夢と魔法と現実と





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「……結局、今回も微妙に隠し切れてなかった……」

「毎回近くを通りながらその場に居合わせていないらしい従兄弟クンも、中々の強運だね。まぁ、彼の場合は居合わせたりしたらハイテンションで探偵ごっこでも始めそうなものだけど」

壁に向かって「反省」のポーズをしている亮介に、トイフェルが苦笑しているような声音で言った。

「だろうな。……っつーか、本人は巻き込まれる気満々みてぇだし。寧ろ、巻き込まれないでいるからこそ、余計にそういうシチュエーションに憧れてんのかもな」

「それも、あるかもね。ところで、キミがいきなりあんな事を従兄弟クンに訊いたのは……昼間の事が気にかかってるから……かな?」

「……まぁな」

首肯して、亮介は時野が用意してくれた夕飯を食べ始めた。やはり、頬が溶け落ちそうになるほど美味い。おかずの一部を二枚の小皿に取り分け、それぞれトイフェルとエアテルの前に置く。トイフェルはすぐさま、エアテルは恐る恐るそれを口にし、共に昇天しそうなほどに恍惚とした表情になる。ここまで来ると、麻薬のようでちょっと怖い。

エアテルは元々肉食の種族だからか、煮物の鶏肉が特にお気に召したらしい。そのまま鶏肉で育ってくれれば良いのだが。

おかずを全て平らげ、食器類を洗う。洗う間にタッパーに移し替えて冷ましておいた余りご飯を冷蔵庫に仕舞う。それだけの作業を終えると、亮介は自室に戻った。

部屋に戻ると、まずは机の鍵付きの引き出しから大学ノートを一冊取り出した。試み的に小説を書いてみているノートだ。

新しいページを開き、まずは今日の出来事を箇条書きに書き出してみる。

就活セミナーに行った事とその内容。宇津木に出会った事。大手出版社にアポ無しで突撃する事になったが、何とかなった上に社会人からの話まで聞けた事。複数のイーターと戦った事に、イーターの子どもに懐かれ育てる事になった事。今日も時野がおかずを携えて来た事。

そして次に、物語には不要であると思われる事を削除していく。例えば、就活セミナーの内容とか。どうせ、後からパソコンで清書するのだ。紙面には、躊躇い無く線を引いていく。

最後に、時系列順にして、出来事の詳細を思い出しながら文章にしていく。台詞としてできるだけオリジナルに近い喋り方で再現しようと宇津木や時野の喋った事を思い出そうとして、亮介はふ、と難しい顔になった。



「そんな事にならない為にも、就活が本格化する前に自分が何をやりたいのか、何が向いているのか、をしっかり考えておいた方が良いよ。それを考えるのはきっと凄く辛い事だろうけど……」

「そう簡単に諦め切れねぇから、夢なんだよ、亮ちゃん。漫画やゲームみたいな世界で活躍するのは、昔っからの俺の夢なんだ。そうそう簡単に諦めたりはしないよ」



「……やりたい事……夢、か……」

呟きながら、亮介は目の前のノートを見た。たった数日の出来事なのに、既にノートは半分以上埋まってしまっている。

半分以上は箇条書きの時点で消しているとは言え、それでも書いておきたい出来事がここ数日は多過ぎる。更に文章化してからも、ああでもないこうでもないと唸っては文章を足したり削ったりの繰り返しだ。何となく文章のテンポが気に入らなくて、丸々一ページ書き直した箇所もある。

