ガラクタ道中拾い旅










第五話 占者の館












STEP3 情報を拾う














「役所の警備……か」

翌日、朝一番にギルドへと向かったワクァはギルドマスターから手渡された依頼書の中身を確認して呟いた。いつもであればどこのギルドでも二十枚ぐらいは手渡される依頼書が、今日はたったの三枚だ。仕事内容は役所の警備に町中の見回り、それに富豪の家の門前警備という具合にぬるい物ばかりだ。

「悪いな。今はそれぐらいしか仕事が入ってねぇんだ。何しろ町が完全に閉鎖されちまってるからな。護衛系、討伐系の仕事は必要無ぇってのが現状だ。ただ、不安がった町人の一部が暴徒化しちまってるからな。治安維持と役所の警備にもう少し人手が欲しいって事だ」

「成程な」

頷いて、ワクァは依頼書にサインを記した。そしてギルドマスターから地図と紹介状を受け取り、役所へと足を運ぶ。戸口をくぐってみれば、そこにはヨシがいた。そう言えば役所で日雇いの仕事を探すと言っていたな、と思い出しつつ担当者に紹介状を渡す。

「助かるよ。警備兵は皆、門とか町中の治安維持に出払っちゃってるからね」

そう言いながら、担当者の職員はワクァを持ち場へと案内した。

「閉鎖解除の目処は、まだ……?」

「あぁ。何しろ、原因が原因だからね。町の人達が落ち着くまでは、何ともならないと思うよ。イサマって言ったっけ? あの占い師。今その人が住んでるっていう館に人をやって、いつまで籠っていればその災いって奴を避けられるのか確認しているところなんだけどね……」

ワクァの問いに、彼は困ったような顔で答えた。そして、役所の裏手に着くと彼はワクァに通行証を手渡した。

「はい。これがあれば、役所の周辺や中をウロウロしても怪しまれないから、失くさないようにね。通行証を持っていない人が辺りをうろついたり、壁を乗り越えて中に入ろうとしたりしているのを見掛けたら全部追い払って良いよ。大怪我をさせないようにだけ気を付けてね」

それだけ言うと、当然だが仕事があるのだろう。彼は急いで役所の中へと戻っていった。

その後辺りを歩き回り、怪しい人間がいないか、無謀な行動を起こそうとしている人間がいないかと注意を払ってみたが、今のところそれらしき人物は見当たらない。楽な事この上無いが、同時に暇でもある。いつも歩き続けて移り行く景色を目にする生活をしている。そして、普段ギルドで仕事を引き受ける時は以前の経験を活かして移動中の要人や貴重品の警護をする事が多い。それらの所為か、同じ風景に飽きが来るのが早い気がする。これなら、まだ輸送中の商品や移動中の要人の警護の方が性に合っているかもしれないと考え始めたその時だ。

「暇そうね~」

塀の陰からヨシが現れた。手には箒を持っている。どうやら役所周辺の掃除が本日得た仕事のようだ。ヨシは道端のどんぐりを拾ってはコートのポケットに放り込みつつ、ワクァの元へと近付いてくる。

「閉鎖の解除は、まだ当分先の話になりそうだ」

ワクァの言葉に、ヨシは眠そうに頷いた。

「らしいわね。日雇い仕事をやり尽くす前に何とかなってくれれば良いんだけど」

言いながらヨシは箒の柄に顎を載せ、退屈そうに町の風景を見る。暖かい日差しが降り注ぎ、道行く人々は穏やかな顔をしている。とても現在門を閉鎖されている町の中であるとは思えないほど、のどかな光景だ。

「それにしても、おかしな話よね。仮にもこの町に住んでる占い師の事を役所の人間が把握してないなんて」

「そうだな。〝館〟と言うからにはある程度の規模はある建物だろう。そこに住んでいるとなれば、役所の人間の印象に残っていそうなものなんだが……」

引っ越してきたのであれば当然役所で手続きを行っているだろうから応対した職員がいるだろうし、昔から住んでいるのであれば町民達が誰もその存在を知らないというのはおかしい。

