贄ノ学ビ舎



































「ルールさえ守っていれば、か……」

授業が終わり、夕方のグラウンドを眺めながら奉理は呟いた。

ルールさえ守っていれば、少なくとも一年は確実に生き残る事ができる。今日、小野寺から与えられた情報は、奉理にとってとても貴重な物だったと思う。

「けど……」

首を傾げ、まとまらない考えにイラついて頭をガシガシと掻く。何故だかわからないが、何やら不安な気持ちが頭をもたげ始めているように思う。

何故だ? 新たな情報を、一気に入手したためか? それとも、小野寺から話を聞いた時の、静海の様子が引っ掛かったからか?

いくら考えても埒が明かず、奉理はグラウンドを眺める事ができるベンチに荷物を放り出し、座り込んだ。

どこからか、歌声が聞こえてくる。合唱部の練習だろうか。それとも、生贄に選ばれた者が、神の心を鎮める歌を、本番に備えて練習しているのか。

その考えに、奉理の心は暗くなる。心が沈んだためだろうか。聞こえてくる歌声に、すすり泣きの声が混ざっているように聞こえてしまう。

「……っ。うぅ……っく……」

「!?」

違う。本当にすすり泣く声が聞こえてくる。

奉理は立ち上がり、辺りを見渡した。だが、どこにも泣いている者は無い。

すすり泣く声は、次第に大きく、はっきりとしていく。歌声が止まない事を考えると、泣き声の主は歌の練習場所にはいないのだろう。

「誰だ……?」

夕日で赤く染まった、誰もいないグラウンドを背に。これまでにもあった不安を更に増幅させながら、奉理は引き続き辺りを見渡す。

だが、やはり誰もいない。泣き声は、校舎の裏から、木の陰から、全ての教室の窓から、体育館の屋根の上から、グラウンドの底から。学園中の至る所から聞こえてくるように感じられる。まるで、学園自体が泣いているかのようだ。

「あ……え……!?」

どうすれば良いのかわからず、自分がどうなるのかわからず。奉理の呼吸は、次第に速くなっていく。汗が噴き出て、足もがくがくと震えだした。

だが、奉理の恐怖とは裏腹に。すすり泣く声は段々小さくなっていき、最後にはまったく聞こえなくなってしまった。

泣き声がやみ、辺りはシンと静まり返る。練習は終わったのだろうか。歌声ももう、聞こえない。

静かな空気の中、奉理はどさりと、ベンチに座り直した。そして、たった今体験した出来事を思い返してみる。

あれは何だったのだろうか。よくよく思い返せば、少女のような泣き声であったように思う。

あれだけ響き渡っていたのに、誰も様子を見に窓を開けたりしていない。……という事は、あれは奉理にだけ聞こえていたのだろうか?

……となると、信じ難いが、まさかあれは、いわゆる幽霊、という奴だろうか? ……いや、信じ難いも何も、ここは鎮開学園で。鎮開学園は化け物に差し出す生贄を養成する学園で。その化け物の姿も、テレビを通してはいるが実際に目にしている。ならば、幽霊がこの世に存在していても、何ら不思議は無い。

少女という事は、あれはひょっとして、以前生贄にされた少女の幽霊……という事になるのだろうか。ここは鎮開学園だ。それで納得できてしまう。

「でも……」

それでも不思議だと、奉理は思う。

今の泣き声で、確かに奉理は不安や恐怖を感じた。だが、それでも……生贄の儀を見た時のような、悪寒を感じるような恐怖ではなかった。

「何だったんだろう……?」

呟いたところで、誰かが答えてくれるわけでもない。考えるのをやめて、奉理は再びベンチから立ち上がった。

荷物を持ち、寮へと戻る道へと足を向ける。寮の方角からは、何やら良い匂いがしてくる。今日の夕飯は、どうやらシチューだ。季節的に合っていないようにも思うが、この寮のシチューはとても美味なので、季節感が合わないぐらいは気にならない。帰って、食べるのが楽しみだ。

そう、無理矢理明るい事を考えてみるが、それでも先ほどのすすり泣く声が、奉理の頭から離れない。

学園の詳しいルールはまだわからないが、それでも、あの泣き声が言わんとする事は何となく、感じ取る事ができた。

一年生の間は、ルールさえ守っていれば生贄に選ばれる事は無い。小野寺はそう言っていた。だが。

「そんなに甘くは、ない気がする……」

奉理の呟きを聞く者は、誰もいない。聞く者どころか、人っ子一人、今この場には見当たらない。

それでも、誰かに見られているように、奉理は感じた。耳の奥で、わんわんと。あのすすり泣く声が、聞こえた気がした。












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