光と陰と蜃気楼―Tales of Mirage―





17





「とりあえず、フジャマという名前の町は存在する。カホン遺跡からの位置も、私達の世界と同じだった。それがわかっただけでも良かったんじゃないかな?」

フジャマの町に連行されたシン達は、とりあえずの措置として物置小屋と思われる建物に閉じ込められた。勿論、武器は取り上げられている。

シンは、ぐるりと小屋の中を見渡した。隅には鋤や鍬が立てかけられ、藁やかごが無造作に積まれている向こうには、袋と桶がどっさりと積まれている。臭いから察するに堆肥や鶏糞の類だろうか。流石に中身を確認する気にはなれない。戸口に近い場所には、壺がいくつか並んでいる。それは今、フェイとルナが中身を覗き込んでいる。

「あら、お漬物ですわ」

「こっちはチーズだな」

言いながら二人は壺の中身を口にして「あら美味しい」「こりゃ美味ぇ」などと言っている。その様子と背後の堆肥らしき物の山を、リノは困惑した様子で交互に眺めている。

「二人とも……よくこんなところで食べられるわね……」

「美味しい物を頂くのに、場所は関係ありませんわ」

「食える時に食っとかねぇと、体がもたねぇぞ、リノ嬢ちゃん」

「だからって……」

更に困った顔をするリノに、シンは苦笑しながら言った。

「けど、確かにフェイの言う通りだと思うよ。食べられる時に食べておいた方が良いと思うな。フェイ、私にも少し貰える?」

「おう」

フェイから渡されたチーズを、手持ちのパンに載せて頬張る。少し臭みはあるが、中々美味だ。

「うん、美味しい。ルナ、そっちの漬物も貰って良いかな?」

「勿論ですわ」

「……と言うか、これって泥棒なんじゃ……」

リノは完全に呆れている。確かに、そうだ。元々小屋に入っていたものであって、これらはシン達の食料ではない。勝手に食べたら泥棒だろう。

「あら。食料がある事がわかっていてここに入れたのですから、空腹になったらこれを食べろという事ではありませんの?」

「明らかに腹減らせてる人間を食料のある場所に入れる方が抜けてんだろ」

「この二人がこれだけ食べちゃったら、もう何を言っても聞いてもらえないだろうしね。だったら、いっそ私も頂こうかな、って」

「信じられない……。こんな知らない場所で捕まって、これからどうなるかもわからないのに……よくそんな能天気な考え方ができるわね……」

そう言いながらも、リノもルナから漬物を受け取って一口齧った。どうやら、シンの「何を言っても聞いてもらえないだろうから自分も食べる」という主張に乗っておく事にしたようだ。

堆肥臭い中で遅い朝食を思う存分採っていると、外からガタンという音がした。戸口の心張棒を外した音だ。続いてガタガタという音が聞こえ、戸が開く。パンやチーズを銜えたまま見てみれば、そこには先ほど自分達を見付けた少年が心底呆れた顔で立っていた。

「お前ら……自分達の立場、わかってるか……?」

「放火の容疑者」

「小屋に閉じ込められていますわ」

シンとルナがすかさず言い、少年は脱力して溜息をついた。

「わかってるなら、もう少し神妙にしててくれよ……。そんな呑気に飲み食いなんかされたら、見張り番の僕の立場が無いんだからさ……」

「ケッ。何で俺達がお前の立場なんか考えなきゃいけねーんだ?」

フェイに言われて「それもそうか」と思ったのか、少年は重ねて溜息をつく。溜息をつきながらも、微妙に反撃に出た。

「一応言っとくけど、そのチーズと漬物、オッサン達が作業中とかにつまむ為の物だからな。堆肥触った手とかで直に掴み取ってるから、綺麗とは言えないぞ」

瞬間、リノとルナの咀嚼がピタリと止まった。だが、吐き出そうにも吐き出せず、已む無くそのままごくりと飲み込む。シンは一旦は顔色を変えたが、最終的には特に問題も無いと判断したのか、そのまま数度咀嚼を続け飲み込んだ。フェイに至っては全く動揺していない。

「……で、何の用? 飲み食いをやめさせるためだけに入ってきたわけじゃないんでしょ?」

問いながら、シンは少年の姿を観察するように眺めた。年の頃は十五歳から十六歳といったところだろう。赤毛を短く刈っている。身の丈はシンよりも少し高いくらいか。恐らく今はシン達を敵とみなして睨みつけているのだろうが、お人好しに見える目を持っている為かあまり怖くは見えない。瞳の色はグリーンだ。無駄な肉が無い事から普段は狩りや農作業でしっかり体を動かしているのであろうと推測できる。だが、年齢的にまだ成長途中だからだろう。フェイに比べたら柔軟そうだ。

