平安陰陽騒龍記~父娘之巻~




















無事に末広比売を外に出したところで、葵はその場にぐでっと伸びてしまった。流石に二連続で憑き物を落とすのは負担が大きかったらしい。

壁際に目を遣れば、末広比売が無事に出てきたのを見届けた瞬間に自分の役目は終了したと判断したらしい惟幸が柱に背を預けて舟をこいでいる。

そして簀子縁では、弓弦と荒刀海彦がが葵の様子を気にしつつも語らい、その横では紫苑が末広比売を構っている。

「ねぇ、師匠。すえちゃんと出掛けても良いですか? 折角実体を持ったんですし、市ですえちゃんに似合いそうな着物を探したいんですけど」

唐突に振り向いて、紫苑が言った。実体を持ったと言っても今日一日だけの事なのだが、紫苑には関係無いらしい。

紫苑の言葉に、隆善は面倒臭そうな顔をする。

「あー……面倒見切れる自信があるんだったら良いぞ、行ってこい」

非常に適当な返答だ。しかも、言葉の端々に「無理だろ」という思考が見え隠れしている。だが、それに気付いてか気付かないでか、紫苑は「やった!」と言うと早々に立ち上がった。

「じゃあ、ボクと一緒にお出掛けしよ、すえちゃん! ……あ、そうだ。弓弦ちゃんも一緒にどう?」

「私も、でございますか?」

目をぱちくりとさせる弓弦に、紫苑は「うん!」と頷いた。

「いつもその格好だと、動き難くて色々不便でしょ? 弓弦ちゃんにも良い着物が無いか、探しに行こうよ!」

「ですが……」

迷うような目付きで、弓弦は紫苑と荒刀海彦を交互に見た。着物を見に行くのには興味があるが、荒刀海彦と語れるこの時を手放すのも惜しい、という顔だ。

すると、やはりどこか面倒そうな声のまま、隆善が「行ってこい行ってこい」と言う。

「弓弦にゃ悪いが、大人だけで話しておきてぇ事もあるんでな」

そう言うと、弓弦は「左様でございますか……」と呟いて立ち上がる。紫苑達と共に買い物へ行く事にしたようだ。

「あ、じゃあ俺も……」

大人だけで話したいなら、己も出掛けた方が良い。紫苑達が買い物をしたいなら、荷物持ちが要るだろう。それに、末広比売の様子も見ていたい。

それらの理由から葵が立ち上がろうとすると、虎目がす、と右前脚を出して制止した。そして、紫苑達に聞こえぬように囁いてくる。

「女の買い物に付き合った男の末路は、千年後も変わらにゃいにゃ……。あとは察するにゃ」

「……やっぱ俺、休んでます。後片付けもしなきゃいけませんし……」

そう言って、またぺしゃりと床に寝転がった。その様子に、虎目が「うむ」と頷く。

だが、すぐさま寝入った葵が暑い気候にも関わらず、無意識のうちに虎目を抱き枕にしてしまった事で、その様子は一変する。

「ちょ、葵! 放すにゃ! 寝た方が良いけど、オイラを潰すのは勘弁にゃー!」

しかし、既に葵は夢の中で、虎目を解放する気配は無い。じたばたともがく虎目を見て、紫苑と末広比売が楽しげな笑い声をあげた。

そうこうしている間に、紫苑と弓弦、末広比売は市へと出掛けていった。その後ろ姿を見送ってから、隆善は「さて」と言って南庇の中をぐるりと見渡した。そして、すっかり寝こけている葵と惟幸を見て軽くため息を吐くと、荒刀海彦に向き直った。

「察しはついてんだろうが……さっき言ったように、話がある。できりゃあ穂跳彦と勢輔にも聞かせたかったが、まずはお前だけでも充分だ。葵抜きで話ができるのは、今だけだからな」

隆善の言葉に、荒刀海彦はちらりと葵に視線を遣り、そして黙ったまま頷く。

そうして二人は、隆善が用意した酒の瓶子を手に、簀子縁へと歩み出た。葵と惟幸は相変わらずぐっすりと眠り、虎目は葵の腕の中でもがいている。

実に平和なひと時だ、と荒刀海彦が目で語った。

その一刻後には、この平和な時が一変する事も知らないで……。













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