13月の狩人
17
噂には聞いていたが、南の砂漠は本当に暑い。陽はじりじりと照りつけるし、足元は砂地で歩き難い。空気は乾いていて、すぐに喉が渇く。しかし、水源がどこにも無いため、気軽に手持ちの水を飲む事もできない。
おまけに、時折現れるモンスターが滅法強い。西の谷でならどんなモンスターでもものの二、三分で倒せていたフォルカーが、一体を相手に十分も十五分も時間をかけている。テレーゼが魔法で援護をしても、痒そうに皮膚を掻くだけだ。
最終的に、テレーゼが魔法で何とか気を引きつけている間にフォルカーが弱点を探して倒す……という戦闘方法が確立した。
結局、フォルカーがいなければテレーゼはモンスターと戦う事すらできない。そう考えると、悔しさで涙が滲み出てくる。だが、泣いてはいけない。泣けば、この乾いた土地で、貴重な水分を失ってしまう事になる。
テントでの野営も、これまでとは比べ物にならないほど辛い。夜は暑さで眠れない上に、寝返りを打つだけで砂が舞い上がって口に入ってくる。寝付けず、眠っても眠りは浅く、疲れが取れないままに朝が来る。
足取りは次第に重くなり、二人の口数はどんどん少なくなっていく。カミルもレオノーラも、見付からない。幸か不幸か、十三月の狩人が襲い掛かってくる事も無い。
いっそ、襲い掛かってきてくれた方が楽かもしれない。いつ襲われるかわからず、常に気を張り続けているのは、敵わぬ相手と戦うよりもよほど消耗する。
そうしているうちに、三日の時が過ぎた。
気付けば、今日はもう氷響月の三十二日。明日からは花降月。今日を乗り切れば、十三月が終了する日となっている。
「……どうなると思う?」
「どうって?」
テレーゼの問いに、フォルカーが疲れた表情で首を傾げた。
「このまま、十三月が終わったとして……いきなり、何事も無かったように新年が始まるの? もし、十三月が終わるまでに、私達がカミル達を助け出せなかったら……カミルはどうなるの?」
「あ……」
言わんとした事に気付いたようだ。フォルカーが渋い顔をした。
十三月が終わった瞬間に、十三月の狩人のみが光を浴びた影のように消え失せてくれる。そうなるのなら、良い。カミル達は狩人から解放され、後はテレーゼ達と合流して帰るだけとなる。
だが、もし十三月が終わった時、狩人に捕まった者も一緒に消えてしまうとしたら?
その可能性だって、無いわけではないのだ。だからやはり、今日中にカミル達を見付けて助け出さなくてはならない。
そう決意すると、重かった足取りが早まる。テレーゼの魔法と、フォルカーの目や鼻、耳を最大限に利用して、カミル達の姿を砂漠の中に探す。
やがて陽が傾き始めた頃、遂に目的の姿を見付けた。
場所は、南の砂漠のどの辺りに位置するのか、グルグルと探し回っているうちに方向感覚が狂っていて、よくわからない。いや、この際もうどこだって良い。
砂にうずもれた、カミルの姿がある。首だけを残して、全て砂の中に埋もれているようだ。
近くには、小さな鳥かごが転がっている。中にはレオノーラ。どうやら、妖精に魔法を使わせない、鳥かごの形をした魔道具であると思われる。
「カミル! レオノーラ!」
テレーゼの叫び声に、カミルが薄らと目を開ける。
「……あ……テレーゼ……フォルカー」
「待ってろ、今助けてやるからな!」
うおぉぉぉ! と叫び、フォルカーが勢いよくカミルの周りの砂を掘り始めた。その間に、テレーゼはレオノーラを閉じ込めている鳥かごの開錠を試みる。
時間はかかったが、陽が殆ど地に沈み、空が濃い紫色から紺色に変わった頃。二人はカミルとレオノーラを助け出す事に成功した。
「怪我は……酷い奴は、無ぇみたいだな」
カミル達の様子を確認しながら、フォルカーはホッとした声で言う。カミルは、ゆるゆると頷いた。
「お陰様で……ありがとう、二人とも。助かったよ」
多少弱っているものの、はっきりと聞こえる声で礼を言い、カミルは笑った。レオノーラもだ。
「本当に、助かりましたわ。テレーゼ=アーベントロート様、フォルカー=バルヒェット様、本当にありがとうございます。……お恥ずかしい限りですわ。平和に慣れて油断していたとはいえ、不意をつかれてこのような無様な姿をお見せする事になってしまうなどと……」
「良いじゃねぇか、無事で何よりだ。……ほら、また十三月の狩人に捕まったりしないうちに、早く逃げようぜ。テレーゼが、十三月の狩人に捕まったまま十三月が終わったらどうなるのかって、気にしてるんだよ。な?」
「……うん」
テレーゼの顔が、カミル達を助けた頃から思案気な物になっている。その様子に、フォルカー達は怪訝な顔をした。
「……どうした?」
