伝説の勇者選考面接会場はこちら








暗雲が立ち込め、見る者に恐怖と不安を与える空。一筋の雷が、轟音を響かせながら闇を引き裂いた。

暗闇の中、雷鳴に照らし出されたのは禍々しい魔王の城。今、この城の中では、世界滅亡を企てる魔王と、それを阻止するべく旅を続けてきた勇者一行が、まさに決着をつけるべく戦闘中である。

だが、その事実を知る者がどれほどいるのだろうか。力無き人々は、ただ落雷を恐れ、跳梁跋扈するモンスターを恐れ、家の中で震えあがっている。

そんな人々に青い空と、のどかな日々を取り戻してもらうために。選ばれし勇者は剣を振るう。魔法使いは魔力を言の葉に載せ、魔法騎士はランスに炎を纏わせた。

だが、まだまだ力が足りないのだろうか。彼らの攻撃は魔王に致命傷を与えるには至らず、それどころかカウンターを喰らって床に転がされる事となってしまった。

「くそっ……」

痛みを堪えながら勇者は立ち上がり、そして苦しげに息を吐く。その目には、涙が光っていた。

「やっぱり、力が足りない……」

この勇者は、これまでにも何度こうして泣き事を呟いてきたかわからない。その都度窘めていた仲間達も、今度ばかりは力無く項垂れている。

制止する者がいないからか、いても結果は変わらなかったか。勇者の泣き事はとまらない。ぼろぼろと大粒の涙をこぼし、それを手の甲で拭いながらも弱音を吐き続ける。

「やっぱり、無理なんだ。俺なんかが世界を救う勇者だなんて……。なのに、何で俺なんだよ……。何で俺が、世界を救う勇者になんか選ばれたんだ!」

その、今にも張り裂けそうな叫びに。魔王がククッと喉を鳴らした。その様子は、とても楽しそうで。獲物を嬲るような目で勇者を見、そして口を開いた。

「何故お前が勇者なのか、か……。決まっているだろう? お前が勇者になりたいと、自ら志願したからだ」

「な……?」

魔王の言葉に、勇者は絶句した。志願した? 自分が? こんなに危険で、自分の無力さを思い知らされる存在になりたいと言ったと? いつ? どこで?

息をのむ勇者に、魔王はさも楽しそうにカッカと笑う。

「覚えていないのも無理なき事。何せ、お前が生まれる前の話だ」

「……は?」

勇者は、一瞬恐怖も悔しさも痛みも忘れて、怪訝な顔をした。魔法使いと魔法騎士も、首を傾げている。

三人の表情に、魔王はまたもクク……と笑った。よく笑う魔王だ。

「良いだろう。ならば、教えてやる。何故お前が勇者なのか。生まれる前に、お前が何をしたのかをな……」

そう言って、魔王は語りだした。今から三十年前。勇者が生まれる十二年も昔の事を。





  ◆





「それでは、三十三番から三十六番の人、お入りください」

壁も床も天井も白い、どちらかと言えば狭い部屋。会議室と思われるその部屋に、長机が二つ。四人の男が席に着き、皆一様に出入り口に注目している。

ここからは見えないが、外の廊下の壁には〝伝説の勇者選考面接会場はこちら〟と書かれた紙が貼られている。つまり、この四人の男は面接官だ。

ガチャリと音がして、扉が開く。そこから、四人の男女が緊張した面持ちで入室してきた。

全員スーツではないが、それぞれそれなりに清潔な身なりをしている。全員が用意された椅子の前に立ったところで、向かって左から二番目の面接官が入室した四人に「お掛けください」と声をかけた。

四人は言われるままに腰掛け、少しだけホッとした表情を見せた。やはり、面接というものは歩くだけ、立っているだけでも緊張するものなのだろう。体重を椅子に支えてもらえた事で、少しでも安心できたのだろうという事は想像に難くない。

