光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





56





空が暗い。海沿いの町シャンカイは、今日も闇に包まれている。

ランプの光がチリチリと肌を焼いているような感覚を覚えながら、シンは紙にペンを走らせている。

「書けたー?」

横から、ホースが声をかけてくる。シンが書き物をする机の横にはもう一つ机。そこでホースも何かを書いている。

「まだ。中々良い文章って思い浮かばないものだね。……ホースは?」

「私もまだー。本当に嫌よねー、論文書くのって」

「そう? 論文を書くのは結構好きだけどな、私」

シンの発言に、ホースは未知の生物でも見たかのような顔をした。

「えーっ!? じゃあさ、シンくん。私と書くの交換しましょうよー。今シンくんが苦戦しているそれを私が書いて、私の論文をシンくんが書くの。……おっ! 結構良い方法じゃない、これ?」

「まず専門分野が違う。次に仕事の論文と息抜きの手紙の交換じゃ文章量的に割に合わない。最後に、どっちも自分でやらなきゃ意味が無い。……そんなわけで、それは駄目だよ」

「ちぇーっ……」

本当に残念そうに机に突っ伏し、そして少ししてから顔を上げる。

「……にしても、意外ねぇ。シンくんが手紙を書くの苦手だなんて」

「仕事で書く手紙は苦手じゃないよ」

苦笑しながらシンはペンを再び紙の上に走らせた。紙には、細かい字がびっしりと並んでいる。

「けど、何て言うのかな? 不特定多数の人間に見せる論文や、報告書とか依頼状、礼状と違って……個人に宛てた、しかも自分や相手の近況を知らせたり尋ねたりするような手紙っていうのは、普段書かないから何を書いて良いのかよくわからないよ」

「あー、そういう事ねー」

納得したように頷きながら、ホースはシンの目の前に積み上がった紙の山から一枚抜き出して目を通した。そこには現在リノがホースの留守を預かってレイホワにいる事、フェイが先日山賊討伐に参加したらしい事、ルナがシューハクとミャコワンを行ったり来たりしている事などが時には詳しく、時には箇条書きで書かれていた。とりあえず書きたい事を全部書いてみたという感じで、手紙の体を為していないような箇所まである。

「まぁ、こういうダラダラと長い手紙が好きって人もいるかもしれないけど、何かこれだとシンくんのイメージとは違うわよね」

「イメージかどうかはともかく、もう少しすっきりとまとめたい……」

珍しいシンの弱音に、ホースは「んー……」と考えた。

「じゃあ、手紙にするかどうかは置いておいて、まずはあっちに伝えたい事とか訊きたい事を全部箇条書きて書いてみてくれない?」

「え? うん……」

ホースに言われるまま、シンは文字を綴った。あっという間に三枚ほどの紙が文字で埋まる。

「……シンくん、疲れてるでしょ? 隣家の犬が仔犬を産んだ話なんか書いてどうするのよ……?」

「あ、そうか」

言われて初めて気付いたと言わんばかりの表情で、シンは苦笑した。その様子を面白そうに眺めてから、ホースは手に持ったペンで宙に丸を書いた。

「じゃあ、その中からシンくんが絶対に伝えなきゃいけない、訊いておきたい、と思った事だけに丸を付けてみてくれない?」

言われた通りに、シンは箇条書きのうちのいくつかに丸をつけた。全体の三分の一未満だった。

「あとはその選んだ内容を少しだけ装飾して、終わり」

「……ちょっと短過ぎない?」

指示された通りに書き、書き上がった内容に目を通してシンは物足りなそうに言った。今まではごちゃごちゃだったが、今度は寒々しいほどにシンプルだ。

「良いじゃない。他に書きたい事はまた後日って事で。その方が、何度も楽しめるわよ?」

「……そっか。それもそうだね」

頷き、シンは紙を折りたたみ用意していた封筒に差し込んだ。口を折り、蜜蝋を垂らして封をする。

「じゃあ、ちょっと出してくるよ。……ホースも来る?」

「当然!」

立ち上がり、二人揃って宿を出る。浜辺まで歩き、シンは小さな火を熾した。

「あー、成程! だから缶詰するならシャンカイでって言い出したわけね」

手を叩くホースに、シンは頷いた。赤々と燃える火に、書いたばかりの手紙を投じる。手紙はあっという間に燃え上がり、煙となって空へ昇っていった。

「確かに、届くとしたらここから出すのが一番間違いないわね」

「最後までラースと繋がっていた場所、だからね」

煙は、少しずつ細くなっていく。

「届くと良いわね」

ホースの言葉に、シンは頷いた。そして、顔をホースに向ける。

「じゃあ、宿に戻って論文の続きを書こうか?」

「えーっ……折角外に出たんだから、もう少しゆっくりしていきましょうよー」

「じゃあ、その辺で何か食べてから宿に戻る。そして論文に集中する。それで良い?」

シンの提案に、ホースは渋々頷いた。

「仕方無いわねー。……あーっ! もう本当に論文って嫌! 堅苦しい真面目な文章を書くのなんか性に合わないわよーっ!」

「手伝うよ」

苦笑しながらシンはホースを促し、浜辺を後にする。

細くなった煙は更に細く弱くなる。だが、それでも天へと昇っていき、そしていつしか見えなくなった。








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