贄ノ学ビ舎



































「ねぇ、三限の自決作法の予習、やってきた?」

「えー? 今日って毒を混入された酒杯の飲み干し方でしょ? どうやって予習するのよ」

小野寺から話を聞き、グラウンドで奉理が謎の泣き声を耳にしてから数日。あれから、特に大きな事件が起こる事も無く、日々は平和に過ぎていた。本当にこのまま、何事も無く卒業までの時間が過ぎてくれればと、奉理は願わずにはいられない。

チャイムが鳴り、生徒達が席に着く。

「……あれ?」

そこで、奉理はどこか違和感を覚えた。その正体は、近くの席に座る小野寺によって、すぐに明らかにされる事となる。

「あれ? ……なぁ、今日、静海は?」

そうだ。一人分だけ、着席者のいない席がある。竜姫静海の姿が見当たらない。

至って健康そうな彼女の事だ。病欠とは無縁に見える。それに、何と言ってもここは真面目な人物ばかりが集められた鎮開学園。欠席するのであれば、必ず誰かに連絡をするような生徒ばかりだ。

「……ねぇ、静海ちゃんは?」

「昨日は、元気だったよね?」

「けど、そう言えば……昨日の夕方から姿が見えないよね? いつもなら、寮の食堂で会うんだけど……」

女子達がざわめき始めた。言葉にする事で増幅された不安が、クラス中に伝播していく。

ガラリ、という音がして、教室の扉が開いた。生徒達は一様に、扉の方へと注目する。

だが、そこにいたのは話題の中心であった竜姫静海ではなく、担当教師の山元悠太だった。山元は教壇に立ち、クラス中を見渡すと、暗い面持ちで口を開いた。

「えー……今日は、皆さんに寂しいお知らせがあります」

ぞくりと。背筋に悪寒が走る感覚を、奉理は一ヶ月ぶりに覚えた。それは奉理だけではないのだろう。クラス中の顔に、緊張が浮かんでいる。あの小野寺でさえも、だ。

しかし、山元は暗いながらも慣れているという顔で、躊躇う事無く言葉を続けた。

「今日から一週間後に、刷辺市の山中で生贄の儀がある事は先日皆さんにお知らせしました。その生贄に、この一年A組で昨日まで皆さんと共に学んできた、竜姫静海さんが選出されました」

ごくりという、誰かが息を呑む音が聞こえた。

何故静海が選ばれたのか。理由は一切話さず、山元は淡々と事務的な話を続けていく。

「知っている人もいるでしょうが、生贄の儀の際には、儀式の直前まで生贄を心身ともに支える、介添人も選ぶ事になっています。こちらは、生贄の精神面を支えるため、普段から生贄と親しくしていた人を選びます。できれば自発的な選出が望ましいのですが……誰か、竜姫さんの介添人を務めても良いという人はいませんか?」

誰からも、手は上がらない。介添人を務める事で多くの人に顔を覚えられ、次の生贄に選ばれでもしたら……と思うと、とてもじゃないが上げる事はできない。

山元は、仕方ないという風にため息をつくと、少しだけ優しい表情と声音で言った。

「介添人を務めても良い、という人は、明日の夕方までに先生のところまで来てください。誰もいなければ、先生がクラスの中から選ぶようにします」

そして山元は、「この話は終わり」と言うように、手にしていた教科書を開いた。

「それでは、このまま授業に入りますので、すぐに古典の教科書を準備してください。今日は三十七ページからです。皆さん、予習はしてきましたね?」










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