「さて、最初に簡単な説明を改めてさせて頂きます。ご承知の通りここは死後の世界でして、あなた方は来世への転生を待っている身。そして、転生後は生前と同じ世界、種族、性別に生まれ変わるとは限りません。……ここまでは良いですね?」

向かって一番左の前髪を七三に分けた面接官が告げた言葉に、全員が軽く頷いた。

「そのいくつかの転生先候補である世界……そのうちの一つが、この先魔王に支配される可能性があります。人々は当然、世界を救ってくれる救世主を求める事でしょう。わかりやすく言うなら、伝説の勇者の登場が待ち望まれるわけです」

勇者の強さは、魂の強さで決まる。だから、こうして面接を行い、勇者に適した者を選ぶ。勿論、強制ではない。呼びかけに応じて志望した魂のみが、面接を受ける事になる。

その言葉に全員が頷くのを確認し、七三分けの面接官は満足気に頷いた。そして、同じように頷いた向かって左から二番目の黒縁眼鏡の面接官が「では……」と口を開く。

「三十三番の方から順番に、お名前と志望動機を聞かせてください」

「はい」

少し上ずった声で返事をしたのは、最初に入室した男だ。短く刈り上げた髪に、日に焼けた肌。生前はスポーツでもやっていたのだろうか。

「三十三番、塚山弼(たすく)。伝説の勇者になるのは子どもの頃の夢だったため、このような面接があると聞き、深く考えずに志望しました!」

随分と正直な回答に、他の受験者達はその場でずるりと椅子から落ちそうになった。面接官達も、苦笑している。

「随分とわかりやすい理由で、こちらとしては助かりますが……本当にそれだけですか? 人を助けずにはいられない性格だとか……」

「え、何でわかったんですか? たしかに俺、車に轢かれそうになってる子どもを助けようとして、代わりに轢かれて死んじゃったからここにいるんですが」

弼の態度は、どこまでも明るい。……ここは笑うところだろうか、感心するところだろうか。判断に困り、他の受験者は引き攣った顔をする。面接官達も困ったらしく、「そうですか」と流した。

「それでは、三十四番の方……」

次は女性だ。細身で、薄幸そうな顔。こんな女性が、どうして世界を救う勇者に志望したのだろうか。

「三十四番、原口美里衣亜(みりいあ)。おわかりと思いますが、いわゆるキラキラネームを親に付けられました。親は世界で通用する名前を……と思ったようですが、病気がちでとても世界で活躍する事は望めませんでした。ですので、次こそはこの名前に相応しい人生を……と思い伝説の勇者に志望しました」

名前自体に不満は抱いていないようだ。面接官の顔が、渋い物を食べたようになっている。

「……転生して、次の人生での親御さんが同じ名前を付けてくれるとは限りませんよ?」

「あと、今回募集している勇者が活躍する予定の世界では、ミリーアという女性名は比較的オーソドックスですので、この名前が勇者に相応しい名前かと言われますと……」

苦言を呈しかけた面接官達だが、美里衣亜が睨み付けたので、そっと口をつぐんだ。これでは、どちらが面接官で受験者なのかわからない。

「そ、それでは、三十五番の方……」

気のせいか少々震えている声で促され、三十五番の男性が「はい」と返事をした。

「三十五番、永瀬雅也です。危機に瀕している世界があると聞き、僕にできる事があるのであれば力になりたいと考え、今回の面接に臨ませて頂きました!」

まともな回答に、面接官達がホッとした表情を見せる。そして、いくつか生前の趣味や仕事を尋ねると、「ありがとうございました」と雅也の面接を終わらせた。

この集団面接も、終盤。最後に控えているのは女性だ。キャリアウーマンといった様子で、スタイルが良い。表情は柔和だ。

「三十六番、白藤悠美です。むしゃくしゃして暴れたくなったので、合法的に戦う事ができる勇者に志望しようと考えました」

シンと、辺りが静まり返った。理由はまぁ、わからなくもない。わからなくもない、が……。

「それ、思ってても言っちゃうかなぁ……」

向かって右から二番目、青いネクタイを締めた面接官が苦笑いをしながら頭を掻いた。だが、白藤は「冗談です」とは言わない。目は真剣そのものだ。怖い。

その目に怯えたものか、向かって一番右側に座っていた一番体格の良い面接官が、やや震えながらいくつかの質問を続け、そして「わかりました、ありがとうございました」と無難に会話を締めくくった。