問われて、テレーゼは遠慮がちに視線を上げた。フォルカー、カミル、レオノーラの視線が、テレーゼに注がれている。
「……あのね……何と言うか、気にかかってる事があるのよ……」
「気にかかる事?」
カミルとレオノーラが、揃って首を傾げる。
「そう、それもたくさん」
頷き、意を決したようにテレーゼは言葉を紡ぎ始めた。
「……カミル、レオノーラ。……気を悪くしないでね」
名を呼ばれ、二人は訝しげな顔をする。それに構わず、テレーゼは話を続けた。
「カミル、レオノーラ……あなた達が十三月の狩人に攫われてから、十四日が経っているわ。そうよね?」
確認され、カミルとレオノーラは首を傾げた。捕まっている間に何日が経っているかなど、わからなかったのだろう。テレーゼが視線をフォルカーに遣ると、フォルカーは指を折って数え、そして頷いた。
「十三月の狩人は、私達がバラバラになっている時に、同時に襲い掛かってくる事はしなかった。それと同時に、私達以外に十三月の狩人に狙われているらしい人の話も聞いた事が無いわ。ここから、十三月の狩人は一人しかいないという仮説を立てる事ができる。……ここまでは良い?」
三人が、頷く、フォルカーだけは少々怪しそうな様子だ。
「木の上とかから矢をあんなにたくさん、素早く射掛けてくるんだもの。きっと身軽で、あまり重い物は持たないようにしている。だから多分、カミル達を攫った後はまずこの場所に埋めて、それから私達を襲いに行った……そうよね?」
「……うん、そうだよ。テレーゼ達が見付けてくれるまでの間、ずっとあのままで……本当に、どうなる事かと……」
その言葉に、テレーゼは目付きを険しくした。カミルの目を、正面から見据える。
「十四日もあんな風に放っておかれて、何でカミル、そんなに元気なの? 普通の人間なら、死んでてもおかしくないわよ?」
「……!」
カミルの顔付きが、険しくなった。テレーゼは、言葉を緩めない。
「十三月の狩人が、水と食料を置いていってくれた? 違うわ。あんな状態じゃ何も食べる事なんかできないし、この暑さと乾いた空気じゃ、水はすぐに蒸発しちゃうもの。そもそも、私達を殺すつもりの十三月の狩人が、わざわざ水や食料を置いていって、カミルを生かそうとしてくれるとは思えないわ」
「言われてみれば……たしかに、ちょっとおかしいかもしれねぇけど……。十三月の〝狩人〟なのに、砂漠で干からびさせようとか……」
テレーゼ達には、容赦無く矢を射掛けてきたというのに。カミルとレオノーラには、その容赦の無さが無い。
「何か、都合が良過ぎるって思ったのよね。北の霊原を出た時から、何度か」
炙り出しで見えるようになるインクで、行き先が残されていた。それは良い。
しかし、何故カミルは、十三月の狩人が己を南の砂漠へ連れていこうとしているとわかったのか?
見られたくないアイディアを書いていたのだから、ヒントになるたき火の絵は最初、描かれていなかった事だろう。狩人に襲われ、地図に仕掛けをしてからたき火の絵をテレーゼ達のために描いた事になる。攫われそうになっている割には、余裕があり過ぎるのではないだろうか?
それでなくても、あんなに楽々と襲撃を退けて北の霊原に辿り着き、あっさりとテレーゼ達を助けてくれたカミルが、気を抜いたぐらいで簡単に攫われるというのも信じ難い。
カミルと合流してからの、十三月の狩人の動きも不可解だ。初めのうちはあれほどまでにしつこく激しく襲い掛かってきて、テレーゼとフォルカーの気持ちを削いでいたというのに……北の霊原で宿を取ってからは、カミルの光る杖を光らせるだけで簡単に逃げてしまい、あまりしつこく襲ってこなくなった。
北の霊原を出てからの十三日間、襲い掛かってきたのは二度しか無かった。明らかに狩人のやる気が無くなっており、テレーゼ達の旅は楽になっている。
極めつけは、この南の砂漠だ。隈なく探して見付からず、残り一日を切って気持ちが焦り始めた頃に、カミル達が見付かった。
恐らくテレーゼ達三人を狙っているであろう十三月の狩人が、テレーゼ達がカミル達を助けたくて懸命になり、無防備になっているところを狙わない。今もこうして、のんびりと話をしている事ができる。
「何もかも、私達にとって都合が良過ぎるのよ。まるで、十三月の狩人は……私達を殺すつもりは無くて……ううん、違うわね。殺す気ではいるんだけど、十三月が終わるギリギリまでは殺さないようにしようとしているみたい。……そう思わない? カミル、レオノーラ」
話しているうちに、カミルとレオノーラの目付きが非常に冷たい物になっている事に、テレーゼは気付いている。だが、それでも……正しておかねばなるまいと、問いをぶつけた。
「間違ってたら、言ってね。……あなた達なんでしょう? 十三月の狩人の正体」