平安陰陽騒龍記









11










「ふぉぉぉぉぉぉぉっ!」

「にゃあぁぁぁぁぁっ!」

「栗麿の馬鹿ぁぁぁっ!」

心当たりのある場所を巡りに巡って、小路の先でようやく見付けた姉弟子と愉快な仲間達は、傍目から見る分には面白い様子で走り回っていた。勿論、当人達は真剣必死そのものである。

紫苑達は、小さなトカゲのような黒い物を追い掛けている。恐らく、式神だろう。

そして、人間の何倍もある大きさの、二足歩行のトカゲらしき黒い物に追われている。これも、恐らく式神だろう。こんな巨大な化け物が走り回っているのに何故道行く人々が悲鳴をあげないのかとなると、一般人の目にも見えるほどの強力な式神ではないのだろうな、としか考えようが無い。

小さな黒いトカゲを紫苑達が追い掛け回し、紫苑達を大きな黒いトカゲが追い掛け回し、小さな黒いトカゲはあっちへちょこちょこ、こっちへちょこちょこと逃げ回っている。それを追う紫苑達や大きなトカゲも、あっちへちょこちょこ、こっちへちょこちょこ。結果的に、逃げ回る範囲を広げずに済んでいる。

「紫苑姉さん!? え、これって一体どういう……」

「丁度良い! 葵! その小さいの、調伏して! 早く!」

「え!? あ、はい!」

何が何だかわからぬままに、葵は弓弦に避難するよう指示を出した。そして逃げ回る小さな黒トカゲの前に立ちはだかると、数珠を取り出しトカゲをキッと見据える。

「ナウマク、サンマンダ、ボダナン、オン、マリシエイ、ソワカ! オン、アミリトドハンバ、ウムハッタ!」

「ぎゅいぃぃぃぃっ!」

真言を唱えるとほぼ同時に小さな黒トカゲが叫び、消えていく。そして、小さなトカゲが消えると、それを追うように大きな黒トカゲも消えた。それを認識したところで、紫苑、虎目、栗麿はヘタリとその場に座り込む。

「た、助かったー……。ありがとね、葵」

「いえ、ご無事みたいで何よりですけど……本当に何やってたんですか、あれ?」

「あぁ、あれね……」

「ご多分に漏れず、まぁたこの馬鹿の仕業だにゃ」

ペッと唾でも吐き捨てそうな顔をしながら、虎目が栗麿を睨み付けた。その横では、紫苑が溜息をついている。

「そもそも、今回の依頼。邸に物の怪が出たから退治して欲しい、って依頼だったんだよね」

「それでオイラと紫苑で行こうとしたら、途中でこの馬鹿と遭遇。オイラ達が依頼人の邸に行こうとするのを妙に邪魔しようとするから問い詰めたら、案の定。物の怪はこいつの仕掛けた式神だったにゃ」

虎目の話に、葵は目をぱちくりとさせている。何故わざわざそんな事をするのかわからない、という顔だ。

「つまりこの馬鹿、式神を邸の中に仕掛けて、好いた女の情報を集めていたんだにゃ。未来の言葉で言うにゃら、ストーカーにゃ。ストーカー。……んで、その式神が一度だけヘマをして、梁の上から落下した。そこをたまたま家人に見付かって、不吉にゃ物が出たと大騒ぎ。それで、隆善のところに依頼が来た……というワケにゃ」

「……依頼が来た事情はわかったけど。それが何で、あんなわけのわからない事態になるのさ? ……って言うか、あの大きな黒いトカゲ、何?」

「あぁ。あれは、情報を余計なところに漏らさず、確実に持ち帰れるように考慮した、麿の英知の結晶でおじゃる」

「……は?」

何が言いたいのかわからない。呆ける葵に、栗麿は自慢げな顔をする。

「麿は恋しいお方を陰ながら守りたいと思ったのでおじゃる。けど、守るためにはまず、相手の生活や行動パターンを把握する必要があるのでおじゃって。だからあの式神を派遣したのでおじゃる。……ここまでは良いでおじゃるか?」

「……何かもう最初から色々良くない気がするけど、とりあえず良いよ。それで?」

葵が話の続きを促すと、栗麿はフン! と鼻息を荒くする。

「式神が情報を集めるまでは良いでおじゃるが、もし情報を持った式神が麿の元へ帰る途中、心無い輩に捕まってしまったら? そいつらに、恋しいお方の個人情報が漏れてしまっては問題でおじゃる!」

