13月の狩人








第三部
















「魔力検査の結果から考えますと、お嬢さんの使う杖は魂叫木を材料にするのが一番良さそうですね。音系の魔法と相性が良い木ですから、魔法の練習を始める際にはまず、音を出す魔法とか、音量を調整する魔法とかに挑戦してみると早く上達すると思いますよ」

 そう言って、カミルは客の母子に魂叫木の原木を提示して見せた。だが、まだ幼い娘はともかく母親の方はどこか不満げだ。

「あの……最初に希望した、花宿りの木では駄目なんですか? 花降月の花の魔力を溜めこみやすく、どんな魔法にも向いていると言いますし。それに、女の子ですから……魂叫木よりも、花宿りの木の方がイメージが……」

「……仰る通り、花宿りの木で作った杖は花降月に降る花と相性が良いし、どんな魔法とも相性が良いです。ただ、クセが強くて、使いこなせるようになるのがとても大変なんですよ。なまじ、花の魔力を多く蓄えているために、使用者の魔力が馴染むまでに時間がかかるんです」

「時間がかかるって……どれぐらいですか?」

 食い下がるように、母親が問うた。それに対してカミルは、「そうですね……」と唸る。

「花宿りの木で作った杖の持主を一人だけ知っていますが、彼女は杖を持ってから魔法をそれなりに使えるようになるまでに二年はかかっていたと記憶しています。その後も、彼女は魔力が増えなくて高度な魔法が使えないと悩んでいましたが、要は杖に彼女の魔力が中々馴染まなかっただけに、魔力の燃費が悪くなってしまっていたんですね」

 魔力の相性は悪くなかったので、カミルの師匠たるヴァルターは彼女にこの材木で杖を作る事を勧めた。相性さえ良ければ、本当に良い杖になるからだ。

「……失礼ですが。それは、その人の才能が無かっただけなのでは? 娘は、魔法の才能があると思います。だから多少クセのある杖でも……」

「魔力の相性は、才能だけではどうしようもないですよ? それに、最初に躓くと折角の才能を伸ばす事が困難になりかねません。最初は相性の良い材木で杖を作って、腕を磨いてからご希望の材木で新しく作るようにするのが良いと思います」

 そう言って、カミルは棚の中をごそごそと漁った。そして、引き出しから一振りの杖を取り出して見せる。細身で小さな子どもの手にも持ちやすく、淡い色で着彩されている。ご丁寧に、落とさないよう手首に引っ掛けるストラップまで取り付けられていた。ストラップは、杖より少し濃い色のリボンで作られている。

 可愛い見た目の杖を示されて、娘が目を輝かせた。

「これは魂叫木で作った杖のサンプルですが、この通り。材質が何であれ、デザインを工夫すれば女の子がやる気になる、可愛い杖は作れますよ?」

 いかがですか? と問うカミルに、母親はぐぬぬ……と拳を握った。恐らく、花宿りの木で作った杖はこの母親の憧れなのだろう。たしかに、花宿りの木で作った杖は、着彩などせずとも美しい物が多い。

 だが、親の憧れだけで杖を選んでしまっては、この子の魔法の勉強に悪影響を与えかねない。魔力検査によって弾き出された色や数字がはっきりと相性を示しているのだから、ここは妥協してはいけない、とカミルは気を引き締め直す。

「その……カミルさんがご存知の、花宿りの木の杖を使っているというのは、どこのどなたなんですか? 差支えなければ、教えて頂きたいんですが……」

 諦めきれないらしい。ここでカミルが挙げる名が、この母親の知らない名であれば……更に食い下がられるかもしれない。

 だが、その心配は無いとカミルは知っている。それに、その名を出す事を、彼女は了承してくれている。

「テレーゼ=アーベントロート。ご存知でしょう?」

 その名を聞いた途端に、母親の目が丸くなった。

「え、テレーゼ=アーベントロート……って……」

「あ、知ってるー! 西の谷のテレーゼ先生の事でしょー?」

 知っている人名が出てきたのが嬉しいのか、娘がきらきらした笑顔をカミルに向けて言った。カミルはしゃがみ込んで視線を娘に合わせると、笑顔を返しながら頷く。

「そうそう、よく知っているね。そのテレーゼ先生も昔は魔法が上手く使えなくて。それでも使えるようになりたくって、一生懸命練習していたんだよ?」

 だから、君も頑張って練習しようね?

 そう言うと、娘は「うん!」と嬉しそうに頷いた。もう一度頷き返してから、カミルは立ち上がり、少し昔を懐かしむような顔をしながら母親に言う。

「テレーゼは……昔から真面目で、練習を欠かすような事は全くと言って良い程無かったんですけど……それでも、中々杖に魔力が馴染まなかったみたいで、高度な魔法を使えるようになるまでに随分と時間がかかっていました。寝る間を惜しんで勉強して、花降月には花を必死に集めて……それこそ、思春期の女の子の多くが楽しむオシャレにすら、時間を割く事ができないほどに」

 自分のこの言葉に、母親への脅迫が混ざっている事を、カミルは自覚している。

 今や魔女として抜群の知名度を誇るテレーゼですら、楽しみを犠牲にするほど勉強と練習をしなければ花宿りの木の杖を使いこなす事はできなかった。材木と魔力の相性は悪くなかったはずなのに、だ。

 ましてやこの娘の魔力は、花宿りの木との相性はそれほど良くない。杖を使いこなせるようになるには、テレーゼ以上の努力が必要だろう。相性の良い魂叫木で作った杖であれば、その半分以下の努力でそれなりの魔法を使えるようになるだろうに。

 何かを成すのに、それなりの努力は必要だ。だが、努力の中には必要な努力と不要な努力がある。この娘が花宿りの木の杖で魔法を使えるように努力する事は、明らかに不要な努力だ。

 親の憧れだけで、娘に不要な努力を強いるのか? 娘から、努力のために楽しい時を奪うのか? それでも成果を出す事ができなかった時、娘がどれほど苦しむか、わかっているのか?

