女主人公(世界滅亡)Ver






世界は、一つだ。
だが、かつては世界がいくつもあると、全ての人が信じていた。
異邦への入り口は果てなき海や険しき山の頂にあるとされ、
人々は時には手紙を火にくべ空へと昇る煙に想いを託し、時には願いを託した紙片を川へと流した。
美しい空は異界の住人からの贈り物であると喜び、激しい雷雨は異界からの宣戦布告であろうと恐れ慄いた。
そのように人々の生活は、常に目に見えぬ異界の民と共にあった。
しかし、いつしか人はそれを架空の物語であると思うようになった。
目に見えぬ異界の民を敬い恐れる者は無く、川や火に願いを託す神事はただの伝統行事へと姿を変えた。
こうして世界は、異界から切り離されていったのである……。

だけど、それで終わりでは面白くないと、僕は思う。
だから、僕は考える。
もしも異界が実在するのであれば、僕は異界を隅から隅まで調べて歩きたい、と。



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空が暗い。
海沿いの町シャンカイは、今日も闇に包まれている。
ランプの光がチリチリと肌を焼いているような感覚を覚えながら、私は本のページを捲った。
何十回、何百回と読み、手擦れで表紙がほとんど読めなくなってしまったほど気に入っている本だ。
そこに記されているのは神話の世界。
私達のようで私達とは違う人々が暮らす世界の物語だ。
ふと人の気配を感じて、私は顔を上げた。
そこには、私が気配から察した通りの人物が立っていた。
「あれ。もう時間なの、リアン?」
私が問うと、少年……リアンはこくりと頷き、私達の待機場所であるこの小屋の外を指差した。
窓から外を見れば、すぐ眼前に広がる海が明るく輝いている。
ランプの光よりも暖かそうだな、とぼんやりと考える私に、リアンは急かすように言った。
「お告げにあった、ミラージュが現れる時間まで間が無い。ただならぬ気配を察したのか、ウルフ達が集まり始めている。このままだと、予想以上に困難な旅になるぞ、セン」
「要約すると、もたもたしないでとっとと準備しろ、って事だね。それにしても、おお張り切りだね、神殿は」
「無理もない。伝説に過ぎないと思われていたミラージュが実在するかもしれないんだ。おまけに、お告げによればミラージュは人々にとって恐るべき存在であるらしい。上手く利用できれば、またとない神殿の復権のチャンスとなるからな」
苦虫を噛み潰したような顔で言うリアンを宥めるように、私は言った。
「まあ、仕方無いよね。お告げの内容が内容だし」
言いながら、拡げた荷物をまとめて立ち上がる。
リアンと二人して外に出てみれば、海の光は更にその輝きを増している。
やがて光は姿を持ち始め、小さな町へと姿を変えた。
恐らく、この町の住人だろう。
小さな人影が、光の向こうに見えた。
それに向かって、興奮したウルフが駆け出し始めた。
ウルフは何の苦も無く光の門を潜り抜けると、赤い牙を剥き出しにして人々に襲い掛かる。
その様子に興奮を煽られた他のウルフ達が、血を求めて私達の方へと鼻先を向けた。
「気付かれていたか……」
リアンが舌打ちをしながら腰の剣を抜いた。
それに倣って、私も剣を抜く。
リアンは剣を閃かせてウルフの群れに突っ込むと、器用にも剣を振るいながら詠唱を始めた。
私は、ウルフ達がリアンに気を取られている隙に最もウルフに攻撃を当てやすい場所に身を移し、同じように詠唱を始めた。
勿論、自分やリアンの万が一に備えて剣は抜き身のままで手にしている。
リアンの詠唱が済んだようだ。
彼は一旦後ろに飛び下がると、ウルフ達の群れに向かって、鋭く言い放った。
「アシッドレイン!」
赤い雨が降り注ぎ、ウルフ達の防御力が下がっているのが目に見えてわかった。
私は間発入れずに、自分の詠唱を完成させる。
「プリズムフラッシャ!」
光が直撃し、ウルフ達は怯んだ。
その機を逃さず、私は剣を構えてウルフ達に斬りかかった。
同じように、リアンも再びウルフ達に突進していく。
間もなくウルフ達は皆地に倒れ付し、私達は安堵の溜め息をついて剣を収めた。
「こんなところだろう」
リアンの言葉に、私は頷いた。
「それにしても、相変わらず凶悪だよね、リアンのアシッドレイン。普通神官が赤い雨なんか降らす?」
「何なら、次はお前が相手をしているモンスターにだけシャープネスやバリヤーをかけても良いんだぞ?」
青筋を立てながら言うリアンに苦笑しつつ、私は辺りの状況を確認した。
元々人は私達以外にいなかった為、負傷者は無し。
旅の直前でリアンにファーストエイドを使ってもらう必要は無さそうだ。
辺りを見渡す私の肩を、リアンが小突いた。
振り向けば、リアンは視線だけで「アレを見ろ」と言っている。
促されて海の方を見てみる。
光は完全に町の形となり、中の住人達の様子がはっきりと見えた。
どうやら、向こうに駆けていったウルフは向こうの住人によって倒されたようだ。
その住人達も、どうやらこちらの世界に気付いたようで、呆然としてこちらを見ている。
その様子をジッと凝視していた私の肩をリアンが再び小突いた。
「行くぞ」
その言葉に、私は頷いて足を踏み出した。
この先は、本でしか知らない世界だ。
異界、ミラージュ……。

私達が滅ぼそうとしている世界。



To be continued……