「おみゃーが式神を仕掛けて生活を覗いてたって時点で、大問題にゃ。この馬鹿!」

「うっさいでおじゃるよ、化け猫! ……ごほん。そこで麿は、式神にとある仕掛けをしたのでおじゃる。それはすなわち、式神を捕まえようとした者がいれば、尻尾を切り離し、その尻尾が式神を不逞の輩から守るガーディアンに変形する仕掛けでおじゃる!」

ちょこちょこと聞き慣れない、未来の物と思わしき単語が出てくるのは虎目の影響だろうか。……いや、今はそれはどうでも良い。

「それで、紫苑姉さん達が知らずにそのトカゲの式神を捕まえようとしたら、仕掛け通りにトカゲが尻尾を切り離して逃走。その尻尾が化けたのが、さっきの大きなトカゲ……というわけですか」

「そういう事。仕掛けた本人なのに、栗麿もまんまと追いかけられちゃって……。どうすれば良いのか聞いたら、本体のトカゲを倒せば大きい方も消えるって言うから、ボク達全員で追いかけられながら追い掛け回してたってワケ」

「……はあ」

生返事以外、返せる言葉が見付からない。目の前で虎目が、くはぁ……と深い溜息をついた。

「またよりにもよって、にゃんでTレックスにゃんかに巨大化変形するように仕掛けちまったんだか……。確かに、紫苑や葵に、未来の知識として話した覚えはあるが……まさかこの馬鹿にまで伝わっていたとはにゃー……。って言うか、そこまで仕掛けられて、にゃんで自分を襲わにゃいように識別機能を付ける事をしにゃかったのかにゃー、この馬鹿は」

「うっさいでおじゃるよ、化け猫! 麿だって、こんな事になるなんて予想していなかったんでおじゃる!」

「化け猫言うにゃ、この馬鹿!」

「馬鹿って言うなでおじゃるよ、この化け猫!」

「馬鹿を馬鹿と言ってにゃにが悪いんにゃ!」

「化け猫を化け猫と言って、何が悪いんでおじゃる!」

「馬ー鹿!」

「化け猫!」

「馬ー鹿!」

「化け猫!」

「馬ー鹿!」

「化け猫!」

「ヴァーカ!!」

お約束のように交わされる虎目と栗麿の罵詈雑言の応酬を、苦笑しながら葵と紫苑は見守るしかない。やがて紫苑は、「あれ?」と呟いて葵を見た。

「ところで、葵。弓弦ちゃんは? 一緒に京を回ってたんじゃないの?」

「あっ……!」

あまりに馬鹿馬鹿しい会話が続いていて、うっかりしていた。そう言えば、あの小さなトカゲの式神との戦闘に入る前に避難指示を出したままだ。

「弓弦? もう出てきても大丈夫だよ! 弓弦!」

名を呼びながら辺りを探す。すると、すぐ近くで井戸を覗き込んでいる弓弦を見付けた。水面を見詰める弓弦は、何やら不思議そうな顔をしている。

「弓弦? どうしたの? 井戸に何かいるの?」

「葵様」

葵の存在に気付き、弓弦は顔を上げた。そして、後ろ髪を引かれるような様子でチラチラと井戸を見る。

「いえ……何やら、妙にこの井戸が気になりまして……」

言われて、葵も井戸を覗き込んだ。水量が多く、水面に手が届いてしまう点を除けば、特におかしな様子は無い。至って普通の井戸だ。……と思う。

「何も無いみたいだけど?」

それでも井戸が気になる様子の弓弦に、葵はしばし「うーん」と唸って考えた。考えている間に、向こうから紫苑の葵達を呼ぶ声が聞こえてくる。

「……とりあえず、紫苑姉さん達のところへ行こうか。そんなに気になるなら、後で隆善師匠に調べてもらおうよ。隆善師匠、弓弦の事は何か気に入ってたみたいだし、記憶を取り戻す手掛かりになるかもって言えば、きっと助けてくれるよ」

「……はい」

どことなく嫌そうなのは気のせいか。やはり、あの「投資」発言はよろしくなかったのではなかろうか。これを反面教師として、自分は絶対にそんな発言をしない大人になろうと心に誓い、葵は弓弦の手を引いた。





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