贄ノ学ビ舎















16

















足を一歩踏み入れて、奉理は扉付近の壁を手探りした。照明のスイッチに指が触れ、それを押す。

明るくなった室内を見れば、そこにはどこの学校の準備室もそうであるように、机と、薬品棚が置かれている。特に変わった点は見受けられない。

だが、知襲は奉理に続いて準備室の中へと入ると、迷わずに奥の棚へと視線を向けた。

「柳沼くん。あの棚……開けてみてください」

「棚? けど、鍵は……」

言いながら指差された棚を見て、奉理は「あ」と呟いた。知襲が指差す棚には、鍵がかかっていない。その証拠に、扉が少しだけ開いている。

隙間に手を差し込み、扉を開けた。その時、何かが手に引っ掛かって落ち、チャリンという音をたてる。拾ってみれば、小さな鍵だ。何があったのか、一部が酷く曲がっている。恐らくこの棚の鍵なのだろうが、これでは使えそうにない。

「だからこの棚、扉が開いてたのか……」

呟きながら、奉理は棚の中を検分した。授業などで聞いた覚えのある名前の薬品名が書かれたラベルが貼られた瓶が、いくつも並んでいる。

中には、名前の効き覚えはあるが性質をど忘れしてしまった薬品名もある。不用意に触って、怪我をするといけない。奉理はポケットから皺の付いたハンカチを取り出し、それを手袋代わりにして瓶を掴んだ。そして、一つずつ取り出しながらラベルの薬品名を確認し、空いている机の上に移していった。

「……あれ?」

奥の方に仕舞われていた大きめの茶色い瓶を手にした時、奉理は首を傾げた。この瓶だけ、ラベルの字が手書きで書かれている。紙もシールではなく、小さく切ったルーズリーフをセロハンテープで貼り付けてあるだけだ。

ルーズリーフ製のラベルには、丁寧な文字で「アダム細胞破壊毒」と綴られている。

「……アダム細胞、破壊毒……?」

とりあえず小さく声に出してみたが、全く聞き覚えの無い名前だ。そもそも、アダム細胞とは何なのか。

「あ、それです!」

首をひねる奉理の後から知襲が覗き込み、ラベルの文字を読み取って叫んだ。その声に驚き、奉理は思わず瓶を取り落としそうになる。

「うわっ!? たっ、た!?」

辛うじて落とさずに済み、奉理は瓶を抱きかかえながら安堵のため息をついた。

「あ、済みません……。驚かせてしまって……」

「良いよ。瓶も落とさずに済んだし。それで……ひょっとしなくてもこれが、その……静海を……俺のクラスメイトを、助ける事ができる力……?」

瓶を眺めてから知襲を見詰める奉理に、知襲は「はい」と頷いた。

「その薬……いえ、毒には、今この世の中を騒がせている化け物達の細胞を破壊する事ができる効果があるらしいんです。皮膚から吸収されますので、飲み込ませる必要もありません。遅行性で、摂取してから効果が出るまでにほんの少し時間はかかるようなんですが……。それでも、例えばこれを武器に塗って、その武器でかすり傷でも負わせる事ができれば……!」

「……!」

知襲の言葉に、奉理の目は見開かれた。もしそれが本当なら、この瓶の中身を使えば化け物を倒せるという事になる。つまり……。

「これがあれば、静海を助ける事ができる? ……静海だけじゃない。これから生贄に選ばれる人達、全員を……」

奉理は目を輝かせ、瓶を見詰めた。そんな彼の耳に「ただ……」という知襲の暗い声が届く。

「さっきも言いました通り、その毒を塗った武器で傷付ければ、かすり傷でも化け物達は死ぬらしいです。けど、その傷を付けるためには……」

「あ……」

知襲の言わんとする事がわかり、奉理は息を呑んだ。傷を付けるためには、その毒を塗った武器を持って、誰かが化け物に立ち向かわなければいけない。そして、それができるとしたら……それは、化け物の最も近くまで行く生贄か、儀式の直前まで生贄の傍にいる介添人か。

「静海に今から渡すのは……無理だな。もう、生贄に選ばれて、先生達の監視下に入っちゃってるし……」

……となれば、どちらが化け物に立ち向かうにせよ、奉理が介添人にならなければいけない。差し入れができるほど、生贄の監視は甘くない。これから介添人に選ばれる者が、毒を隠し持った状態で儀式の場まで行くしかないだろう。介添人になる者が、必ずしも信用できるとは限らない。

確実に毒を儀式の場に持ち込むには、奉理が介添人になる他は無い。それに、毒以外にも武器も持ち込まなければいけない。両方を持ち込めたとして、その後どうやって化け物に立ち向かう? 介添人は基本的に化け物には近寄らないし、生贄は持ち物や衣装を徹底的にチェックされる。武器なんて持たせたところで、即座に見付かって没収されてしまうのが関の山だ。

瓶を見詰めながら唸る奉理に、知襲が「あの……」と遠慮がちに声をかけた。










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