ガラクタ道中拾い旅













第九話 刀剣の国













STEP2 淡い気持ちを拾う































テア国の街並みは、ヘルブ国と比べると狭い印象が拭えない。

まず、道幅がヘルブ国の半分しか無い。いや、ひょっとしたらそれ以下かもしれない。

そして、そんな狭い道に人が溢れ返っている。道の両脇に並ぶ商店は品物を並べた台を道まではみ出させているし、商売人達は道に出て大きな声で客引きをしている。大きな声が道のあちらこちらで飛び交っているためか、余計にその場所が狭い空間であるような気になってくる。

道の途中では時々陽気に太鼓を叩いたり踊ったりしながら興業の宣伝をする者がいるし、ボテフリというらしい商人が商品を売りながら歩いていたりする。

見ていて飽きないが、うっかりすると誰かしらにぶつかりそうになる。すれ違う際に剣がぶつかり合うと失礼とされ、最悪斬り合いになるほどの騒ぎになりかねないと聞き、ワクァは気を引き締めた。

ヒモトに連れられ、そんな賑やかで狭い道を歩いていく。歩いていて奇妙に思うのは、たしかに人にぶつかりそうにはなるのだが、それでも人々が率先して道を空けようとしてくれるという事だ。道を空けてくれる者の中には、ヒモトに向かって頭を下げる者、二人に好奇の視線を寄せる者も少なくない。

どうやら、王族であるヒモトが敬意を表されている、外の国から来た人間が珍しい、テア国に伝わる伝説の英雄と似たような事をやったらしいワクァが興味を持たれている、という理由である事がわかるまでには、それほど多くの時はかからなかった。

何気無く後を振り返ってみれば、後をつけてきていたヨシとトゥモも人々に囲まれているらしい。あの二人の場合は、髪の色がこの国では珍しい、というのもあるのだろう。それに、この国の人々から見ればマフも相当珍しい種類の生物だ。

「見世物じゃないんだがな……」

肩を竦めて呟くと、ヒモトが苦笑した。

「申し訳ございません。どうしても、珍しいものですから。ワクァ様達に限らず、他国の方がいらっしゃると、いつもこうなのです」

そしてヒモトは、道行く人々にいつも通り過ごすようにと声をかける。あまりじろじろ見るものではない、とも。後から付けてきている四人にも聞かせてやりたい言葉である。

そうこうしているうちに、二人はヒモトの行き付けだという武器屋に辿り着いた。中に入ると、三十代ぐらいの男が慌てて飛び出してくる。

「姫様、ようこそいらっしゃいました! ……横の方は、もしかして……?」

「えぇ。使節として滞在なさっている、ヘルブ国の王子殿下です。……今日は、ご主人はいないのですか? 客人に良い刀をお見せしたいと思って来たのですが……」

どうやら、出てきた男はこの店の主人ではないらしい。そして、良い剣を見繕ってくれるというのは、この店の主人の目利きによるところが大きいようだ。

ヒモトに問われて、男はばつが悪そうに頭を掻いた。

「いや、いるにはいるんですがね。今はちょっと、その……」

男が最後まで言う前に、奥の方から怒鳴り声が聞こえてきた。次いで、食器が割れるような音も。男が、「あーあ……」と情けなさそうに声を発した。

「旦那とおかみさんが、夫婦喧嘩をおっぱじめちまいまして。あれが始まったら、当分の間は誰も手が出せませんや」

がっくりと項垂れて言う男に、ヒモトは苦笑した。そして、くるりとワクァに向き直る。

「どうやら、喧嘩を収めねば刀を見せてもらう事もできない様子。仲裁して参りますので、しばらく辺りを見てお待ち頂けますか?」

「いや、俺が行こう。派手な音がしているし、安全とは言い難そうだ」

そう言ってワクァが奥へ踏み込もうとすると、ヒモトは片腕を広げて制止してきた。

「他国の方……それも王子殿下を、我が国の民の夫婦喧嘩に巻き込むわけには参りません。私一人でも充分事足りますので、ご心配なさらず、外でお待ちください」

「しかし……」

「お待ちください」

強い口調で言われ、ワクァは思わず動きを止めた。その間に、ヒモトは男を引き連れてさっさと奥へ入ってしまう。まさか家人の許しも得ず勝手に上り込むわけにもいかず、ワクァはとりあえず言われた通り、店の外へ出た。

すると、すぐに怒鳴り声や食器が割れる音は止み、代わりにヒモトが主人夫婦を説教しているらしい声が聞こえてくる。もう心配は要らないだろうが、長くなりそうだ。

手持無沙汰でどうしようもなく、辺りを見渡す。適当に眺めて時間を潰せる店は無いかと首を巡らせていると、武器屋の横にある細々としたアクセサリーや小物を売っている店が目に入った。いつもなら、そんな店は歯牙にもかけない。……が、たまたま店の前を母親と幼い息子の親子連れが横切っていたのを見て、ふと母である王妃に何か見繕えないかと思いたった。

