ガラクタ道中拾い旅










第一話 双人の旅人











STEP0 相棒を拾う











客間へ通されたのは良いのだが、如何せん、暇だ。

どうやら斥候が帰ってきて、噂は本当だったと報告したらしい。邸内が急にバタつき始めた。

男達――特に奴隷階級の者達――は武器の手入れを始め、女は盗賊との戦闘に備えて早めの夕食及び、非常食の準備をし始めた。武器の手入れや食事の支度をしない者も、街へ報せに行ったり、領内に盗賊を防ぐ為の力が充分あるかどうか調べに行ったりと忙しく動き回っている。

実質、今現在暇なのは客人であるヨシ一人きりだ。誰かと喋ろうにも皆忙し過ぎて相手をしてくれないし、下手に邸内散策でもしようものなら邪魔になりそうだ。

かと言って、部屋に閉じ篭もっているのはヨシの趣味ではない。考えに考えた結果、ヨシは屋敷の庭を散策する事にした。

庭なら戦闘準備には関係無いから誰の邪魔にもならないだろうし、忙しく働いている者達の前でのんびりとしていて罪悪感を持つ事も無い。

そう思ったヨシは、即座に庭へと向かった。途中、屋敷の者たちの会話が耳に飛び込んでくる。ワクァの名も、何度か聞こえた。けどそれは、殆どが「奴隷のくせに好い気になっている」「俺達と同じ奴隷のくせに、剣技に優れている傭兵奴隷だというだけで俺達よりも良い待遇を受けている」と言ったような罵詈雑言ばかりだった。

もし本人がこの場にいたら、この言葉を聞いてどんな顔をするだろう……。そう思うと腹が立って仕方が無かったが、これはワクァ自身の問題であってヨシが口を出すべき事ではないと自分自身に言い聞かせた。

複雑な想いを内に押し込めながらヨシが庭に出ると、意外にも既に先客がいた。しかも、見たことのある顔だ。

金糸で刺繍が施された青色のジャケット。黒い革靴に、手入れが行き届いている短めに切り揃えられた金髪。緑色の丸い瞳に、柔らかそうな頬を持った六〜七才の少年。

……昼間にも会ったこのタチジャコウ家の次男、ニナン=タチジャコウだ。ニナンは、ヨシの姿を見付けるとすぐさま駆け寄ってきた。その顔には、満面の笑みが浮かべられている。

どうやら彼も、この屋敷の忙しさの中、やる事が無く暇人になってしまった類のようだ。退屈と寂しさを紛らわす相手が欲しかったのだろう。

「お姉ちゃん、昼間の……! 何でここにいるの!?」

問うた後、ヨシに答えさせる間も置かずにニナンは言葉を続けた。

「あ、わかった! お姉ちゃん避難してきたんでしょ? お屋敷の人達、皆騒いでるもんね、盗賊がくるって!」

当たらずとも遠からず、とでも言おうか。ニナンの言葉に苦笑しながら、ヨシは言う。

「まぁ……そんなところね。それにしてもニナンくん……随分落ち着いてるのねぇ……。普通盗賊が来る〜なんて言われたら、お屋敷の人達みたいに大騒ぎすると思うんだけど?」

そう言えば彼に自己紹介してもらった事はないのだが、ワクァを調べているうちに知ってしまった事だし、ついヨシはニナンの名を呼んだ。ニナンは「何で僕の名前を知っているんだろう?」という顔をしたが、すぐに「誰かに教えてもらったんだろう」と納得したのか、特に追及する事はせずにヨシの言葉に答えた。

「うん! だってワクァがいるもん! ワクァはすっごく強いんだから、盗賊が何人来たって絶対にやっつけてくれるよ!」

少々興奮しながら、ニナンが言う様子を見て、ヨシは苦笑した。

「ニナンくん……ワクァに本当に懐いてるのねぇ……」

「うん! だってね、ワクァは前に僕の事何度も助けてくれたんだよ! 恐いおじさん達に連れて行かれそうになった時も、森で狼に襲われた時も……いつもワクァが助けてくれたんだ!」

そう語るうちにも、ニナンはどんどん興奮していく。本当に、ワクァはニナンにとってのヒーローなんだなぁ……と思いながら、ヨシはニナンを見詰めた。子供が憧れの存在について語る行為というのは、本当に見ていて微笑ましいものだとぼんやり考えながら。今頃、当の本人は剣の手入れをしながらくしゃみでもしているかもしれない。

しかし、興奮していたと思うと、次第にニナンの表情は暗くなっていった。そして、ぽつりと哀しそうに言う。

「……けど、お屋敷の人達は皆、ワクァの事が嫌いみたいなんだ……。いっつもワクァの悪口言ってるし、ワクァが何か失敗すると笑うんだ……。お父様も、何かあるとすぐにワクァを怒るし……今日だって、僕が勝手にお屋敷を抜け出して、ワクァに散歩をねだったのに、お父様は僕じゃなくてワクァを怒ってた……。ねぇ、お姉ちゃん。何で皆はワクァの事嫌いなのかなぁ? ワクァ、とっても良い人だよ!? 何で皆ワクァの事を怒るの? ねぇ、何で!?」

「……」

ヨシは、言葉に詰まった。答は明白だ。奴隷だから、皆に嫌われ、蔑まれ、笑われている。そして、傭兵奴隷だから、奴隷仲間にすら嫌われている。

けど、それをニナンに言ってしまっても良いものなのだろうか? 教えれば、奴隷の意味も教えなければならなくなってしまう。ニナンは、奴隷の意味を知って、果たして今まで通りワクァと接してくれるだろうか?

