理由は一つだけじゃない。かと言って、経緯を説明すると長い。だから結局いつも「魔道具が好きだから」に落ち着くのだが、どうにも自分の心の内を説明しきれていないようで、もやっとする。
カミルの魔道具への想いは……立派な魔道具職人になるという夢は、一言で言い表す事ができるようなものではないというのに。
テオの話を聞きながら、カミルは昔を思い出し、そして段々苦しくなっていく。
そうだ。昔は純粋に魔道具が好きで、魔道具職人に憧れていた。その気持ちと、腕を磨き続ける努力があれば、立派な魔道具職人になれると思っていた。
だが、現実はどうだ。
多少腕を上げ、ヴァルターの手伝いを任されるようになってから。気の弱いカミルは、同業者に侮られ、魔道具商人に舐められ、客にも軽く見られ続けた。
同業者に侮られると、仕事を横取りされたり、逆に面倒で割りの良くない仕事を押し付けられたりする。
魔道具商人に舐められると、折角作った道具を安く買い叩かれる。なのに材料代は吹っかけられる。
客に軽く見られると、説明を聞いてもらえず、聞いても納得してもらえず、契約をしてもらえない。してもらえても、非常に安く割に合わない仕事になってしまう。
そんな事が続いて、レオノーラにもヴァルターにもため息を吐かれた。
レオノーラには、もっと強気になるべきだ、と怒られた。
ヴァルターには、気の弱さが何とかなれば、独立させるなり、支店を作って任せるなりできるんだが……と言われた。
この気の弱さが無ければ。流されずに、交渉する事ができる性格なら。きっと容易く夢を掴む事ができただろうに。
そうして悩みに悩んだ末に、カミルは十三月に代行者として招かれた。そこで獲物を殺せば願いが叶うと知り、性格の改善を願って、友人達を狙ってしまった。
そして、二年もの間眠る事となり……気付けば、殺そうとしていた友人達は押しも押されぬ大魔法使いと剣士になっていた。それに引き替えカミルは、未だにヴァルターの店を手伝う、見習い魔道具職人の身だ。
思わず俯き、ため息を吐いた。
その様子に、テオが心配そうに眉をひそめる。
「あの……カミルさん。やっぱり、体調が良くないんじゃないですか? 今日はもう休まれた方が……」
テオの言葉に、カミルは心臓がキュッと締め付けられるような感覚を覚えた。
未だ確証は無いが、テオはほぼ確実に、過去のカミルだ。……という事は恐らく、ここから数年以内に、テオもまた……。
ここでカミルは、考える事をやめた。昨夜レオノーラと話したばかりではないか。考え過ぎたところで、何かが好転するわけでもない。
カミルは苦笑すると、「そうだね」と呟いた。
「たしかに、早く休んだ方が良いかもしれない。……テオ、折角声をかけてくれたのに悪いんだけど、続きは明日で良いかな?」
「勿論です。お大事にしてください」
そう言うと、テオは急いで辺りを片付け、自分の道具を持って部屋を出ていった。扉が閉まるのを見届けてから、カミルはベッドの上に仰向けに寝転がる。
「……カミル=ジーゲル様……」
傍らから、レオノーラが気遣わしげな声をかけてきた。そんな彼女に、カミルは苦笑しながら、掠れた声で言う。
「……考えないようにするって、難しいね……。職人を目指して、ただひたすら練習を続けているテオが……昔の自分が、眩しく見えるんだ」
右手の甲で顔を覆い、苦しげにため息を吐く。そんなカミルに、レオノーラは何も言わない。何も、言えないのかもしれない。
そのまま二人は沈黙を続け、部屋は次第に暗くなり、やがて夜が訪れる。
氷響月が──一年が終わるまで、あと十九日。