平安陰陽騒龍記










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簀子の上で今度はじっくりと文を読み、隆善は溜息をついた。その横では、盛朝が供された酒をちびちびと舐めるように呑んでいる。

「仔細は承知した。いざという時はお前の思うようにしろと、惟幸に伝えておいてくれ。……いや、これは早い方が良いな。俺の方で、式神を飛ばしておく」

「承知しました。惟幸に代わって、お礼申し上げます、たかよし様」

土器を置いて改まり礼をする盛朝に、隆善は先ほどとは質の違う溜息をついた。

「あのな……さっきも言おうと思ったが。今の俺は〝たかよし〟じゃねぇ。〝りゅうぜん〟だ。……っとに、お前ら主従は、揃いも揃って……」

「けど、字は変わらないでしょう?」

いたずらっぽく笑う盛朝に、隆善は「まぁな」と不満げに呟いた。その様子に、盛朝はまた笑う。

「仕方無いですよ。惟幸にとって、あなたは〝巷で評判の陰陽師、瓢谷隆善〟ではなく、〝幼い頃からの友人、たかよし〟なんですから。あなたが幼い頃とほとんど変わらない接し方をしてくれるもんだから、尚更ね。そしてそれは、俺にとっても同じ事。あなたはいつまで経っても、俺の主人である惟幸のご友人、たかよし様。それ以外の何者でもないんですよ」

盛朝の言葉に、隆善は「やれやれ」と肩を落とした。

「お前や惟幸と話していると、どうにも時間の感覚がおかしくなるな。まるで、悪さをしちゃあ惟幸を泣かして、お前にたしなめられてたガキの頃に戻ったみてぇだ」

「俺達が、時代から取り残されて過去の人間になっているだけですよ」

そう言って盛朝は再び土器を手に取り、残っていた酒を口に含んだ。ほんのりと、頬が染まっている。酔いが回ってきているようだ。

「たかよし様は、本当にご立派になられましたよ。烏帽子被って、元服して、参内して。十五で京を出奔した惟幸とは、大した差だ」

「けど、惟幸があえてその道を選んだからこそ、お前は今でも惟幸に仕え、惟幸を支えてる……そうじゃないのか? 盛朝」

盛朝は答えず、ただ微笑んだ。そして土器を置くと両の拳を簀子に置き、頭を下げる。

「たかよし様、俺からもお願いします。紫苑と葵を、これからもどうか、守り導いてやってください。惟幸も、紫苑も、葵も。今まで苦しい想いをしてきました。俺は、あいつら全員に幸せになって欲しいんです」

「紫苑や葵に何かあれば、惟幸が悲しむ。惟幸に何かあれば、紫苑や葵が苦しい。だから……か」

「……はい」

立ち上がり、隆善は文を懐にしまった。そして、不敵な笑みを盛朝に向ける。

「確約はできねぇが、善処はする。……が、俺一人じゃどうしようも無い事もあるからな。山を降りる覚悟ぐらいはしておけと、惟幸に伝えておく。良いな?」

隆善の言葉に、盛朝は更に深く頭を下げた。隆善は更に「そうだ」と言葉を被せる。

「それと、もう一つ。これもいつも通りに伝えておく。てめぇ、いつまで引き籠ってるつもりだ。いい加減にしねぇと、紫苑や葵が悲しもうがどうなろうが知ったこっちゃねぇ。そろそろ本当に呪い殺すぞ。ってな」

「……」

その言葉に、盛朝は曖昧な笑みを浮かべた。言葉に困る、という顔だ。

後程、式神から受け取った文でこの言葉を知った惟幸は、苦笑するしかなかったそうである。

「たかよしはいつまで続けるつもりなんだろうね。この脅迫めいた挨拶……」





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