ガラクタ道中拾い旅










第五話 占者の館











STEP3 情報を拾う












結局、情報は役所の中に入り込んだヨシが全て聞き出した。ヨシが満足できるレベルの情報を仕入れた時には既に夕方近くになっていたため、ヨシとワクァはとりあえず自らの仕事を完遂し、ウトゥアを伴って宿に戻る。そして、宿の食堂で目一杯食事を腹に詰め込むと、男性部屋でリィも加えて頭を交えた。

「まず、あのイサマって占い師が今住み付いてる屋敷なんだけど……結構な大物の屋敷だったわ。なんとかって大臣の別荘で、当人が来る事は滅多に無いから役所の人達も忘れてたみたい」

「大臣かぁ……どの人の事かな? 私が知ってる人で別荘を持ってそうな人だと、法務大臣のロクゼンに外務大臣のシュルト……あぁ、それから宰相のクーデルもそうだったかな?」

「あ、そうそう。その人。クーデルって名前だったわ」

ポンとヨシが手を叩き、それと同時にリィの顔が少々青ざめる。

「クーデル様だと? 陛下の遠縁の血筋にあたり、今陛下が最も頼りとしておられる、陛下の右腕ではないか! そんな方の別荘が、この街に……?」

「もう二十年以上使ってないみたいだけどね。そんなに長い間使ってないなら、街の人達が知らなかったり忘れてたりするのも仕方ないんじゃないかしら?」

ヨシの言葉に、リィは「ううむ……」と唸った。

「それで? その走って来た男というのは、クーデル様の屋敷から慌てて帰って来た役所の人間なのだろうが……何があったのだ?」

「あぁ、それなんだけどね」

そう言って、ヨシは少しだけ声を落とした。

「そのクーデルって人の屋敷に行った役所の人、あのイサマって占い師に会ったらしいんだけど、そこでこう言われたんですって。ワシの事を全面的に支援しようと決断すれば、この街の災いは消え失せる。ワシを信じ、ワシの味方となればこの街には大いなる繁栄が訪れる。何故なら、ワシは近い将来王となる者を知っているからだ。そしてその男は、既にワシを信頼し、将来を保証してくれている。ワシをぞんざいに扱えば、未来の地図からその街の名は消えるであろう。……って」

「な……」

「近い将来王となる者、だと……? それは、つまり……」

ワクァとリィが、口をパクパクと開閉しながらウトゥアに目を遣った。それにつられるように、ヨシも見る。

「あぁ、そりゃ反乱を起こそうとしてるのかもねぇ」

「はっ……!?」

「んらん……!?」

思わず叫び掛けたワクァとリィを、ウトゥアは人差し指を口元にやって制した。「シィッ」と言う声はとても落ち着いていて、まるでいたずらをたしなめる年長者のような様子だ。

「よく考えてみてよ? 陛下はまだ後継ぎを誰にするかは決めていない。だからこそ私の占いに振り回されてお触れを出して、それでヨシちゃん達みたいなヘルブ街の人達が振り回されているんだよ? それが、王になる者を知っているって……どう思う?」

「うーん……占いでわかった、とか? 本当にウトゥアさんみたいにすごい占い能力を持っていて、誰が次の王様になるのか具体的にわかっちゃったとか」

「その可能性も無くは無いけど、それだと説得力が無いよね。大体、私だってまだ具体的に誰がどんな方法で次の王様になるかなんてわからないんだ。それがわかると言うなら、彼女は私以上の力を持つ占い師だよ。だったらこんなところでウダウダしてないで、さっさと登城して陛下に謁見して、宮廷占い師の座に就けば良いじゃないか。宮廷占い師になれば、よっぽどのヘマでもしない限りは食いっぱぐれる事なんて無いし、代々の王様に助言できる立場になれる。特に今の陛下は、ご自分が納得できればどんな占いでも取り上げて検討して下さる方だからね。なれるならなっておいた方がお得だよ。何年前から占い師をやっているのかわからないけど、私よりも実力があるならとっくに宮廷占い師になるか、召し上げる話があってもおかしくない。けど、私が宮廷占い師になって五年……イサマなんて名前は聞いた事が無いんだよね」

憧れる者も多い宮廷占い師という役職を「なっておいた方がお得」という言葉で片付け、ウトゥアは一旦息を吐いた。

「……話をまとめると、あのイサマという占い師は実力のある占い師ではない。だが、野心のために言葉を弄しこの街を混乱に陥れている……と?」

リィに、ウトゥアは頷いた。

「実力はあるけど宮廷内の権力争いに巻き込まれたりしたくないから野に隠れていたって考え方もあるけどね。それなら今回、次の王様を知ってるから自分を信じろ、なんて言わないでしょ」

「確かに、話を聞く限りは権力に興味津津、野望満々って感じよね」

ヨシはそう言って、「……と、なると……」と呟いた。

「王様って、確かまだ若かったわよね? 私のパパと同じぐらい? 病気になっているって話も聞かないし、在位はまだまだ続きそうなのに、近い将来、なんて言葉が出てきたって事は……」