……もし、今まで通りの接し方をしなくなったら……?

それは、ワクァが最も恐れていた事ではなかっただろうか? そう考えると、とてもじゃないが教えてあげる事はできない。なら、口から出せる言葉は限られてくる。

ヨシは、汚いと思いながらも、大人がよく使う手を使う事にした。

「……大きくなったらさ、多分わかるわよ……」

それがあと何年後かはわからない。だが、いずれはやって来るのだ。奴隷という言葉の意味を知る日が。自分がヒーローのように感じ憧れている存在が、何故皆に嫌われているのか……その理由を知る日が。

そんなヨシの内なる心は知る筈も無く、ニナンは「そっか……」と悔しそうに呟くと、草むらに寝転がって言う。

「あ〜あ……僕がワクァみたいに強かったらなぁ〜……そうしたら、僕がお父様もお母様もお兄様も……それにワクァも、みーんな盗賊から守ってあげるのに……」

そうなったらワクァは仕事が無くなってクビになりそうな気もするのだが、とりあえずそれは黙っておこう。そんな事を考えながらも、ヨシは苦笑しながらニナンに言う。

「皆は無理よ。そんなに沢山の人を守るなんて、ワクァにだってできっこないわ」

すると、ニナンはぷーっと膨れて反論する。

「そんな事ないよ! ワクァだったら、絶対に沢山の人を守れるんだ!」

そう、信じて疑わないニナンに、ヨシは諭すように言った。

「良い、ニナンくん? 守るって言うのはね、口で言うほど簡単じゃないの。守る人に気を使いながら戦わなきゃいけないんだから。守らなきゃいけない人が多ければ多いほど、色んな所に気を回さなきゃいけないし……相手が強ければ強いほど、戦う事以外に気を回していられなくなる……それは、人間である以上ワクァも同じよ? ……けど、ワクァはニナンくんやニナンくんの家族を守るのが仕事だから、守る人が多くても、相手がどんなに強くても、「無理です、戦えません」なんて言っちゃいけないの。絶対に守りきらなきゃって思ってるの」

そこまで言って、一度言葉を切る。そして、大きく息を吸うと、言葉を続けた。

「……だから、ワクァは強いの。いつもニナンくん達を守ろうって必死になって、ずーっと気を回し続けてるから、沢山の人を守れてるの。……けどね、だからと言って「ワクァだったら絶対に全員を守り切ってくれる」「ワクァがいればどんな状況でも大丈夫」……なんて思っちゃ駄目よ? そうニナンくんが思ってるのがワクァに伝わっちゃうと、ワクァは今よりももっと気を使わなきゃいけなくなるわ。ニナンくんの期待に応えなきゃ……って思ってね」

「……気を使うと、ワクァは……どうなっちゃうの?」

不安そうな顔をして、ニナンはヨシに尋ねた。その言葉に、ヨシは誤魔化す事も無くアッサリと言う。

「……気を使うっていうのはね、もの凄く疲れるのよ。お姉ちゃんは旅をしている中で、気を使い過ぎて疲れちゃって、病気になっちゃった人を沢山見たわ」

「えぇっ!? じゃあ……ワクァも……?」

「そうねぇ……ニナンくん達の期待が大き過ぎると、病気になっちゃうかもしれないわね」

本当に、あの少年はただでさえ普段から神経をすり減らしているのだ。これで更に気を回し、神経をすり減らし続けたら一体彼はどうなってしまうのだろうか……? そんな事を薄ぼんやりと考えるヨシに、ニナンは不安そうな顔で訊いた。

「……じゃあ、どうすれば良いの……!? どうすれば、ワクァは病気にならなくて済むの……!?」

その目は、真剣そのものだ。この顔を見たら、ワクァの心は少しは癒されるのだろうか? それとも、この幼い子供の為にもっと頑張らねば、と更に神経をすり減らしてしまうのだろうか?

皆目見当がつかないまま、ヨシは難しい顔をして言う。

「難しい問題ね〜。……お屋敷の人達がワクァを嫌っている限り、ワクァは気を使い続けるだろうし……まぁ、ニナンくんがワクァと仲良くしてあげれば、良いんじゃないかな? 嬉しい事や楽しい事があったら、それをワクァに教えてあげるとか。あ、それから、ニナンくん自身も強くなんなきゃ駄目よ? さっきも言ったけど、守るのってもの凄く大変なんだから! ニナンくんがワクァに守ってもらわなくても良いぐらい強くなれば、ワクァも少しは楽になるんじゃないかしら?」

ヨシがそう言うと、ニナンは少し考え込んで言う。

「僕が……強くなれば良いの……?」

その言葉に、ヨシはにっこりと微笑んで言った。

「そうよ。皆を守れるくらい強くなくても良いの。それはワクァの仕事だからね。けど、男の子なんだし……やっぱり自分の身くらいは自分で守れないとね。守るのが自分だけなら、誰かを守るよりは難しくないわよ。それでワクァの負担も減るんだし、良いと思わない?」

「……うん!」

目を輝かせて、ニナンが頷く。

思えば、この会話が全ての始まりだったわけなのだが……この時のヨシは、そんな事知る筈もなかった……。








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