ここは君の特等席














 夜空に大輪の花が咲く。

 ドンドンパラパラという火花が弾ける音を聞きながら、僕はただ、夢中になって動画を撮り続けていた。





  ◆





「うわ、だっせぇ! ズームし過ぎてんじゃん!」

「ホントだ。花火、どれもどこかしらフレームアウトしてる」

 花火大会の終了後。帰りの電車を待つ駅のホームで、僕達はさっき撮影した動画を確認していた。

 できるだけ高画質で撮りたかったので、撮影機材はスマホではなく、友人が父親から借りてきてくれたデジタルビデオカメラ。

 ちゃんと撮影する事ができたかを液晶モニターで確認したところ、先程の友人達の言葉通りの出来だったというわけだ。

「折角撮ったのに……」

「どうする? 来週、また別の花火大会に撮りに行くか?」

 友人の言葉はありがたいが、僕は首を横に振った。

「ううん、これ以上は待たせられないから」

 僕がそう言うと、友人達は「そっか」と頷いた。

「けど、だったらどうする?」

「どうするって……このまま見せるしか……」

 僕の言葉に、友人達は顔を顰める。

「お前、それで良いのか? たっ君に、びっくりするような花火を見せてやるって約束したんだろ?」

「そりゃ、画面に映し出された花火が全部切れてたらびっくりはするかもしれないけどさ。そのびっくりは駄目だろ」

「う……だよね……?」

 びっくりさせたくて、とにかく大きく花火を映したくて。それでズームにして撮ったら、ズームし過ぎてたなんて滑稽過ぎる。

「そりゃあさ、それでもたっ君は喜ぶかもしれねぇよ? 病気で外出できない自分のために、兄貴が花火大会を撮ってきてくれたってだけでさ」

「でもやっぱりさぁ、本音としてはちゃんとした花火を見たいんじゃないのかねぇ? 花火大会に行くのは無理としてもさ」

 友人達の言葉が、耳に痛い。

 そりゃあ、僕だってできる事なら綺麗に撮影した花火を見せてやりたい。けど、次の花火大会では綺麗に撮影できるという保証は無い。いつまで経っても「撮影失敗しちゃったから、また今度ね」なんて言いたくない。

「……どうすれば良いと思う?」

 僕が問うと、友人達は二人揃って唸り始めた。昔の人気アニメでお馴染みの、頓智を絞り出そうとするポーズまで取っているけれど、本気で考えている顔だ。あのポーズをすればいい方法が閃くと、今でも信じているらしい。

 そうこうしているうちに電車が来て、僕達はそれに乗り込む。電車に乗ってからも、友人達は考え続けている。ここまで真剣に考えてくれる友人がいるという事は、本当にありがたい。それでなくても、僕のためにカメラを調達してくれたり、花火大会に付き合ってくれたりしている。

 そんな友人達に、これ以上の手間はかけさせられない。だから、もう考えなくても良いと伝えようとした、その時だ。

「あ、こんなのどうだ?」

 その時、僕の目はどれだけ丸くなった事だろう。

 なんと友人は、あのポーズで本当に頓智を捻り出してしまったらしかった。





  ◆





「達樹ー、入るよ」

 ノックをして、辺りに迷惑にならない程度の声をかけて。僕達は弟──達樹の病室に入った。僕の後には、機材やら模造紙やらを山と抱えた友人達が続く。

「兄ちゃん。それに、ゆう兄ちゃんに、はる兄ちゃんも」

 歳の離れた弟は、僕の友人達に懐いている。弟の物心がつく頃には、もう彼らは僕の友人で、僕の家によく遊びに来ていて。その都度、弟とも遊んでくれていたからだ。

「よう、たっ君。今日は元気そうだな」

「はる兄ちゃん、そのおっきい紙、どうするの? おえかき?」

「んー、おえかきじゃないなぁ」

 言いながら、友人は抱えていた模造紙を広げて、壁に貼り始めた。ただし、病室の壁じゃない。窓から身を乗り出して、外壁の方に貼り付けている。万一の事を考えて命綱をちゃんと装備しているあたり、軽い性格に見えて実はしっかりしているのだと思わされる。

 貼り終ると、模造紙で窓の外は見えないが、窓枠はちゃんと見る事ができる、という状態になった。

 友人が模造紙を貼り付けている間に、僕ともう一人の友人は機材の準備だ。パソコンを立ち上げて、線を繋ぐ。

 そして、全部の準備が整ったところで、僕は病室の電気を消した。模造紙で塞がれている窓からは光がほとんど入ってこない。それでなくても、今はもう夜だ。看護師さんから特別な許可を貰ってなければ、見舞い患者は入れてもらえないような時間帯。病室は、当然真っ暗になる。

 戸惑っている様子の弟に、僕は窓の方を見るように言う。そして、パソコンに繋いだプロジェクターの電源を入れ、動画を再生した。

 すると、貼り付けた模造紙に、花火の動画が映し出される。スピーカーを窓際付近に置いたため、ドンドンパラパラという火花が弾ける音がまるで外から聞こえてくるようで。

 模造紙を窓の外に貼ったお陰で、何となくだが動画の花火も窓の外で打ち上げられているように見える。友人が画面サイズを上手く調整してくれたお陰で、動画のフレームと窓枠はほぼぴったり合っている。これなら、フレームアウトしてしまった部分は壁に隠れて見えなくなっただけのように見えた。

 それはまるで至近距離で……僕達の目の前で花火が弾けて花開いているような。そんな光景だった。

「すごい……」

 弟が、ぽかんとして窓の外――正確には模造紙に映し出された花火の動画に見入っている。

 そんな弟に、友人達は誇らしげにふんぞり返った見せた。

「どうだ? すごいだろ、たっ君!」

「こんな距離で花火を見るなんて、例え花火大会に行ったとしてもできないぞ!」

 二人の言葉に、弟は「うん!」と目を輝かせた。

 この目を見るために、花火大会まで動画を撮りに出向いたようなものだから、すごく嬉しい。本当に、これだけですごく嬉しいのに……友人達が、言った。

「……で、こんな花火が見れるのも、たっ君の篤兄ちゃんが、たっ君のために花火を撮りに行ってくれたからなんだぞー」

「ちゃーんと、篤兄ちゃんにお礼を言わないとなー?」

 そう言われて、弟は再び「うん!」と頷いた。

「兄ちゃん、ありがとう!」

 その笑顔が、まるで花火みたいで。それがあまりに眩しくて、照れ臭くて。僕は思わず、そっぽを向いた。

「良いから……花火見ようよ。せっかく、特等席を用意したんだからさ」

 そう、ここは特等席だ。弟が花火を見るための、特等席。

 その特等席で花火のような笑顔を浮かべながら窓を見詰める弟と、窓に映し出される花火と。

 二つの花火を見ながら、僕は「次はどんな特等席を用意してやろうか」と、友人達と肩を並べて相談し始めた。
















(了)













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