僕と私の魔王生活











 魔王メトゥスは、最弱の魔王であるという評価を周りから与えられている。

 ひと口に魔王と言っても、何人もいる。……そう、何人もいるのだ。ただし、一つの世界につき、魔王は一人という状態でもある。

 どういう事かと言うと、まず世界という物はいくつもある。そして、いくつもの世界を統合する、大きな世界がある。これはまぁ、いわゆる神様が住む世界という奴だ。

 別の世界を行き来する事はできない。そして、小さな世界から大きな世界に出る事もできない。世界を行き来できるのは、神様と、その使いだけだ。ただし、死んで魂だけになれば、大きな世界に出る事ができる。……というか、出ざるを得ない。

 大きな世界に出た魂はしばらく神様の元で休憩し、いわゆる輪廻転生をして次の生に向かう事となる。ちなみに、基本的に次の生でも同じ世界、同じ種族で生まれる事となる。人間ならば人間、犬ならば犬に生まれ変わる、といった具合だ。

 ただし、元の種族が絶滅していたり、数が減っていたりした場合は、別の種族に転生する事もある。それは例えば、爆発的に数が増えた種族であったりとか、新しく生まれた種族であったりだ。時々「こいつは本当に人間か?」と思いたくなるほど乱暴で話の通じない人間がいたりするが、こういった人物は大抵、数が大幅に減ってしまった動物の生まれ変わりだ。元は肉食動物であった場合が多い。

 ……話が逸れた。

 兎にも角にも、世界というものはいくつもある。そして、神々が住まう大きな世界以外は、一つの例外も無く、二つに分かれている。

 片方は、人間などが住まう、いわゆる人間界。もう片方は、魔物などが住む、いわゆる魔族の世界。

 基本的に、人間も魔族も、互いの世界を行き来はできない。ただし、神に選ばれた者……いわゆる勇者と魔王、そして勇者や魔王に連れられた者だけは、行き来をする事ができる。

 そして、勇者か魔王、どちらかがもう片方の世界に侵入し、戦いを仕掛けた時、ゲームや映画のような、冒険と戦争の物語が幕を開けるのだ。

 何故そのようなシステムになっているのか。世界を創造した神々が、エンターテイメント感覚で様々な冒険や戦いの物語を見たくてこのような形になった、という聞いた者によっては思わず「サイテー……」と呟きそうな話であると実しやかに囁く者もあるが、実際のところはわからない。

 尚、神々の存在については、魔族は認知しているが人間は認知していないのが一般的だ。魔法などが使える分、魔族の方が神に近いのかもしれない。

 神を認知しているハンデを埋める為か、魔族側はいわゆる悪役に回る事が多い……と言うよりも、悪役にありがちな性格を持って生まれる事が多い。その魔族は人間界を襲い、両世界の征服を目論む。

 そして神は、選ばれた人間に力を与え、勇者としての活動を要請するのだ。そうする事で、人間ははじめて魔族と戦えるようになる。

 そんな事情がある、魔族が住む世界に、魔王になるべく生まれる子どもがいる。どの世界でも、その存在が母親の胎内に宿った瞬間に「魔王になる子が生まれるぞ」と啓示がなされる。生まれ落ちたその瞬間から、残虐で立派な魔王になるべく教育が施される。そして成長した暁には人間界に進撃し、人々を恐怖の渦に叩き込もうとするのだ。

 生まれた時から、魔王。メトゥスもその一人だ。ただし、他の魔王と比べて明らかに違う性質を持っている。

 争いごとをあまり好まず、内向的。剣を振るよりも本を読む方が好きで、物腰が柔らかい。ギャップを補って余りある実力を隠し持っているのかと問われれば、そんな事も無い。青白い見た目そのままだ。

 そんな事だから、時折世界の様子を見に来る神の使いや、臣下の魔族達、果ては使い魔のカラスにまで、「魔王として弱過ぎ」「今存在している魔王の中で最弱なのでは?」などという評価を得ている始末だ。そしてそんな評価を、本人が受け入れ肯定してしまっているのだからタチが悪い。