 脅迫めいたそれらの感情を密かに含ませ、カミルは懇々と母親を説得した。

 勿論、可愛いデザインになるように努力は怠らない。何なら、おまけを付けよう。そう言って、花宿りの木片を刻んで作った飾りを取り出して見せた。魔法を助けてくれるような力は無いが、取り付ければ杖の可愛さを増してくれるだろう。

 そこまで言って、ようやく母親は引き下がる気になってくれたらしい。カミルに魂叫木での魔法杖制作を依頼し、注文書にサインを記した。

 後は、事務的に淡々と。娘の手の大きさや腕の長さを採寸し、好きな色や花を聞きだし、ざっくりといつ頃までに出来上がるかを告げる。

 そこまでやって母子が帰っていったのを見送ると、カミルは店兼、工房の椅子に座りこんで大きくため息をついた。

「カミル=ジーゲル様、お疲れ様でございますわ」

「今の客、随分粘ったなぁ。あれに流されずに説得するなんざ、成長したじゃねぇか」

「レオノーラ。親方も」

 いつの間にか隣にいた相棒の妖精と、魔道具作りの師匠であるヴァルター。傍にいるとつい助け船を出したくなるから、という理由で別室で様子を覗いていた二人に、カミルはほっと息を吐きながら頷いた。

「あれから二年。魔道具作りの勘も戻ってきたみてぇだし、これならそろそろ、店番を任せても良さそうだな」

「ヴァルター=ホルツマン様? そう言ってカミル=ジーゲル様に接客をやらせておいて、ご自身は酒場に飲みに行くおつもりではございませんこと?」

 レオノーラに言われ、ヴァルターは「うっ……」と言葉を詰まらせた。

「なんでわかったんだ……?」

 すると、レオノーラは呆れた顔をする。

「まぁ、本当に飲みに行くおつもりでしたの? たしかにカミル=ジーゲル様は魔道具職人としての腕と勘を取り戻しつつありますし、以前よりも流されずに人と会話をする事ができるようになられましたわ。一人で店番をなさる事には、何の問題もございませんでしょう」

 ですが、とレオノーラは眉を吊り上げてヴァルターの眼前に飛ぶ。

「それとこれとは、別問題でございますわよ。カミル=ジーゲル様が店を開けて働いていらっしゃる時に、師匠であり店主であるヴァルター=ホルツマン様がお酒を飲んでいらっしゃるなど……。もしお店で何かあったら、どうなさるおつもりですの?」

「れ、レオノーラ、その辺で……。親方だって、お昼から飲みたい時ぐらいあるよ。二年前までは、僕達のためにほとんど我慢してたって話だし、その分を取り戻していると思えば……」

 苦笑しながらカミルが言うと、ヴァルターは「おっ」と嬉しそうな声を発する。

「言うようになったじゃねぇか、カミル! そう言ってくれるなら、明日にでも早速……」

「あ、でも昔みたいに一晩で一樽空けるなんて事はしちゃ駄目ですよ、親方。もう若くないんですから」

「本っ当に言うようになったな、お前は!」

 怒鳴りながらも、顔は笑っている。この逞しい職人である師匠が、二年前には気を揉み続けていた事を、カミルは人伝に聞いて知っている。彼らが眠っていた二年の間に、白髪がかなり増えた事がそれを言外に証明していた。

 本当に、申し訳なかったと思っている。そしてそれと同時に、今こうしてヴァルターが笑い掛けてくれている事が、たまらなく嬉しかった。

「ところで、カミル=ジーゲル様? お時間は大丈夫ですの? 今日はテレーゼ=アーベントロート様達とお約束をされていたと記憶しておりますわ」

「えっ? ……あっ!」

 レオノーラに指摘され、カミルはハッと外を見た。陽が少し傾き始めている。夕方にテレーゼ達と会う約束をしているのだ。ここから西の谷まではそれほど遠くないが、それでもそろそろ準備をして出掛けなければ間に合わない。

 まさか、あの母子の接客にここまで時間がかかってしまうとは思わなかった。

「いけない! 親方、あの……」

「おう、あとの事はやっといてやるから、早く行って来い。テレーゼちゃん達に、よろしくな!」

「はい、ありがとうございます!」

 手をひらひらさせて追い出す仕草をするヴァルターに軽く頭を下げ、カミルは脇に置かれていた鞄を掴むと外へと飛び出す。その後に、きらきらとして黄緑色の光の粒をまき散らしながら、レオノーラが続く。

 慌てて駆けていくその後ろ姿を眺めているうちにヴァルターは二年前を思い出したのだろう。目を細めながら、小さくなっていくカミルの姿を見送っていた。