光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





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「アスト、お前……本当に良かったのか?」

「何が、ですか……?」

フェイの問いに、アストは馬上で揺れながら不思議そうに首を傾げた。

「何がって、そりゃあ……このまま王都へ行ったら、お前はどうなるかわからねぇんだぞ? それに……ウィスの事、見てなくても良かったのか?」

「王都に、入った……後は、フェイさん。あなたを、信用……する、事に……しました。それに、ウィスは……私が、見て、どうなると、いう……ものでは、ありません。私は、今、私に……できる、事を、やる……それだけです」

「そうかい」

そう言って、フェイは黙り込んだ。代わりに、フェイの後に騎乗していたルナが問う。

「ところで、その本……とても面白い物のようですわね。それがあなたの魔法ですの?」

問われ、アストはこくりと頷いた。

「勤め先の、図書館の……一般閲覧禁止の、書架で……見付けました。館長に、頼み込んで……読み込み、研究を、した……結果、使えるように……なりました。今まで……これを、使える、人間は……いなかった、そうで。使える、人間の……手元に、あった、方が……良いと」

「詠唱をした後、その本から光が飛び出しましたわよね? 相殺させて頂きましたけど……もし、あの光が消えていなかったらどうなっていましたの?」

「……百聞は、一見に……如かず……です」

呟き、アストは近くにあった木に向かって詠唱を始めた。

「改訂作業を、開始します。……歴史を、ひも解き……我は、知る。眼前に、佇むは……未知なる、力。眼に、映るは……未知なる、姿。子子孫孫に、語り継ぐ、べく……その身を、この書に……刻み込まん。今は、ただ……眠りに、つけ。望まれ、光を……浴びる、その時が……来たる、まで…………リビジョン」

本から光が飛び出し、鳥のように木の周りを一周して本に戻った。そして、木が消える。

「改訂作業を、完了しました……」

「……!」

あんぐりと口を開けて、フェイが木のあった場所を調べ始めた。そんなフェイと、ルナにアストは本を開いて見せてみる。そのページには、先ほどまでそこにあった木が記載されている。

「このように……対象物を、この、本に……閉じ込めます。効果が……大きい、分……使う、為の、条件も……多く、ありますが……」

「あらまぁ。では、あの時もし私の魔法が失敗していたら、私達は皆その本に閉じ込められてしまっていたのですわね?」

ルナの言葉に、アストはこくりと頷いた。それから、す、と遠くを指差した。

「?」

フェイとルナが振り向く。すると、向こうから複数のモンスターが走ってくるのが見えた。

「チッ……人間の気配に気付いたんだな」

舌打ちをしながらフェイが剣を抜き、ルナがフェイの邪魔をしないよう馬から降り、後にさがる。アストも、馬ごと後にさがった。

「もし、可能……なら。一匹、だけ、倒さずに……とって、おいて……もらえますか? この、本の……もう、一つの……力も、お見せ……したいです」

「まだあるのかよ!? まぁ、良い。やってみろ!」

フェイは走り出し、モンスター達を斬り倒し始めた。後からルナが魔法で援護をする。その横で、アストが再び唱え始めた。

「改訂作業を、開始します。いずれの、時か……知りし、事。我が、力と……する、為に……蓄えて、おきし……その、姿。我は今……その……力を、欲し……ここに……解放、する…………デリート」

本に対象物を閉じ込めた時よりも若干短いその詠唱を終えた瞬間、開かれた本が光り輝いた。光は本から飛び出し、フェイ達によって器用に一匹だけ残されていたモンスターへと向かって行く。そして、その頭上で止まったかと思うと光は消え、代わりに一本の木が現れた。木は重力に逆らわずに地面へ落ち、そのままモンスターを押し潰す。