こうして、一部の者に若干のもやもやを残しつつ、三十三番から三十六番までの面接が終了したのだった。





 ◆





「お前はこの時の、面接受験者だ。三十五番のな」

語り終えた魔王が、どうだと言わんばかりに息を吐いた。対する勇者達はと言えば……。

「……」

「……」

「……」

三人全員が、何とも言えないような顔をしていた。

「……三十五番……って事は、ナガセマサヤって名前の奴か……」

「一番まともで面白味の無い受け答えをした人ね。……まぁ、無難と言えば無難だけど」

「……どうすれば良い? 僕達は今後、ディークの事をマサヤと呼ぶべきなのか……?」

「いや、そこは変える必要無いから」

魔法騎士に裏手でツッコミを入れ、それから勇者は表情を引き締めた。

「けど、そうか……前世の俺は、そんな気持ちで……。自分に出来る事があるならって……」

魔王が、何故こんな話をしてくれたのかはわからない。だがきっと、これは魔王なりの優しさなのだ。敵わないにしても、せめて納得して最後まで戦い抜く事ができるように、と。

「なら、俺は……怖がってなんかいられない! 今の俺に、世界の為に戦う力があるのは事実なんだ。それを出さずにいたら……前世の俺にあわせる顔が無ぇ!」

「同一人物じゃないの。どうやって前世の自分と顔をあわせるってのよ。……けどまぁ、そうよね。一番無難な受け答えをしたあんたが選ばれたって事は、やっぱり世界が望んでいたのは、人のために全力を出し切れる勇者だったって事なんだろうし」

「最終的に世界に必要なのは、やはり人の為に己を顧みず戦える者、か。ならば、僕達もそれに準じよう。己の命をなげうってでも、この世界のために戦ってみせる!」

魔法使いと魔法騎士が力強い言葉を発し、魔法の杖を、ランスを、構え直した。

その様子に、魔王が「いや……」と言葉の続きを発した。

「お前達も面接受験者の生まれ変わりだが? 魔法騎士と魔法使いよ」

「へ?」

「は?」

二人は、同時に間抜けな声を発した。魔王はひらひらと手を振っている。

「いや、伝説の勇者になってみたいから、と深く考えずに面接を受けるような単純な男が真面目な魔法騎士に転生していて、正直初見時は笑いを堪えるのが大変だったぞ。三十三番、塚山弼」

「な……」

魔法騎士は唖然としている。そう言えばこの魔法騎士は、基本的に単純馬鹿と言われるような人間が嫌いだったなー、と、勇者は出会った頃の彼を思い出した。

「そして魔法使い。まさかとは思ったが、転生後も名前を継続できて良かったなぁ。三十四番、原口美里衣亜」

魔法使い……ミリーアが、何とも言い難い顔をしている。

前世を暴露されて、二人のやる気がどんどん減少していくのが目に見えてわかった。

「……っ! 何なんだよ! さっきは俺のやる気を出すような事を言ってたくせに、今度は二人のやる気を失くすような事を言うなんて! 何考えてんだよ! お前は何がしたいんだ!」

勇者が抗議の言葉を魔王にぶつけると、魔王は「何がしたいもなにも……」と呆れたような顔で言った。

「思った事やネタバレを人に話したくなる性格なだけだが?」

今度こそ、勇者は本気で言葉を失った。恐らく、魔王の言葉に嘘は無い。でなくば、こんなラストバトルのシーンで、こんな場の空気を粉砕するような事を言う筈が無い。

「……場の空気がめちゃくちゃだよ! 鬼かお前は!」

「似たようなものだな。魔王だからな」

嫌な意味で、返す言葉が見付からない。

三人のモチベーションが下がりに下がり、次の行動に移れないでいるうちに、魔王が腰の大剣を抜き放った。妙にスッキリした顔をしているのは、言わなくても良いあれやこれやを暴露したからだろうか。