「陛下を害して、王位を簒奪しようって腹なんだろうね。次の王って言うのは、反乱の主謀者……それがあの館の持ち主である宰相クーデルの事なのか、また別の人物なのかはわからないけどね」

ウトゥアの言葉に、一同の顔は青ざめた。

「重大事ではないか! ウトゥア殿、急ぎ陛下に書簡を……あぁ、駄目か。閉鎖されていて、街の外には出れないんだったな……」

このために街を閉鎖したのか、とリィは悔しがる。

強行突破する事もできなくはないだろうが、相手は反乱を目論んでいる人間だ。街の周りに反乱軍を隠している可能性だってある。もし見付かれば、一巻の終わりだ。

とりあえず閉鎖を解いてもらうため、街の人間達にイサマを信頼し支援する事にしたフリをしてもらう事も難しいだろう。街中での騒ぎが原因で、イサマが強い力を持つ占い師だと信じてしまっている人間も少なくない。彼らはきっと、嘘を言えば、イサマがそれを見抜くと思っている。そして、嘘をついた瞬間にこの街に災いが訪れる可能性があるとも思っているかもしれない。

誰がイサマを信じてしまっている人間なのか完璧に見抜く事は難しい。下手に計画を教えて、イサマに注進されてしまっては元も子もない。

「……ねぇ、ウトゥアさん。これって大丈夫なの? 危機を告げる宮廷占い師が留守の間に、反乱が起ころうとしちゃってるんだけど……」

ヨシの問いに、ウトゥアは「ん? 大丈夫でしょ」とのんびりとした口調で言った。

「留守と言っても、私はそのまさに反乱が起ころうとしているここにいるんだし。私一人じゃどうしようもなかったかもしれないけど、幸い、ここには戦い慣れした聖騎士様と聖女様がいるんだし?」

ころころと笑いながら言うウトゥアに、ヨシとワクァは思わず顔を見合わせた。

「……その、聖騎士とか聖女って……ひょっとしなくても……」

「俺達の事……ですよね?」

出会った時の微妙なネタを使い回され、二人とも非常に微妙な心境だ。そんな心境が二人の顔に露わになっているにも関わらず、ウトゥアは「そうそう」と上機嫌に頷いた。

「とりあえずさ、これから三人で、例のお屋敷に行ってみようよ。上手い事イサマや、仲間がいればそいつらを捕まえられれば良し。逃げられても、何かしら得る物はあるかもしれないし。このまま街の中で閉鎖が解除されるのを待ってグズグズしているよりは良いんじゃないかな?」

その言葉に、ヨシとワクァは考え込んだ。そしてしばらくすると、ワクァが「そうですね……」と肯定する。その表情にヨシは「あぁ、やっぱり動きたいんだ」と苦笑し、そしてハッとした。不意に過ぎった不安に、顔が曇る。

「私が行くのは構わないけど……ワクァは本当に良いワケ?」

「? どういう事だ?」

首をかしげるワクァに、ヨシは言い辛そうに言う。

「だって、実力は無いかもしれないけど、それでもイサマが占い師である事に変わりはないでしょ? もし、イサマにワクァが、その……傭兵奴隷だった事を指摘されたら? 今までにも何度かあったけど、傭兵奴隷だった事を指摘されると、凍りついたみたいに動けなくなっちゃったじゃない?」

「……」

ヨシの言葉に、ワクァも思い至ったのか黙り込んだ。そうなってしまった原因の一部であるリィは非常に複雑そうな表情だ。そして、そんな三人の様子をウトゥアが興味深げに見詰めている。

やがてワクァは口を開き、いつになく決意の色に染められた声でゆっくりと言った。

「……大丈夫だ。最初から来ると思っていれば、何て事は無い。それに……俺はもう、傭兵奴隷じゃない。ヨシと旅に出て、色々な人と出会った。傭兵奴隷ではなく、ワクァとして接してもらった。一人の人間として、認めてもらえた。自由になってからの思い出も増えてきた。……なら、傭兵奴隷だった過去は、過去の物として乗り越える。自分を元傭兵奴隷だと卑下する事が無い人間になる、良い機会だ」

「ワクァ……」

少しだけビックリして、少しだけ旅の相方を頼もしく感じて。ヨシはニッと笑って見せると、頷いた。

「そうね。何にしたって、いつまでも逃げているワケにはいかないんだし。あの怪しい人を追っていれば、遅かれ早かれぶつかる問題だものね」

ヨシの言葉に、ワクァは静かに頷いた。その様子を見ていたウトゥアはにこりと微笑むと、二人に向かって言う。

「決まったみたいだね。それじゃあ、夜遅くになったら出発しようか。それまでに二人とも、武器の手入れなり腹ごしらえなり、しっかり準備をしておくんだよ」





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