それをぱらぱらと捲って眺めた後、亮介は鞄から財布を取り出した。そこから昼間に貰った宇津木の名刺を取り出すと、記された番号に携帯電話から電話をかけてみる。

コールが四回鳴ったところで、慌てた宇津木の声が聞こえてきた。

「はいっ! お待たせしました。天成堂出版の宇津木です!?」

そう言えば、亮介は宇津木に自分の携帯番号を教えていない。その事に思い当たり、亮介は努めてゆっくりとした口調で言った。

「あ、あの……こんばんは。今日の昼にお話を伺った、中城大学の土宮です」

「あぁ、土宮君」

名乗った瞬間に、宇津木の声があからさまにホッとした物になった。ひょっとしたら、面倒な客か誰かから電話がかかってくる予定なのかもしれない。

「遅くに済みません。今、大丈夫ですか?」

「うん。今日はもう帰るところだから大丈夫だよ。どうしたの?」

亮介はちらりと時計を見た。現在時刻は二十時三十分。「今日はもう」という事は、いつもはもっと遅いのだろうか。

「あの、実は俺……宇津木さんにちょっと相談したい事がありまして……」

「相談? 僕に?」

電話の向こうにいる宇津木は意外そうな声を出した後、苦笑した。

「一応言っておくけど、就活の口利きをしてくれっていう相談なら無理だよ? 入社二年目の営業にそんな権限は無いし、僕はコネも何も持って無いからね?」

「そんなんじゃないですよ!」

慌てて否定する亮介に、宇津木は「あはは」と軽く笑った。そして、更に何か言おうとする気配が伝わってきた時、気配と一緒に中年男性の声が聞こえてきた。

「宇津木ー! 帰る前に日報書いて提出しておけよ!」

「ひあっ! はっ……はい!」

恐らく、上司か先輩だろう。宇津木は返事をしてから、少しだけ声を潜めて言った。

「ごめん。今はちょっと難しいかな? ……土宮君、明日の午後は空いてるかい?」

「え? あ、はい。夕方の四時過ぎなら……」

「じゃあ、悪いけど四時半ごろに……そうだな。今日一緒にコーヒーを飲んだ喫茶店で待ち合わせでも良いかな? あそこなら、ゆっくり話も聞けるだろうし……」

「あ……はい。わかりました」

亮介が返事をすると、電話の向こうで宇津木が頷いた気配があった。

「じゃあ、明日の四時半に喫茶ヴィクトリアで。……あ、念のため、この番号登録させてもらっても良いかな?」

「勿論です。あの……宇津木さん。無理を聞いてもらって、ありがとうございます」

「良いよ良いよ。じゃあ、また明日にね」

その言葉を最後に、電話は切れた。携帯を鞄にしまっていると、今まで腹ごなしと言わんばかりにじゃれ合っていたトイフェルとエアテルが近寄ってくる。エアテルは腹が膨れた上に暴れ回って疲れたのか、眠そうな顔をしている。

「やれやれ。何を相談するのか知らないけど、忙しい営業マンが一日の終わりに駆け込みで仕事をする忙しい時間帯を、一介の大学生のために使わせるなんてね。見上げた図々しさだな、キミは」

「う……それは、俺も悪いな、とは思うけどさ……」

たじろぐ亮介を意地が悪そうに眺めてから、トイフェルは「けど……」と言葉を続けた。

「彼に夕方会うというのは、ある意味正解かもしれない。昼間会っただけでも、彼はかなりの負の感情を纏わりつかせていたからね。それに、説明した通り……夕方はイーター達が活動を始める時間帯だ。つまり……」

「このまま放っておいたら、宇津木さんはそのうちイーター達に食われるかもしれない。だから、俺が宇津木さんに会うなら、イーター達に狙われ易くなる夕方の時間帯にした方が守れる確率が高くなる……?」

亮介の言葉に、トイフェルは「その通り」と頷いた。

「まぁ、本当にイーター達が彼を狙うかはわからないし、彼一人守れたところで何がどうなるってわけでもないけどね。それでも、何もしないよりは精神的にキミが楽だろう?」

亮介は、頷いた。それに頷き返し、トイフェルは言う。

「さて。とりあえず今日やれる事をやったところで、後は小説を書くなりゲームを書くなりしてストレスを発散して、明日に備えてさっさと寝る事だね。……あぁ、ボク的には、まずはエアテルの寝床を作ってあげる事をおススメしておくよ。あと、できればボクの寝床もいい加減に作って欲しいところだ。昨夜はキミのベッドを一部間借りさせてもらったけど、キミが寝返りを打つたびに蹴られそうになって冷や冷やしたよ」

「へいへい。ちょっと待ってろ。確か一階の物置き部屋に、古い毛布とかあった筈だから……」

面倒そうに言いながらも、亮介は部屋を出ていった。その後姿を見送るトイフェルに、寝ぼけまなこのエアテルが襲い掛かった。じゃれ合い第二ラウンドの始まりだった。





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