土産などというガラではないが、たまには良いか、とも思う。何しろ、十六年もの間会えずにいた母親だ。喜ぶ顔を見たい、と思う。それに、ホワティア国との戦いの際に、作戦のためとはいえドレスを一着駄目にしてしまったのも、後ろめたい。

武器屋の様子を気にしつつ、横の店の店頭を眺めてみた。テア国特有の意匠を凝らした髪飾りや、どこに使うのかよくわからない焼き物の飾り。華やかな手鏡や、掌に収まるサイズの動物を模した人形まである。

しかし、思い切って覗いてみたは良いが、何が良いのかわからない。首を傾げて困っていると、奥から出てきた店主らしき四十路男が声をかけてきた。

「おう、外の国から来た兄ちゃん。郷里の家族へお土産かい? それとも、コレに贈物かい?」

右手の小指を立てながら問う店主に、ワクァは苦笑しながら母への土産だと答える。それから、「ん?」と首を傾げた。何か、違和感がある。

「兄ちゃん、綺麗な顔してるからな。母ちゃんも、美人なんだろうなぁ」

その言葉で、気付いた。この国に来てから、一度も性別を間違えられていない。いや、それで違和感を覚えるというのも情けない話なのだが、ワクァにとってはある意味で驚くべき事だ。

ややおかしな表情になってしまったワクァの様子に、店主も「ん?」と首を傾げた。

「ありゃ、済まねぇ。ひょっとして、兄ちゃんじゃなくて姉ちゃんだったかい?」

「いや、男で間違い無いが……」

まさか、こんな訂正をする日が来るとは思っていなかった。店主は「そうかい」と言って笑う。

「どうにも、外の国の人というのは見た目で何をどう判断すれば良いのかわからなくて、難しくてなぁ。兄ちゃん、痩せちゃいるがちゃんと男の骨格してるし、結構背ぇ高いもんな。姉ちゃんか? なんて言われて、気分悪かっただろ? ごめんな?」

言われ慣れない言葉の連続に、眩暈がしそうだ。言われてみれば、テア国の人々は、皆背があまり高くない。王族のチャシヴァ家の男子達は大きかったが、それでも街の人々と比べればの話であって、ヘルブ国なら普通だろう。

ゲンマが、ウルハ族は系譜をたどればテア国と繋がりがあると言っていた。つまり、先祖が同じであるという事。そして、ヘルブ国で体の大きな者の血を取り入れた分だけ、ウルハ族はテア国の国民よりも少しだけ大きくなった。ヘルブ国では間違いなく小柄な部類に入るワクァが、背が高いと言われてしまう程度に。

嬉しさと困惑で狼狽えるワクァに、店主は苦笑しながら店頭に並べられていた小物の一つを手に取った。

「母ちゃんへの土産なら、この手鏡はどうだい? 掌に収まるほど小さいから持ち運びやすいし、邪魔にもならない。小さい割に細工は上等。丸い鏡は魔除けにもなるから、母ちゃんの健康長寿を願うためにも、ぴったりだ。値もそんなに張らないし、お勧めだぜ?」

聞いてみれば、たしかにそれほど高くない。この値段なら気を使わせずに済むだろうと考え、購入を決めた。包んでもらった手鏡を上着の内側に収めていると、店主は更に声をかけてくる。

「兄ちゃん、年頃なんだしよ。想い人の一人や二人、いるだろ? 折角の機会に、うちの簪を贈物にどうだい?」

「カンザシ?」

想い人、という言葉を聞かなかった事にして、ワクァは首を傾げた。すると店主は、しゃらしゃらと音を立てる綺麗な飾りを手に取った。銀色の細長い板が何枚も連なり、先の方には紅い珠が付いている。珠を取り囲むようにして作られた白銀の彫刻は花びらのようだ。飾りは艶のある黒く長い板に取り付けられており、板の先は二股になっている。髪に挿す飾りだと、店主は言った。

「白っぽい銀色だろ? こういう色は、兄ちゃんみたいな黒髪によく似合うんだ。もし想い人の髪が黒色なら、一つこれを贈ってみたらどうだい?」

まずは手に持ってよく見てみな、と言われ、手渡されたカンザシを手に載せてみる。とても軽く、少し力を入れたら折れてしまいそうなほど繊細な作りだ。恐る恐る眺めた後、ゆっくりと店主に返した。

とてもじゃないが、こんな繊細な品を持ち歩く気にはなれない。そして、突然このような細工物を贈ったりしたら、誰に限らず引かれそうな気がする。

新たな利益を得られなかったからか、店主は少々残念そうだ。

「良いのかい? この国なら、カンザシは贈物として一般的なんだけどなぁ。求婚する時に渡す品の定番だぜ?」

尚更、そんな物は贈れない。この店主、悪い人物ではなさそうだが、このまま長居していると更に色々と勧められそうだ。どうやってこの場を辞去しようかと、頭を悩ませる。

「お待たせ致しました」

声をかけられ、ワクァはハッと振り向いた。ヒモトが、何事も無かったかのような顔で立っている。その背後には、申し訳なさそうな中年の男女。夫婦喧嘩をしていた武器屋の主人夫婦とは彼らの事なのだろう。

