アフレコ倶楽部大宇宙ボイスドラマノベライズ
平安陰陽騒動記






























「はぁぁぁぁっ!!」

鋭い叫び声と共に、葵が跳躍した。右腕は、鋭い爪と青く美しい鱗、ヒトの身では有り得ない剛力を持つ龍の腕と化している。

龍宮一の武士である荒刀海彦の魂を憑代としてその身に宿す、葵の才があって初めて使う事ができる能力だ。

龍の爪は眼前の邪鬼を切り裂き、邪鬼は絶叫する。その隙を逃さず、数珠を構えた紫苑が印を結び、叫んだ。

「臨める兵、闘う者、皆、陣破れて前に在り!」

瞬間、強力な衝撃波が放たれ、邪気の頭部に直撃する。邪鬼は断末魔を残し、黒い霧のようになって消えていった。

「やった!」

「やりましたね……」

紫苑が両の手を握って喜びを表し、葵は「ふー……」と大きく息を吐くと、そのままその場に座り込んでしまった。座り込むと同時に、右腕が龍の物からヒトへと戻る。

「葵様!」

近くで別の小鬼を倒した弓弦が、心配そうに駆け寄った。龍の子である弓弦もまた、右腕を龍へと戻して戦っていた。その手をヒトの物にし、葵の身体を支える。

「大丈夫でございますか!?」

「大丈夫……ちょっと、疲れちゃっただけだから。……まさか、荒刀海彦の力を借りるような事態になるとは思わなかったなぁ……」

苦笑する葵に、その場にいる多くの者が頷いた。

場所は、京のはずれにある、ひと気の無い、人々に忘れ去られた祠の前。刻は恐らく、そろそろ亥の刻になろうとしている頃だろう。

そもそも、このような時刻にこのような場所に来たのは、葵と紫苑、二人の師匠である瓢谷隆善に依頼が来たからだ。京のはずれに鬼が出る。夜も不安で眠れないから何とかしてくれと、そこを逢引に使っていたとある貴公子から頼まれたらしい隆善が

「俺にはお前らと違って、夜の褥で寂しく過ごす姫君を慰めるっつー大事な役目があるんだよ。……ま、話を聞く限り、お前らだけでも問題無いだろう。……というわけで、後は任せた」

……と、無責任極まりない発言を残して自分はさっさと出掛けてしまった。残された弟子達は退くに退けず、渋々子どもだけで現場へ赴いた……というわけだ。

龍の子であり、戦力としては充分な弓弦と、未来千里眼を持つ人語を喋る猫、虎目を手伝いに加えた事が功を奏し、邪鬼退治は成功に終わった。ただし、思った以上に強かった邪鬼の親玉に手こずり、使えば葵が異常に体力を消耗してしまう荒刀海彦の力を使わざるを得なくなってしまったわけなのだが。

「……と言うか、元はと言えば……!」

額に青筋を立てながら、紫苑が祠の陰を睨み付けた。「ヒッ」という悲鳴が聞こえ、のそのそと一人の人間が這い出してくる。

やや肥え気味の体形に、緊張感の欠ける顔。頼りなさそうな顔付きに反し、存外きっちりと着こなしている狩衣。毎度お馴染みのお騒がせ陰陽師もどき、天津栗麿だ。

ツカツカと近寄った紫苑は、躊躇う事無く栗麿の胸倉を力強く掴みあげる。女性の行動とも、腕力とも思えない。

「結局今回の騒ぎの原因も、栗麿じゃない! 調伏では全ッ然! 役に立たないのに、作りだす式神やら呼び出す鬼やらだけは妙に強いってどういう事? お陰で、荒刀海彦の力を借りる事になって、葵がまた寝込んじゃう寸前なんだよ! どうしてくれんの!?」

「……いや、その……紫苑姉さん? 今回は、寝込むほど疲れたわけじゃないんですが……。半刻も休めば充分かと……」

「葵は黙ってて!」

有無を言わさぬ紫苑の剣幕に、葵は「はい……」と呟いて縮こまった。だが、その身体はすぐに寛いだ体勢へと変わり、表情はやや渋く苦りきった顔になる。

「たしかに、あの邪鬼の力は相当なものだった。……こういう事を口にするのは道義的にどうかとは思うのだが……あの馬鹿は、あれほどの邪鬼を呼び出す力を持っておきながら、何故その力をより大きな企てに利用しようと思わないのだ? 馬鹿だからか」

『本当に、道義的にどうかと思うよ……。あと、多分栗麿の事だから、意識的に大きな事に利用しようとしても、更なる騒動になるだけで、結局上手くいかないんじゃないかな?』

表へ人格を出す主導権を荒刀海彦に譲った葵の意識が苦笑をしている。その声に、荒刀海彦も葵の顔で苦笑する。そして、すぐにその顔は満面の笑みへと変わった。

「つよいのよべる、くりしゃん、すごい!」

突如、身体の主導権が荒刀海彦から、第二の体内住民、末広比売へと移った。凄まじい落差だが、誰も顔を強張らせる事は無い。慣れとは恐ろしいものだ。

無邪気な子どもの発言に、栗麿は気持ち悪いほどに喜色に満ちた顔をする。

「そうやって、麿の事を褒めてくれるのは……末広比売だけでおじゃるよー!」

喜び、駆け寄り、末広比売が表に出ている葵の身体を抱き締めようとする。しかし、抱きつく前に、その顔に草鞋を履いた葵の足がめり込んだ。

「抱きつくでないわ、気色の悪い!」

いつの間にやら、主導権が再び荒刀海彦へと移っている。仰向けに倒れた栗麿の頭上に、紫苑が仁王立ちをした。

「本当、いい加減にしてよね? そんな調子じゃ、いつまで経っても葵が回復しないんだけど。それと、葵の身体であってもなくっても、すえちゃんに抱き付こうとするってのは、どういう了見!? 幼女に興味は無いんじゃなかったの!?」

「ヒッ……ま、ままま、待つでおじゃるよ、紫苑!」

青褪めた栗麿が、素早く立ち上がり、降参と言うように両手を上げる。だが、それで収まる紫苑ではない。

「問答無用!」

叫ぶなり、紫苑は栗麿に殴りかかろうとした。栗麿は悲鳴をあげて逃げ出し、それを紫苑が追いかける。身体の主導権を返却された葵が苦笑しながら姉弟子と馬鹿の鬼ごっこを見ていると、その横に虎目が思案顔で寄ってきた。

「幼女に興味はにゃい、か。そう言えば、三年前のロリコン式神暴走事件の時に、そんにゃ事を言ってたにゃー、あの馬鹿」

「……あのさ、虎目。その事件名って、たしか弓弦と初めて会った時にも口走ってたと思うんだけど……何、それ? 俺、知らないんだけど……」

問われて、虎目は「あぁ」と承知したように頷く。

「そう言えば、あの時葵は、惟幸のところに泊まり込みで修行に行ってたにゃー。あの事件に関しては、オイラも紫苑も、隆善も疲れ果ててたから、話すのを忘れていたのかもしれにゃいにゃー」

そして、追われ追いかける栗麿と紫苑を眺め。一つため息を吐いてから、葵と弓弦に視線を向けた。

「……ま、葵が回復するまでの時間潰しにはにゃりそうか」











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