魔王の剣が、妖しく輝く。強力な魔法を使ってくる前触れだ。

これはまずい、と、誰もが思う。だが、元々力不足だった上に、一度はモチベーションがどん底まで下がってしまった三人だ。武器を構えるも、出足が遅い。

激しい光が辺りを飲み込み、何者をも吹き飛ばすような風が吹き荒れる。

そして、それらが全て収まった時……勇者達三人の姿は、そこには無かった。





 ◆





「お疲れ様です、魔王様」

勇者達を倒した魔王の元に、パタパタと大きな蝙蝠が一匹飛んできた。

蝙蝠は地面に降りると、くるりと右に一回転。その姿が、人間同様になった。

その姿は、この世界にはそぐわなかった。真っ黒いスーツに、グレーのネクタイ。そして、スーツがはちきれんばかりに体格の良い男の姿だ。

人間の姿になった蝙蝠に、魔王はクク……と笑った。

「やはり、その姿になったお前に魔王様などと呼ばれると違和感があるな」

「そうですか? こちらとしては、あなた様を魔王にするためにスカウトしたのですから。私がどんな姿をしていようとも、やはり私にとっては魔王様ですよ、魔王様……いえ、白藤悠美様」

蝙蝠男の言葉に、魔王は楽しげな声を出す。

「そうだったな。まさか勇者を選ぶ面接に、魔王をスカウトしたい奴が紛れ込んでいるとは思わなかった」

「面接の場で合法的に戦えるから勇者になりたい、などと仰る人材は中々見当たりませんからね。震える演技をしながら、この人だ! と思いましたよ」

「私も、面接の後、お前にスカウトしてもらえて良かったと思う。魔王の方が基礎的な力は強いし、魔王の前に合法も何もあったものじゃない。それに、魔王は勇者と違い、こうして前世の記憶を持ったままにしてくれる。時折やってくる面接経験者をからかうのが、楽しくて仕方が無いよ」

「ためらいも無くそのような事を仰り、更に前世の記憶を持ちながら何の違和感も無く魔王としての人格を育てていらっしゃる……流石でございます」

嬉しそうに手を揉む蝙蝠男。彼を見ながら、魔王は楽しそうな顔をした。

「それにしても……神界側の陣営は、折角魔界側が魔王を生み出そうとしているという情報を得たのに、勇者選定の場に魔界側のスパイを簡単に紛れ込ませてしまうなんて……本当に手ぬるいな。……いや、魔界をナメているのか?」

「いえ、ただ単に自分達に自信があり過ぎただけでしょう。自分達の中に魔界の者が紛れ込むなどとは思ってもみなかったのでは?」

「それがまさか、面接官に紛れ込んでいるとはな……。呆れたザル警備だ」

「まことに……」

二人揃って、呆れによるため息を吐いた。気分を変えるためか、魔王は続けて深呼吸をする。そして、蝙蝠男に言った。

「まぁ、良い。そろそろ次の勇者が挑みに来る頃だろう? 次の勇者候補は……受験番号六十八番だったか?」

「はい。受験番号七番と、四十九番も魔法使いと弓使いとして転生し、共に旅をしているようです」

蝙蝠男が手帳を取り出し、パラパラとめくりながら情報を告げる。魔王は「よし」と頷き、ゴキリと腕の骨を鳴らした。

「もうひと暴れするか。世界の神の座をかけて現神界と現魔界が争う、この千年戦争……私の手で終わらせてくれるわ。勇者候補を一人残らず消し去ってな」

魔王の言葉に蝙蝠男は頷き、そして元の蝙蝠の姿に戻る。それと同時に、新たな勇者を迎え入れるため、魔王城の門が開かれていったのだった











(了)










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