ガラクタ道中拾い旅










第二話 守人の少年











STEP3 厄介ごとを拾う











「本当に、突然だったんだ……」

人々が落ち着いてから数分……傷だらけになって駆け込んできたというマロウ家の門番は手当てを終え、街の人間達にぽつりぽつりと事情を語りだした。

「気付いたら五〜六人の盗賊に囲まれていて……戦ったんだけど、多勢に無勢で勝てなかった。俺と、もう一人の門番も倒されて……。そしたら奴ら、更に十人くらい仲間を呼んで……そのまま屋敷に入っていったんだ。その後は、どうなったかわからない……。とにかく応援を呼ばなきゃと思って、必死でここまで走ってきたんだ……」

「じゃあ、領主様達の安否は……」

門番に詰め寄るように、一人の男がわななく声で言う。すると、門番は力無く首を横に振り、弱々しく言った。

「わからない……。わかったとしても、俺にはどうしようも……」

わからない。その言葉が門番の口から出た瞬間、辺りに言いようの無い不安が立ち込めた。今、領主の屋敷で……いや、この街で、何が起こっているのかがわからない。自分達が何をすべきなのかが、わからない。この先どうなるのかが、わからない……。皆が不安に駆られ、堂内は重い沈黙に包まれる。

その時だ。外で見回りをしていた男が、慌てて扉を勢い良く開き、駆け込んできた。

「おい! 盗賊達が紙切れをよこしたぞ! 何か書いてある!」

肩で息をしながらも叫ぶ彼の手には、ミミズがのたくったような字で何かが殴り書きされている紙切れが握られている。それを聞き、講堂にいた男達は「何だって!?」と再びざわめき、恐らくは盗賊達の要求が記されているのであろう紙切れを頭を押し合いながら覗き込んだ。紙には、こう書かれている。



領主一家の命が惜しければ、今日夕方に我が配下に無礼を働いた少年剣士を差し出せ。特徴は黒衣・黒髪、美女の如き容貌である。明日の朝までに見付け出し差し出す事ができなければ、この屋敷の者達の命は無いものとする。また、一時間ごとに女子どもの手で状況を報告する文書を届ける事を要求する。

ジャンガル盗賊団



「黒髪・黒衣、美女の如き容貌の少年剣士……?」

文字を読み、男の一人が呟いた。その瞬間に、ハッと思い当たった街の人間達は全員、ザッとワクァに注目した。全ての条件が揃った人間がその場にいるのだ。誰もが注目しないではいられないだろう。その視線を受け、ワクァは不機嫌そうに呟く。

「成る程……夕方の奴らが上に報告し、逆ギレした上での報復か……」

すると、補足するようにシグが言う。

「あの時ファルゥ様は堂々と名前を名乗っていらっしゃいましたから……だから、マロウ家が狙われたのかもしれません」

その言葉に、ワクァは頷いた。そして、恐らくは確定であろう推測を口にする。

「マロウ家の人間だと名乗った者を、俺が結果として助けた。だから恐らく俺もマロウ家に滞在しているものだと推測し押し入ってみれば、標的である俺がいない。そこで急遽予定を変更して屋敷の人間を人質に取り、街の人間を動かそうという魂胆か」

それだけ言うと、ワクァは辺りを見渡した。街の人間達と次々に目が合う。目の合った者は居心地悪そうに目を逸らし、街の人間達とワクァの間には緊張した空気が走る。その空気をものともせず、ワクァは街の人間達に問うた。

「それで……どうする? 俺を捕らえて、奴らに差し出すのか?」

一瞬だけ、辺りがざわついた。勿論、ワクァ自身は捕まる気なぞ毛頭無い。構えこそとっていないものの、既に臨戦態勢に入りリラに手をかけた状態で、ワクァは再び辺りを見渡した。だが、それを遮るようにシグが慌てて言った。

「だっ……駄目ですよ、ワクァさん! ワクァさんは何も悪くはないのに、そんな死にに行くような事……!」

どうやら、ワクァの言葉を自己犠牲で領主達を助けようとしている言葉であると、取り違えたらしい。すると、シグと同じくワクァの言葉の意味を取り違えたのか……はたまた、シグが言葉の意味を取り違えたのを幸いにワクァの臨戦態勢を解こうと考えたのか、男の一人が言う。その目は、真剣そのものだ。

「そうだよ。それに、あんたを犠牲にして助かっても、領主様達は絶対に喜びはしない。そんな事をしたら、俺達が領主様に怒られちまう」

その言葉に、多くの男達がそうだそうだ、と頷き合う。その言葉はどう聞いても自然に口から漏れた言葉だ。それが、彼らがワクァを盗賊に差し出して事件の早期解決を図るという最も簡単であろう道を選択せずにあえて困難に立ち向かう気である事を示していた。

「マロウ家の人間は、随分とこの街の人間に慕われているんだな。……もっとも、そうでなければ、そもそも領主が人質に取られてこのように動く領民はいないか……」

本来なら助ける事ができればそれだけで良い筈のところを、領民全てが領主の気持ちを酌んで、たかが旅人の身の危険を避けるとは……。普段から領主が人々の事を考えて領地を治め、それを領民達が慕っているからこその行動だ。臨戦態勢を解き、そう、ワクァは微笑んで言った。その言葉と笑顔に、ピンと張り詰めていた場の空気が少しだけ暖かく緩む。しかし、その空気をもう一度引き締めるようにワクァは言う。

「だが……どうするんだ? 奴らの要求を呑まないという事は……何か策でもあるのか?」

その言葉に、一瞬のうちに辺りはシン、と静まり返った。どうやら、一人も策を持ち合わせていないらしい。全員が近くにいる者と顔を見合わせ、困ったように視線を泳がせている。その様子に、ワクァは深く溜息をついた。その顔は、非常に困った様子に加え、凄まじく嫌そうに見える。そんな顔を隠そうともせず、ワクァは呟くように言った。

「……一つだけ……策が無い事も無いんだがな……」








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