ガラクタ道中拾い旅













第九話 刀剣の国













STEP2 淡い気持ちを拾う






























結局、キモノを着てみるという話は無かった事になった。……というよりも、全員で着てみたは良いのだが、案の定トゥモが裾を踏んで転び、危険だからトゥモは普段通りの服装にしろ、という話になる。

しかし、そうしたらそうしたで

「自分だけキモノじゃないのは、何だか嫌っス……」

……と、膨れているような、悲しげなような、何とも言えない表情を見せる。そうなると、ワクァもキモノは着辛い。ワクァもトゥモも普段着となると、今度はヨシまで「じゃあ、いつも通りで良いわ……」などと言い出す。

ヨシはあからさまに残念そうだが、テア国に来てまで一人浮くのは気が進まないのかもしれない。

しかし、既に全員が外に出掛ける気でいる。その予定まで、今更変更はしたくない。

「まぁ、着慣れない物着て歩くと痛い目に遭うかもしれない、とでも考えておいて、いつも通りの恰好で気楽に行こうぜ? な?」

ヨシが不承不承頷き、一同は館を後にする。市場の出入り口近くで、ホウジが「それじゃあ、ここで解散!」と叫んだ。

ヨシとマフはホウジに連れられて小間物や菓子を見に行き、トゥモはゲンマと共に弓の練習場を覗いてみると言って離れていった。

勿論、それがフリである事ぐらいは、ワクァもわかっている。

離れて行ったはずの四人と一匹は建物の裏を回ると戻ってきて、物陰からコソコソとこちらの様子を窺っている。隠すのが下手過ぎる覗き見に、ワクァは軽い頭痛を感じながらため息を吐いた。

ヒモトも兄達の奇行に気付いているようで、怪訝な顔をしている。

「兄上達……それにヨシ様達も、一体何をなさっているのでしょうか?」

まさか正直に答えるわけにもいかず、ワクァは「さぁな……」と誤魔化した。それで会話は終わってしまい、二人揃って黙り込んでしまう。

共に、何を話題にすれば良いのか、何の話から切り出せば良いのか、わからずにいるのだ。

「あの……」

思い切って声を出してみれば、二人の声が被った。そしてまた、二人は黙ってしまう。

「あの……ワクァ様から……」

ヒモトに促され、ワクァはぎこちなくも頷いて見せる。背後から伝わってくる、「とっとと何か言え」という脅迫めいた気配が鬱陶しい。

「その……最初に戦った時に言っていた名前……ユキマイというのは、やはりその剣の……?」

ちらと、ヒモトの腰に差された剣に目を遣った。結局、今日もヒモトはあのハカマなるズボンを穿いている。こちらの方が動き易い、国外からの客人であるワクァ達に同行するのであれば、いざという時に動き易い恰好をしていた方が良い、と言われてしまえば、返す言葉は無い。……いや、決して普段着ているというキモノを見る事ができなかったのが残念というわけではなく。

ヒモトは、腰の剣に手を遣ると「えぇ」と緩やかに頷いた。

「仰る通り、雪舞というのはこの刀の銘です。……この話をするといつも驚かれるのですが……実はこの刀、私が自ら打ったのですよ」

そう言って、ヒモトは少しだけ自慢げに微笑んだ。その微笑みと、ヒモトの言葉に、ワクァは思わず息を呑む。

「自分で打った? それは、鍛冶屋の場所を借りて……?」

「いえ、館の裏に、鍛冶場が備えてあるのです。籠城戦となった時、折れた刀を修繕できる場所が必要でございましょう?」

なるほど、とワクァは頷いた。そして、もう一度ヒモトの差した雪舞に目を遣る。柄も鞘も、その名の通り、雪のように真っ白い。最初に戦った時の事を思い返してみると、刃も日の光を受けた雪のように輝いていたように思う。

「その、もし良かったら……何だが。ユキマイを抜いたところを、もう一度見せてもらえないか?」

「えぇ、喜んで! 私も、ワクァ様の剣を拝見しとうございます。……よろしいでしょうか?」

構わない、とワクァは頷き、二人は道の端へと寄った。周りの安全を確認したところで互いに鞘から刃を抜き放ち、交換する。

「思ったよりも重いんだな。……刃に波打つような模様があるが、テア国の剣は全てこうなのか?」

「えぇ。その波模様の美しさも、刀の価値の一つとなっております。……ワクァ様の剣も、美しゅうございますね。よく手入れされていて、大事に扱われている事がわかります。銘は、りら、と申しましたか?」

「あぁ。……幼い頃からずっと共に戦い続けてきた、大切な剣で……友でもある」

言おうか言うまいか少しだけ悩み、ワクァは思い切って言った。恐らくヒモトなら、剣を友と言っても訝しんだりはしないと思っての事だ。案の定、ヒモトは笑わず、真剣な顔をして頷いた。

「戦う時、ワクァ様がりらにかけていた声を聞けば、わかります。私も自らの手で打った雪舞を自らの分身のように大切に思っておりますが……ワクァ様のりらへの思いはそれ以上なのではないかと。刃を交えた時に感じました」

ヒモトの言葉に、ワクァは声を詰まらせた。これまでリラと共に乗り越えてきた苦難が頭を過ぎり、少しだけ泣きそうな気持になる。

頭を振り、気持ちを切り替えて、ワクァはヒモトに問うた。

「テア国の、他の剣も見てみたいんだが……武器屋か、鍛冶屋に案内してもらっても良いだろうか?」

その言葉に、ヒモトはとても嬉しそうに破顔した。今までの中で一番の笑顔かもしれない。

「勿論です。良い鉄を扱っている鍛冶場に、各々の体格や戦法に合わせた刀を見繕ってくれる店……テア国には良い武器屋がたくさんございます! 是非、多くの刀を見ていってくださいませ!」

どうやら、よっぽど刀が好きらしい。はしゃぐポイントが一般的な女性とは違うヒモトの姿に苦笑しながら、ワクァは雪舞をヒモトへ返した。ヒモトもリラをワクァに返し、揃って刃を鞘に収める。

その姿を遠目に眺めながら、物陰に隠れていたヨシ達は「理解し難い」と言いたげに唸った。

「……終始、剣の話しかしてないっス……」

「ヒィちゃん……剣の話をしたいでしょ? とか、気に入りの武器屋に案内したいでしょ? とか言ったけど……まさか本当に武器屋巡りに行こうとはね……」

「うちのヒモトも大概だけどよ……ヘルブ国の後継ぎ、アレで大丈夫か? 主に、世継ぎとか、世継ぎとか、世継ぎとか」

色が無さ過ぎる、と言外に言うホウジに、ヨシはため息をついてかぶりを振った。

「ナメてた……。愛剣家同士が二人きりになるって状況を、ナメてたわ……」

そして、四人と一匹は揃ってため息をついた。そのため息を遠くに聞いたワクァもまた、ヒモトに気付かれないよう静かにため息を吐いたのだった。












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