「……何見てるんだよ?」

つっけんどんな言い回しも、子どもに見られない為に背伸びをして使っているように思われる。聞いていると、何やら微笑ましい気分になってくる。

「話を聞く時、相手の顔を見るのは礼儀だからね。それよりも、さっきの質問の答は?」

礼儀と言われ、少年は「う……」と唸った。背伸びをしている分、大人の態度や礼儀を持ち出されると弱いようだ。

「……礼儀を気にする人間が、遺跡に放火をするのか?」

「……」

非常に痛いところを突かれた。年上四人が黙り込んだのを見て、少年は言葉を続けた。

「今、町長達がお前達をどうするか話し合ってるんだ。副都サブトに連行するか、リルンベ湖に沈めるか、どっちにするか……」

「どっちも嫌だけど、あえて言うなら連行の方がマシかな?」

少年はシンの言葉にそりゃそうだろうと頷いた。そして、周囲に人がいないか気にしながら、言った。

「けど、ほとんどの奴は湖に沈める方を推してる。今サブトは忙しいようだから、問題を持ち込んでもろくな対応はしてくれないだろうって」

「サブトが忙しい?」

少年の言葉に引っかかりを覚え、シンは首を傾げた。すると、少年は頷く。

「何をやっているのか公表はされてないけど、噂によれば最近サブトの副王様とゴドの神官が手を結んで動いているらしい。何でも、神話に出てくるミラージュに関わる話らしいんだけど……」

そこまで言って、少年はハッと口をつぐんだ。余計な事ばかり話して脱線したと感じたのだろう。

「とにかく、そういうわけだから……このままだとお前達はリルンベ湖に沈められる事になりそうなんだよ。けど、ひょっとしたら濡れ衣かもしれないし、何であんな事をしたのかも聞かずに殺すっていうのは……」

非常にバツの悪そうな顔をして、少年は口籠った。どうやら、戸を開けたのは少年の独断のようだ。

「それで、何故私達が放火をしたのか聞いて、理由によっては助命嘆願をしてくれる為に入ってきた……って事?」

シンに問われ、少年はこくりと頷いた。

「それに……あんなでっかい炎を出したり、それを短時間で消したりできるような奴がどうしてあんなにあっさり捕まったのかもわからなかったし……」

それは主にルナ一人の仕業なのだが、当の本人は先ほどの堆肥の衝撃を緩和したいのか、リノと共に鞄をあさり干し果物を頬張っている。

「そうだね……話すにしても、どこから話して良いものか……。あ、とりあえず名前を教えておこうか。私はシン・トルスリア。こっちがフェイ・チェンフィーで、あそこで干し果物を食べているうち白い服を着ているのがリノ・クラドール。黒いマントの方は自己紹介が済んでたよね?」

「ルナ・セレナード、だろ?」

「あのドタバタの中でよく覚えてたね」

少年の記憶力に、シンは感心して言った。そして、問う。

「ところであなたの名前は? 聞いておいた方が説明もし易いと思うんだ」

「おいシン、本当にこんなガキに全部話す気か?」

気に食わないという顔でフェイが問う。そう言えば、フェイは女子どもが戦闘に巻き込まれるのを嫌う性質だった。今現在の女ばかりパーティには頭を抱えているのかもしれない。

「助命嘆願してくれるかもしれないんだから、話せる事は話しておこうよ。折角この子が正義感から動いてくれてるんだし」

「子どもって言うなよ!」

子どもという単語に思い切り反応して噛み付いてきた少年に、フェイはデコピンを食らわせた。

「ムキになって否定するところがガキなんだよ。だったら何て呼びゃ良いんだ?」

「……僕の名前は、サーサ・ホーティン。皆は、サーサって呼んでる」

少年――サーサは名を名乗ると、その場に立ったまま話を進めた。

「それで? お前らは何者なんだよ? 何で放火なんか……」

「まず最初に言っておくと、放火をするつもりで火を付けたわけじゃないよ」

「申し訳ございません……。私、朝食の為にうさぎを狩ろうとしたのですが……弓矢は使えませんし、魔法の力加減も上手くできなくて……」

話を聞いてはいたらしいルナが、干し果物を食べるのを止め、しおらしく頭を下げた。その態度にサーサが怯んだところで、シンが一気に畳み掛ける。本人は悪気があってやったわけではないという事。自分は学者であり、その経験や知識から見て遺跡は無事であるという事。回った炎を消したのは、火を付けてしまったルナ当人の水の魔法である事。あっさりと捕まったのは、これ以上騒ぎを大きくしたくなかったからだという事。それらの情報を一気に与えられ、サーサは混乱し掛けている。

「えーっと……とりあえず、悪気は無かったんだろ? だったら、湖に沈めるのはやり過ぎだよな……」

混乱した頭で何とかそれだけを整理したらしい。そして、ぐるりと四人の顔を見渡して言う。

「そもそも……お前ら、どこから来たんだ? カホン遺跡ならサブトやサイスイだって半日もかからずに行ける距離なんだし、食料の計算なんかそんなに難しくないだろ? 誰でも知ってる事だから、よっぽどの田舎者でもカホン遺跡で食料が切れるなんて有り得ない筈だぞ」