ヒモトの顔を見て、小物屋の店主はぎょっと目を剥いた。

「ひ、姫様!? 兄ちゃん、姫様の連れだったのかい!?」

最初に顔を見せた武器屋の男が、呆れた顔を小物屋に向けた。

「おいおい、旦那。知らなかったのかい? 今、隣のヘルブ国の方々が、使節としていらっしゃってるんだよ。知ってるだろ? ホワティア国との戦いで、かの伝説の英雄のように女の着物を纏い、自ら敵陣に赴いたヘルブ国の王子殿下の話はさ」

「え。いやその……一人でいるから、てっきり、従者の一人か何かかと……。じゃ、じゃあ……この兄ちゃん……いや、この方はまさか……」

武器屋の男が苦笑して頷き、小物屋は「ヒッ」と息を呑んだ。ガクガクと足が震えだしている。

「そ、その……俺とした事が、とんだ失礼を……」

「い、いや……」

慌てる小物屋に、ワクァもどう答えたものかわからず困った顔をした。ヒモトや武器屋の人間達は首を傾げているし、遠くの方では覗き見しているヨシ達が笑いを堪えている。

どうしたものかと考えて、ワクァはまず言うべき言葉がある事に気が付いた。

「色々とアドバイスをしてくれたお陰で良い土産物が買えた……と思う。ありがとう」

礼を言われて、小物屋は「へ?」と目を丸くした。そんな彼に、ワクァは言い辛いと感じながらも、思い切って言った。

「もし俺が、誰かに求婚するような時が来たら、その時は……ここでカンザシを買う事にする。その時には、また相談に乗って欲しいんだが……」

「そ、それは勿論!」

次第に興奮した顔になっていく小物屋の様子に、ワクァは安堵の息を吐いた。ひとまず、この場は収まったと思って良いだろう。そして、首を傾げていたヒモトに向き直る。

「こちらこそ、待たせてしまって済まない。そちらは、全て解決したようだな?」

「えぇ。もう心配はございません。それで、今奥から選りすぐりの刀を運んで頂いているところなのですが……」

そう言って、二人揃って武器屋の中へ再び入ろうとした時だ。遠くから、カーンという金属音が連続して聞こえてきた。その音に、ヒモトをはじめ、道行く全ての人々の顔がハッと強張る。

「半鐘の音だ……火事か?」

「火元はどこだ?」

「いや、あの鳴らし方は火事じゃねぇぞ。戦が始まる時の音だ」

ざわめく人々の間で、ワクァとヒモトは顔を険しくし、辺りの気配を窺った。ヨシ達も先ほどまでの緩んだ気配を捨て去り、警戒を始めている。

遠くから、剣を腰に帯びた男達が走ってきた。誰も彼も屈強な身体つきをしており、一目で町人ではないとわかる。

その集団の中に、見知った顔が一人いた。

「フォルコ!」

驚いて声を発したワクァに、走ってきたフォルコも気が付いた。

「殿下、それにヒモト様もこちらにおいででしたか」

「何があったんだ?」

緊張感を持って問うワクァに、フォルコは渋面を作る。

「ホワティア国の者が、テア国に侵入したとの事。住民が襲われ、怪我人が多数出ておりまする。犯人の捕縛に手を貸そうと、某もホワティア国の者が現れたという場所に向かっているところにございます」

その答に、ワクァとヒモトは視線を交わし、頷き合った。リラと雪舞に、それぞれ手をかける。

「俺も行こう。あいつらは、放っておくと何をするかわからないからな」

「私も参ります。テア国の国民を傷付けられて、黙っているわけには参りません」

「……危険極まりない。某としては、殿下とヒモト様にはお館に戻っていただきとうございますが……」

それを素直に聞く二人ではない、とわかっているのだろう。軽くため息を吐き、「無茶はなさいませぬよう」とだけ言うと再び走り出した。ワクァとヒモトも、それに続く。後からヨシ達も加わった。

「残念ねぇ。デートが中断されちゃって」

「せっかくこれから、って感じだったっスのにねぇ……」

「寧ろ、ホッとしているぐらいだ。……というか、バレバレとは言え、覗き見していた事を少しは隠そうとしろ」

茶化すヨシとトゥモを睨んでみれば、覗き見していた四人組は「まぁまぁ」と言いながら苦笑している。マフは、必死にヨシの肩にしがみ付いていた。

「それにしても……本当に懲りねぇな、ホワティアの奴ら……」

ホウジの呟きに、ワクァも頷く。リラの柄を握る手に力を籠め、その後は何も言わずに、ただ目的地へと向かって走り続けた。










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