13月の狩人








第二部
















「あぁ、お加減はいかがですか?」

水差しを手に部屋を出たところで、宿の主人がフォルカーに声をかけてきた。二日前にボロボロの状態で転がり込んできたのが、余程衝撃的だったのだろう。

「あぁ、心配かけちまって悪ぃ。俺はもう大丈夫だ。実は、さっきも買い物に出掛けたりしたし。……けど、ちびすけが風邪ひいちまったみてぇでさ……」

「ちびすけ……あぁ、一緒に連れていた、あの白い妖精の事ですね……」

頷くと、主人は顔をフォルカーに近付け、声を潜めた。

「あの、その事なのですが……」

「あ、えっと……俺、獣人で耳良いから、そこまで近寄らなくても聞こえるんだけど……」

顔の近さにフォルカーが思わず引くと、主人は廊下の隅に移動して手招きをした。どうやら、何が何でも内緒話の形に持っていきたいらしい。

ここの主人は、サイズこそ人間と同じだが、見た目は鳥だ。口は嘴だし、腕には羽根が生えている。獣人かと思えば、その正体は精霊らしい。宿屋の仕事がやりたくて、獣人の姿を取っていると聞く。

鳥の姿を取っているだけにお喋りが好きで、捕まると長い、とテレーゼやレオノーラが言っていた。噂話ももちろん大好きで、それ故に情報通でもあるのだとか。

手招きされるままに隅へ寄り、「で?」という顔で主人に話しの続きを促す。すると主人は、実に言い難そうな顔をしてちらちらとフォルカー達の部屋の方角を見ている。

「ご存知かどうか……。全身が真っ白い妖精は、惑わしの妖精と言われておりまして……」

「あぁ……らしいな」

テレーゼの言葉を思い出し、フォルカーは頷いた。すると、主人は「話が早い」と言わんばかりにゆっくりと息を吐いた。

「惑わしの妖精が現れると、良くない事が起こると言われております。特に、氷響月に真っ白い妖精を見た者には、災厄が降りかかると……。言い伝えの域ではありますが……」

「……それで?」

何となく、だが。主人が何を言わんとしているのか、難しい事を考えるのが苦手なフォルカーにもわかり始めたような気がする。そして、フォルカーの解釈が正しければ……それはフォルカー達にとって、良くない話だ。

「お連れの妖精の姿を目撃する事で、不安を感じる者もいるでしょう。ひょっとしたら、暴力的な手段を取って、あなた方に危害を加えようとする者もいるかもしれません」

「そこで俺が返り討ちにしようとして暴れたら……まぁ、迷惑はかけちまうよな」

それは、わかる。だが。

「だからって、今すぐ出ていけってのか? ちびすけは風邪ひいちまったって言っただろ?」

いつもよりも低い声で、凄む。言い伝えや、それに因る混乱が怖いから出ていけ、というのはわからないでもない。だが、病人に今すぐ出ていけというのは、フォルカーとしては納得ができない。するつもりもない。

凄んだフォルカーの顔に殺気すら感じたのだろうか。宿の主人は青褪めた顔をぶんぶんと横に振り、「とんでもない!」と声を張り上げた。

「いくら何でも、そこまで非道な事は言いませんよ! ですが、やはり先行き不安にはなりますので……お連れの妖精が復調なされたら、部屋を引き払って頂きたく……」

それで納得できるかと言われたら答えは否だが、ここで反発したところで長期滞在はできそうにない。できたとしても、宿の主人や、北の霊原に住む者達と顔を合わせる度に気まずい思いをしそうだ。

フォルカーは「わかった」と頷き、大きく息を吐いた。見れば、宿の主人も大きく息を吐いている。フォルカーに今回の件を伝えるのに、相当迷っただろうし、勇気も要っただろう。そう考えると、彼を責める気にもなれない。

重い空気に耐え切れなくなったのか、宿の主人としてこれではいけないと思ったのか。主人は無理に顔を明るくすると、少し慌てた口調で話題を変えた。

「そ、それにしても……追い出そうとしている私が言えた事ではないかもしれませんが、あの妖精、綺麗な白色をしていますよねぇ!」

「そうか? よくわかんねぇけど……」

その言葉にどう受け答えすれば良いのかわからずフォルカーが困惑顔をすると、主人は「そうですよ!」と頷いた。

「全身ではなくとも、体のどこかが白い妖精はたくさんいます。けど、その白い部分も、少し灰がかっていて、あそこまで真っ白い色というのは珍しいんですよ。それが全身ですからね。……文献にある惑わしの妖精も、全身真っ白いというよりは全身白みがかった灰色である、という説もありますし」

本当に美しい白だと、主人は重ねて言った。よくわからないままのフォルカーは、そういうものなのか、と、頭を掻きながら適当に相槌を打つ。これ以上話に付き合っていると、前情報通り、主人のお喋り好きに捕まって長くなりそうだ。

水を汲みに行くから、と断って、フォルカーは何とか主人の話を中断させる。そして、言葉通りに水を汲むため、空の水差しを振りながら階段を降りていった。











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