「改訂作業を、完了しました……」

淡々と、アストが呟いた。

「……すげぇ……狙った物を閉じ込めて持ち運べる上に、好きな場所に出せるのかよ……」

「ですが……先に、言った……通り。条件が、とても……厳しいです。戦闘だけで、言うなら……チャキィの、方が……ずっと、凄い、です」

アストがさり気無く仲間を褒めると、ルナが楽しそうに微笑んだ。

「えぇ。確かに、将来が楽しみな方ですわ。シューハクへ行ったらみっちりと鍛えて、もっと凄い魔法使いにして差し上げたいですわね」

「……ルナと、チャキィは……威力的には、同程度の、ように……思いましたが」

少しムッとした様子でアストが言った。すると、ルナは不敵に微笑んで見せる。

「あら。今までのあれは、私の本気ではありませんわ。私が本気を出したら、辺り一面を完膚なきまでに破壊してしまいますもの。そうなったら、皆様が危ないですものね」

「あれで本気じゃねぇのかよ!?」

「……」

フェイが素っ頓狂な声をあげ、アストが悔しそうに顔を歪めた。

「何てこった……。シンの魔法だけでもすげぇと思ってた頃が懐かしいぜ……。ルナ嬢ちゃんと言い、チャキィと言い……本職の魔法使いってのは何者なんだ、本当に……」

「あら、私は人間ですわよ? 何者と言えば……アスト?」

「? 何、ですか……?」

ルナの問いに、アストは首を傾げた。

「あの……ウィスという方は、何者なんですの?」

「確かにな。学者兼教師ってのはゴドで聞いたが、学者兼教師があんなに剣を使えるってのは珍しいんじゃねぇか?」

自らの仲間であり現在恐らくシューハクにいると思われる行方不明中の学者兼魔法剣士の事は棚に上げ、ルナとフェイはアストに詰め寄った。アストは、少々身を引きながら言う。

「私が……知っているのは、ウィスが……学者で、孤児院の、教師で……週に、一度……サブトの、大学で……講義を、行って……糧を、得て、いる……という、事、だけです。ウィスが、どういう……経緯で、あそこまで……強く、なったのかは、知りません。リアン、なら……知って、いる……かも、しれませんが……」

「幼馴染、でしたわね。そう言えば……」

ルナの呟きに、アストは頷いた。

「ウィス、よりも……私は、シンの、方が……気に、なります。剣技や、魔力の、使い方……それこそ……学者とは、思えない……です。それに、一介の……学者が、何故……ここまで、するのですか? いくら、ミラージュに……興味が、あって、正義感が、強くても……普通は、こんな、危険な……旅に、参加……したり、しません……」

「それも……そうですわね。ウィスとリアンは、どうやら抜き差しならない理由をお持ちのようですが……」

ルナの困ったような顔に、フェイも困ったように頷いた。

「そう言えば、シンの奴……こっちに戻ってから少しおかしかったよな。らしくねぇっつうか……何かを必死に追いかけてるような、そんな感じだった。最初はお前らを追いかけるのに必死になってるのかと思ったが、どうもそんな感じでもねぇ」

「幼馴染のリノにもわからない様子でしたわね……」

「これは……シンに、直接……聞かないと、わかりそうに、ありませんね……」

アストの言葉に、フェイはじれったそうに頭を掻いた。

「全てはシューハクに行ってからじゃねぇとわからねぇって事か。……それも、二人が本当にシューハクへ行っていればの話だけどな」

「そうとなれば、早く王様のところへ行って、シューハクへ皆で渡る許可を頂かなければなりませんわね。それに、アスト達の手配の解除も。一々兵士に見咎められていたら、時間の無駄ですわ」

馬に乗り直しながらのルナの言葉に、アストは嬉しそうに微笑んだ。

「それは……ありがたい、です。……手配が、解ける、なら……帰りに、セツファンを……元の、場所に……戻して、行きましょう。捕まる、心配が……無いのなら、本に……閉まって、おく……必要は、無いですから……」

そして、二頭の馬は再び走り出した。馬を駆りながら、アストは横を走る二人に言った。

「シューハクへ、行って……シンの、事……戦う、理由……わかると、良いですね」

ルナとフェイは、黙って頷いた。









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