「……例えばさ。私達が異世界から……ミラージュから来たって言ったら、サーサは信じる?」

「おい、シン!」

喋り過ぎだと非難するようにフェイが叫んだ。だが、サーサは逆に呆れた顔をしている。

「はぁ!? お前、頭大丈夫か? ミラージュってのは伝説上の……」

否定の言葉を口にし掛けて、サーサはハッと顔色を変えた。

「待てよ……ミラージュ? 何か言ってもサブトがろくな対応をしてくれないのは、副王様がゴドの神官と手を組んでいるからって噂で……その噂によれば、それはミラージュに関わる……!?」

「そう。さっきそう口走ったのを聞いたから、サーサになら言っても大丈夫かな、って」

サーサに肯定の意を表す言うよりは、フェイを納得させるかのようにシンは頷いた。それでフェイはいくらか納得したようだが、逆にサーサは納得ができない。

「お前ら……本当に何者なんだよ!? ミラージュから来たって……それって、サブトの副王様が動いているのと何か関係があるのか!? 今この世界で、一体何が起きてるんだよ……!?」

「そうだね……何が起きてるのかは、私にもわからない……」

そう前置きをして、シンはこれまでに何があったのかを語った。トーハイに現れたモンスターと、この世界から来たと思われる三人の事。そして、ウィス達がこの世界と連絡を取り合う為に発動させた塔の魔法に巻き込まれ、気付いたらカホン遺跡にいたという事を。

「そんな……! じゃあ、副王様と神官達は手を組んで、別の世界を滅ぼそうとしてるって事か!? どうして!?」

「そんな事は俺達が聞きてぇな。俺達は何の問題も無く暮らしてたってのに、あいつらが急に攻撃してきたんだ。どんな理由があって通り魔みてぇに人の世界を滅ぼそうとするのか……その辺をはっきりさせてぇな」

「二つの世界が繋がる事はシューハクでは元々わかっておりました。シューハクは王様や副王様、神殿とはある程度繋がっておりますから、彼らがこちらに来た事にはさほど驚きは致しません。彼らの中には神官服をお召しになっている方もいらっしゃいましたし。ですが……」

「何で私達の世界を滅ぼそうとしているのかは……。そもそも、あのリアンって人はどうしていきなり攻撃をしてきたのかしら? 私だったら、世界を滅ぼすなんて物騒な目的はバレるまで必死に隠すと思うわ」

サーサの問いにルナ達が口々に答え、最後にリノが首を傾げた。すると、そのリノの発言にサーサは更に目を丸くする。

「リアン……? 神官服を着た人がいて、リアンって……まさか、神官リアン!?」

「知ってんのか!?」

今度は、フェイが驚いて素っ頓狂な声をあげた。他の三人も、驚いた顔をしてサーサを見詰めている。

「知らないって事は、本当にこの辺の人間じゃないんだな……。神官リアンと言えば、湖西の地域では有名な神官なんだよ。神官のくせに口が悪くて、お祈りよりも戦う事が大好きな戦闘狂って……。そんな性格に由来したあだ名が、鬼神のような神官、略して鬼神」

「イマイチ略せてないよね、それ……?」

サーサの説明に、シンは思わずツッコミを入れた。だが、やっと共通の話題が出てきた事でホッとしたのか、サーサはシンのツッコミをまるで気にしていない。

「ミラージュに行ったのが鬼神リアンだっていうなら、いきなりお前達に攻撃を仕掛けてきたってのもわかる気がするな。戦闘狂だっていうぐらいだし、未知の世界の人間と戦ってみたかったんだろ」

鼻息荒く捲し立てるサーサに、シンは首を傾げてみせる。

「……そうかな? 私には、そうは見えなかったけど……」

「? どういう事?」

リノが首を傾げ、それにつられるようにルナも首を傾げる。だが、シンははっきりとした答を出す代わりに「うーん……」と唸った。

「根拠は無いんだけどね。何となく……あのリアンって神官は、戦闘狂ってわけじゃない気がするんだ」

そう言って、シンは腕組みをして更に首を傾げたり捻ったりを繰り返す。その様子に、周りの者達は顔を見合わせる。その場が、妙な沈黙に包まれた。

だが、その沈黙を長くは続かせまいとでも言うように遠くから悲鳴が聞こえてきた。
「!? 何!?」

リノは立ち上がり、シンとフェイは思わず武器を手に取る体勢を取った。武器は没収されているというのに、だ。

「お前ら、絶対にここにいろよ!」

サーサはそう言うと、すぐさま声の聞こえた方角へと走り出した。……が、その姿はどこかに消える事無くすぐに折り返してくる。

「おいおい、どうした? 何があったんだ!?」

「モンスターだ!」

サーサは、焦っているのか短く叫んだ。だが、あまりに短過ぎて相手に上手く伝わっていないのを悟ると、今度は少しだけ言葉を付け加えて素早く言う。

「モンスターの群れが、町を襲ってる!」








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