「……となると、考えられるのは……」

「無断で住み着いている……という事になるな」

「何か、きな臭いわね」

「そうだな……」

渋面を作って、ワクァは不機嫌そうに頷いた。不機嫌になるのも仕方がないだろう。こうして町に足止めされている間にも、素性探しの手掛かりとなりそうな男はどんどん遠くへ行ってしまっているのだろうから。

今役所に侵入しようとする人間がいたらきっと可哀想な事になるわね……とヨシは未だ見ぬ侵入者に同情した。そしてそれとほぼ同時に、道の向こうから役所に向かって走ってくる人影が目に入った。

それにワクァも気付いたらしい。即座にスイッチが入ったらしいその顔は険しくなり、何があっても即座に対応できるようリラに手を遣る。

走ってきた男はワクァの険しい視線に気付く事無く、そのまま裏口から役所の中に入ろうとした。それを視認し、ワクァは即座に足を運ぶ。

「すみません。通行証はお持ちですか?」

いきなり呼び止められ、男は乱暴に振り向いた。明らかにワクァ以上に不機嫌そうな顔付きだ。男は苛立ちながらも通行証を取り出し、叩き付けるようにワクァに手渡した。自分の通行証と寸分違わぬ事を確認し、礼を言いつつ男に返す。男は通行証を胸ポケットに戻す時間も惜しいのか、通行証を受け取るなり役所の中へと入っていってしまった。

「なーんか、緊急事態っぽいわね」

そう言うと、ヨシは箒を壁に立てかけた。そして、「ちょっと様子を見てくるわ」と言い置いて男の後に続いていく。サボっているのがバレて減給されたりしないだろうかと心配になる。だが、それ以上に何があったのかが気になるところなので、ワクァは黙ってその姿を見送った。

そして、再び警備の役目に戻るべく町中に視線を移す。すると、道の向こうからこちらに向かってのんびりと歩いてくる人間の姿がある。ウトゥアだ。

「あ、ワクァちゃんだ。調子はどう?」

挨拶代わりに健康状態を問うような軽さで、ウトゥアはワクァに問い掛けた。

「見ての通りです。警備の仕事に在り付けはしましたが、いつまで雇ってもらえるか……。かと言って、今のところはめぼしい情報も手に入っていない状態です」

「そっかぁ。……私の方は、ちょっとした情報が手に入ったよ。どうも、あのイサマって占い師は幽霊のお仲間らしい」

「……は?」

ウトゥアの言っている意味が理解できず、ワクァは眉を顰めた。

「あ、勿論、あの人が実は死んでいる、とか、妖怪変化の類だ、とか、そういう話じゃないよ。いつの間にか現れて、そこにいた、って意味」

「あぁ……」

それなら、先ほどヨシとも話していた事だ。ある程度の規模があるであろう館に移り住んできた人物の事を、役所も把握していないというのは妙な話である。

「でもまぁ、いつの間にか住んでいたって事なら、そんなに難しい話でもないよね。この町に入る時に身分証を出すわけでもなし。例えば、空家になっていた館に侵入して根城にする。例えば、館の持ち主に招かれるなり管理を任されるなりで、正式に館の住人になる。……となると?」

「その館が本当に空き家なのか、それとも持ち主がいるかどうかで、話が少し変わってくる……という事ですか」

「そういう事。だからまずは、あのお屋敷の持ち主を調べないとね」

そう言って、ウトゥアはフラフラッと役所の中に入っていこうとする。

「ちょ、ちょっと待って下さい、ウトゥアさん!」

慌てて制止するワクァに、ウトゥアは一瞬だけきょとんとした。そして、「あぁ」と呟くとにっこり笑う。

「何をするつもりか、って? 勿論、役所の人達あの館の持ち主を調べてもらえるよう話しに行くんだよ」

「それはわかるんですが、そうじゃなくて!」

そう言うと、ワクァはぐるりとウトゥアの前に回り込んだ。そして、スッと右手を差し出して見せる。

「通行証は? 無ければ、顔見知りであっても通すわけにはいきません」

その言葉に、ウトゥアは呆れて呟いた。

「……ワクァちゃんさー、よくヨシちゃんとかに頭固いって言われない?」





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