 そのように自他共に散々な評価を持つメトゥスだが、生まれてからの年数が四捨五入で二十にならなくなってから、「流石にこのままではまずいのでは?」と思い始めた。

 他の魔王は、二十歳になるかならないかの頃から隣の世界征服を始めている。なのに自分は、気乗りしないままずるずるとここまで来てしまった。

 このままでは、育ててくれた親や、今まで何だかんだと付き合ってくれた臣下に申し訳がない。

 やりたくないなら無理をする必要も無いだろうに、周りの事を慮って人間界への侵攻に着手する事にした。真面目なのである。

 まずは手始めに、人間を一人血祭にあげろ、と周りは言う。可哀想だが、仕方があるまい。

 せめて今が幸せの絶頂という顔をしている人間を獲物にするのは避けよう。そう考えて、メトゥスは魔法の鏡を使って人間界を観察し、獲物となる人間を選んだ。

 幸せの絶頂から血祭は駄目だ。かと言って、今まで辛い事ばかりだった人生の締めくくりが血祭、などというのも嫌だ。

 良い事も悪い事もそれなりにある人生を送ってきて、それでいて現時点ではあまり幸せそうではなく。更に、死んでも経済的に困る者が生まれない人物。そんな基準で、探す事にした。

 本当は、こんな事で人間達の観察なんてしたくない。どうせ眺めるなら、遊園地などで幸せそうな顔をしている人々を眺めていたい。魔王らしからぬ考えが浮かんでは消え、消えてはまた浮かぶ。

 そんな中、彼は遂に一人を選んだ。

 二十代半ばの、女性。周りの者達と言葉を交わす表情を見ていれば、少なくとも不幸な生い立ちではなかったのだろうという事はわかる。だが、その笑顔はどことなく作り物めいていて。精神的に無理をしているような……そんな風に見えた。

 アタリをつけた後もしばらくは彼女を観察し続けた。中々実行に踏み切れず、ウダウダしていたとも言う。

 あまりにも長い間ウダウダしていたために、遂に臣下に尻を叩かれ、不承不承ながら世界の境界を歪めた。そして、獲物をこちらの――魔族の世界へと呼び込んだ。向こうの世界の感覚で見れば、彼女は神隠しにあったようなものだ。……いや、今でも神隠しだと思われたりするのだろうか?

 取り留めもない事を考えながら茂みに身を隠し、様子を窺う。慎重過ぎると言われるかもしれないが、これが性分なのだから仕方が無い。

 これから、茂みを飛び出し、彼女を剣で脅す。刃を首筋に突き付けられた彼女は恐怖で悲鳴をあげる事だろう。その悲鳴を、命乞いを、聞きながら、彼女を切り裂く。なます切りにして、ただの肉塊にする。

 その肉の破片を、人間の世界で、白昼の街中にばらまく。人々はその光景に恐怖する事だろう。そして群衆にパニックが拡がり、最高潮になったところで、メトゥスが姿を現し、魔族による人間界支配を宣言する。最初は信じない人間もいるだろうが、世界の境界を歪めて魔族の軍団を送り込めば、流石に信じざるを得ないだろう。

 魔族の中には、中々人間界への侵攻が始まらない事で自慢の力を活かす事ができず、フラストレーションを溜めている者も少なくない。彼らのためにも、人間界への侵攻は始めなければならないのだ。

 全ては、弱い魔王である己を見捨てず、支えてくれている魔族達のため。そう自分に言い聞かせ、メトゥスは茂みを飛び出し、走りながらも剣を構え、突き出した。冷たい鉄の刃が、彼女の首筋ギリギリを空を縫うように走る。

 だが、何故だろう。首筋に刃を当てられているというのに、彼女は悲鳴の一つもあげはしない。多少呆けたような顔はしたが、それだけで。特に恐怖も無い様子で、メトゥスの事を見詰めている。

 流石に、面食らった。そして。

「あの……なんでそんなに落ち着いているんですか? これ、剣ですよ? 武器ですよ? 危ないんですよ?」

 思わず、素で問うていた。











web拍手 by FC2