平安陰陽騒龍記 第三章



















ここ十数日の事だ。京のそこかしこで、子どもが行方不明になるという事件が頻発しているのだという。

行方不明になった子どもに共通点のような物は見当たらない。敢えて言うなら、子どもである、という点だけだ。

夜になると、突如寝ていた子どもが起き上がり、外へ出ていこうとする。親がそれを止めようとするのだが、信じられない程の力を発揮して親の腕を振りほどき、出ていってしまう。

勿論、それを黙って見送るような親はいないと言って良い。我が子がどこへ行こうとしているのか、追おうとした。

だが、動けないのだ。子を追って外へ飛び出すと、途端に腰が砕けて、動く事ができなくなってしまう。まるで、大人は動く事罷りならぬとでもいうように。そして、子は親の目の前でどこへともなく行ってしまうのだ。親には、泣き叫びながらその後ろ姿を見送る事しかできない。

最初のうちこそ、市井の子どもばかりが行方不明になっていた。だから、役人達は真剣に探す事をしていなかった。

ところが、数日前。遂に、貴族の家からも行方不明者が出たのだと言う。

若君も姫君も、下働きの童子も関係無い。夜も幾分過ぎた頃に、突然揃って邸を飛び出してしまった。今はまだ、一部の者だけが知るにとどまっている。だが、いずれは多くの人の口の端にのぼるだろう。

「まだ騒いでいないだけで、不安がっている者は多いよ。己の子や孫を心配する者もいれば、邸で働く童子がいなくなったりしないか気を揉んでいる者もいる。それに、元服し即位されているとは言え、主上はまだ御年十歳。まだまだ子どもと言える身を案じている者も少なくない」

主上、という言葉に、一同の顔に緊張が走った。そうだ、今上の帝は幼帝。子どもが自ら行方知れずになってしまうという話であれば、帝とて例外なく危ないかもしれない。

「主上の身に危険が及ぶ前に何とかして欲しい、というのが上の正直なところでね。近々、陰陽寮に話が届くだろうと思う」

だがその前に、と、女木は含みを持たせて言った。

「まずは僕の邸に来てもらえないかと思ってね。僕の邸にも、歳若い者は多いから」

何かが起きた時に陰陽師がいれば心強い。それに、隆善達が女木の邸に行く事で事が解決するなら、それにこした事は無い。

位階の事を思うと、特例の勅命でも無ければ葵達は勿論、隆善も、それ以外の殆どの陰陽師も、帝が暮らす内裏に足を踏み入れる事すらできない。ならば、その特例が発生するまでに解決できないか試みるのは効率的であると言えるだろう。

「……まぁ、一理あるな」

隆善が苦そうな顔をしたまま頷いた。すると、女木は「だろう?」と言って顔を綻ばせた。

「そんなわけで、誰かうちに泊まりに来てくれるとありがたいと思ってね。加えて、どうせなら事件を早期解決できるように、怪事が積極的に君らに寄ってくるような呪詛の一つもやってくれても良いんだよ? あ、勿論僕の邸の歳若い者達は被害に遭わない事前提で」

「んな都合の良い術があるか」

呆れた顔で言ってから、隆善はふと、険しさを消す。葵達が怪訝な顔で見ていると、独り言のようにぶつぶつと言葉を呟き始めた。

「……惟幸を放り込んでみるか? あいつなら何もしなくても鬼が出てくるし、それでなくても怪事が起こる可能性が高い場所にいりゃあ入れ食い状態になるような……」

「師匠、父様を餌にするつもりですか……?」

「……というか、惟幸師匠って妖とかから見たら大人なのか子どもなのか、どっちなんでしょうね……?」

元服していないので、世間的には子ども。だが、実年齢は三十五歳の立派な大人。果たして彼は、子どもが行方不明になる事件で餌となり得るのだろうか……?

「今気付いた。あいつ、主上と真逆だな」

失笑なのか嘲笑なのかわからない笑みを浮かべた隆善に、弟子達は揃ってこっそりとため息を吐く。この後、自分達が隆善に言われる言葉が今からもう想像できてしまう。

「まぁ、あれだ。行方不明になるのが子どもばかりってんなら、大人の俺が行っても意味無ぇだろ。お前ら、女木の邸行って泊まって来い」

「僕はそれでも構わないけど、女性のお弟子さんに泊まりに来てもらって良いのかい? おかしな噂が立ったら、困るんじゃないかと思うんだけど」

女木の言葉に、全員が「む」と唸った。手を出されそうになったところで、それをあしらえない紫苑や弓弦ではない。いざとなれば、葵の内に棲む荒刀海彦も黙っていないだろう。

……が、例え実際には何も起きていなくても、世間は憶測であれこれ噂する可能性があるわけで。そうなると、隆善的には面倒であると言わざるを得ない。

「たしかに、そうだな。……ってわけだ。葵、お前と虎目で行ってこい」

何となくこうなるであろうと予想していた葵と、事前に未来を覗き見ていたらしい虎目は肩を落としてため息を吐く。

「わかりました」

「……って、おい隆善……」

既に死んだような目をしている虎目が、いつもよりも低い声で隆善に話し掛けた。何故か、ちらちらと葵の方を気にしている。

「今、未来が見えたんだけどにゃ……。あの女木って少輔……」

「解決するもんも解決しなくなるぞ。葵にゃ悪いが、黙っとけ」

「……知ってて行かせる気にゃんか……」

一人と一匹が不穏な会話をしている事などつゆ知らず、葵は女木から邸の場所を聞きだし、反故に書き留めた。

「それじゃあ、早速今日の夕方、お伺いいたします」

丁寧に頭を下げる葵に、女木は「待っているよ」と爽やかな笑顔で言う。その様子を見ながら、隆善と虎目は密かに、意味ありげにため息を吐いた。











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