13月の狩人
第三部
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朝、無事に目を覚ましたカミルとレオノーラは、隣のテントに声をかけた。すると、少々寝不足気味の顔をしたテオとエルゼがのそりと顔を覗かせる。
「……あんまり寝れなかったみたいだけど……大丈夫?」
心配して問えば、「大丈夫です……」と本当に眠たげな声が返ってくる。
「この魔道具のテント……どういう仕組みになっているんだろう、カミルさんが特にこだわって作ったのはどの辺りだろう、って考えていたら、興奮して寝れなくなってしまって……」
「結局灯りを点け直して、あちらこちらと観察し始めてしまって……。テオ様があまりに楽しそうなものですから、つい私も付き合って夜更かしをしてしまいましたわ」
そう言って、テオとエルゼは二人揃って欠伸をしている。思わぬところで褒められたカミルは、照れ臭いやら複雑な気持ちになるやら、だ。何せカミルの推測が正しければ、テオは昔のカミルであるわけだから。自分で自分をベタ褒めしている形になってしまう。
テオが楽しそうにしているからか、昨日と比べてエルゼの視線に険が無い。
この後も行動を共にする事になるであろうテオとエルゼの心証が昨夜と比べて良くなっている事に、カミルは密かに安堵した。
テントを片付けると、鞄から食材と調理器具を取り出し、朝食を作り始める。流石に過去のカミルと推測されるだけあって、テオも料理の手際が良い。調理器具の魔道具を貸すと、喜々として手伝ってくれた。
固いパンに切り込みをいれ、キャベツの塩漬けと炙ったソーセージを挟む。携帯食料だが、今の環境では温かいだけで上等な食材のように思えてくるのだから不思議だ。
カミルとテオが二つずつ。レオノーラとエルゼで一つを半分に分けて食べる。
そうして、腹が膨れ、後片付けをしようかと立ち上がった時だ。
テオの足下に、突如矢が突き刺さった。テオが短く悲鳴を上げて後ずさっているうちに、カミルは矢の飛んできた方向を確認し、まとめておいた鞄を掴み取って走り出す。その際、テオの手を引く事も忘れない。
「レオノーラ、テオ、エルゼ! 逃げるよ!」
一瞬しか確認しなかったが、飛んできた矢は昨夜ブルーノが射てきた矢と同じ物だ。「これで終わりじゃない」という捨て台詞をちゃんと実行してきたあたりは、評価したい。
「……なんて考えちゃうのは、ブルーノを舐め過ぎかな……?」
自分は既に十三月──代行者を経験した事があるためか、妙に余裕を持っているように思えて仕方が無い。案の定、横ではレオノーラがどこか呆れたように苦笑している。
「あのっ……カミルさんの調理具とか置きっ放しで……!」
「また作るなり買うなりすれば良いから!」
「昨夜は魔道具で追い払っていましたわよね? 何故今回は逃げているんですの?」
「昨日のは、気軽に何度も襲われたりしないようにするための牽制! あんな攻撃を何度もしてたら、レオノーラの魔力がもたないよ!」
魔道具を使用する場面は、代行者や狩人との戦いだけではない。宿泊できる施設に辿り着くまでは、野宿を続ける必要があるわけで。簡易テントや調理の為の炎、その他諸々。レオノーラに魔力を分けてもらう必要がある場面は、山とある。
魔力は睡眠や食事によって回復できるとは言え、限度がある。できる限り節約していきたいところだ。
ぬかるんだ道を、霧がかかり始めた森の中を、皆で走り、飛ぶ。
飛んでくる矢が、次第に見当違いの場所に刺さり始めた。霧が、こちらの姿を隠してくれたのだろうか。
どこかから、「カミル! どこに隠れやがった!」というブルーノの怒鳴り声が聞こえてくるので、やはりブルーノが狩りに再チャレンジしているらしい。
とにかく今のうちに距離を稼ごうと、カミル達は走る足を止めない。最初に滅茶苦茶な方向へ走り出してしまったため、恐らく今は迷子の状態だが……数年前にはテレーゼ達を罠にかけるためにそれなりに歩き回った場所であるし、もしもの時には魔道具もある。
だから逃げる事を優先して、道を選ぶのは諦めよう。そう判断して、カミルはテオを引っ張りつつ走り続けた。
正直なところ、二年前まで眠り続けていて、一年のリハビリを経て、この一年でようやく以前に近い状態で動けるようになった身に、この走りっ放しの状態は辛い。それでなくても、元々カミルは非力で体力はそれほど多くない。その証拠に、テオも既に苦しそうに荒い息をしている状態だ。
それでも、今は走らねばならない。とにかく、走った。朝だったのが夜になり、また朝を迎え、再び夜になってもまた走った。
そして、またも朝になったところで、カミルは足を止め、空を見上げた。
「……カミルさん……?」
テオが、絶え絶えな息を吐きながら、カミルの様子を伺った。
「……おかしい……」
自身も息を整えながら、カミルは呟く。その言葉に、テオにエルゼ、それにレオノーラまでもが首を傾げた。その三人に対して、カミルは言う。
「いくら何でも、朝と夜の間隔が短過ぎる……。僕に、まる二日も走り続ける体力があるとは思えないんだけど……」
「言われてみれば……おかしいですわね。それに、よく見れば辺りの様子も、氷響月とは少々違うようですわ」
レオノーラの言葉に頷き、カミルは周辺をぐるりと見渡す。暖かな陽の光が降り注いでおり、そこかしこに柔らかな光の溜まりができている。
「……どう見ても、陽浸月……ですね……」
呆然とするテオとエルゼに、カミルとレオノーラは頷いた。それと同時に、カミルは頭の中にピリピリとした何かを感じ取る。予感とでも言うのか。脳が、これから何かが起こると、自分に警告しているように思えた。
そうだ。この光景は、以前フォルカーから聴いたそれそのものではないか。代行者としての仕事をしくじり、目覚めなくなったカミルとレオノーラを救うために、再び十三月で奮闘してくれた、フォルカー。彼もまた、北の霊原へ至る道で、ころころと目の前の季節が変わっていったのだという。
そして、その原因は……。
「シッ! 誰か来ましたわ!」
エルゼの警告に、皆は慌てて近くの茂みへと身を隠す。
ブルーノだろうか? それとも、他の誰かか。
身を隠しながらも、ぎりぎりまで視線を上げて、新たにこの場に現れた人物の顔を拝もうと試みる。そして、一同は揃って目を丸くした。
そこに現れたのは、薄桃色のワンピースの上に、濃紺のローブを纏った、赤茶色の髪を持つ女性。歳の頃は、十八か、十九か。そこにいる全員が名を知る、西の谷の魔女。
辺りの様子を伺いながら一人で歩くテレーゼが、そこにいた。