アフレコ倶楽部大宇宙ボイスドラマノベライズ
世にも奇妙なタイムライン
カタカタという、無機質な音が響く。よく晴れた空を窓から見る事ができる、明るいオフィスである。
オフィスの中には複数のキャビネットに、応接用のソファとテーブル、それに作業用の机が一台。
今、オフィスの中には男が一人。作業用机で、パソコンと向かい合っている。どうやら男はこの部屋の主で、何かの組織のそれなりの立場に就いているようだ。
「うあぁぁぁ……」
男がパソコン画面から目を離し、大きく伸びをした。
「キリも付いたし、一旦休憩にするか。……さてと」
そう言って、男はパソコン横のマウスを動かし始めた。書類作成ソフトをシャットダウンし、代わりにインターネット画面を立ち上げる。表示されたのは、今人気の、ブログ投稿用SNSだ。
「誰かいるかなー。ここんとこ、フォロワーさんが誰もログインしてないから、タイムラインが寂しいんだよなー……」
マウスホイールを転がし、男は「お」と嬉しそうに呟いた。画面に、新着記事のマークが見える。
「三人も日記を書いてるじゃないか。……桜インコさんに、シャイニーさん……黒蜥蜴さんも。いやー、皆さん久しぶりだなー」
そして、「どれどれ?」と言いながら、早速新着記事をクリックし、開く。まずは、ハンドルネーム「桜インコ」の記事からだ。
こんにちは、お久しぶりです。
予告無く一週間も行方不明になってしまい、ご心配をおかけしました。
実は、突然祖父母のところへ旅行に行く事になってしまったので、留守宣言もできないでいたんですよ。
「あー、桜インコさん、旅行だったのか。じゃあ、これは旅行レポかな?」
独り言を呟いて、男は画面をスクロールする。
久しぶりに祖父母と会う事ができて、思いっきり甘えてきちゃいました。
一緒に、河原にピクニックに行ったりもしたんですよ。
本当はもっと一緒にいたかったんですけど、母から「早く帰ってこい」ってお叱りの電話がかかってきちゃいまして……。
「あー……お母さん、イケズだなー。桜インコさんももう大人なんだから、ゆっくりさせてあげても良いのに……」
そう呟いてから、残りの記事を見て。そして、男はギョッと目を見開いた。
それで渋々帰ったんですけど、帰る途中に何だかもの凄く眠くなっちゃって……つい、寝ちゃったんです。
それで、目を覚ましたら……病院にいました。
ちなみに、ご存知の方もいるとは思いますが、私の祖父と祖母は、それぞれ三年前と七年前に……。
思わぬホラー展開に、男はごくりと唾を呑んだ。冷房の効き過ぎだろうか。室温が、少しだけ下がった気がする。
「おいおい、臨死体験してたのかよ、桜インコさん……。無事に生還できて良かったなー。……さてと、次は……」
臨死体験記事で冷えた肝を温めようと、男は新たな記事に目を移した。次にクリックしたのは、ハンドルネーム「シャイニー」の記事だ。
お久しぶりです!
不死身の営業マン、シャイニー復活祭でございます!
いやー、実は最近ご無沙汰していたのにはワケがありまして……なんと、臨死体験をしてしまいましたー!
内容にそぐわぬ軽いノリに、男は口をぽかんと開けたまま数秒間、パソコン画面を見詰めた。
「おいおい……シャイニーさんも臨死体験かよ。どうなってんだ、今日のタイムラインは……」
早速、その時の事を話しますね。
その日、俺は営業の外回り中に、駅の階段で足を滑らせ、転落してしまいました。
頭を打ったらしくて意識が遠くなり、気付いた時にはご多分に漏れず、お花畑にいちゃったんですねー。
「軽っ!」
先ほどからそうなのだが、このシャイニーという男性ブロガー、とにかくノリが軽い。そのノリの軽さが面白くてフォローしたのだが、今回のような内容の場合はどうなのだろうか……。
流石の俺も、こりゃまずい、と思ったんですけどねー。
美人で巨乳の天使が、「遊びましょ」とか言ってくるのをむげに断るなんてできないじゃないですか、男として!
それで、ついつい一緒になって遊んじゃいまして。
「遊んだのかよ!」
思わず、ツッコミが口をついて出た。
それで、遊び疲れたところで天使が膝枕をしてくれたので、そのまま寝てしまったんですが……次に目が覚めたら、パンチパーマのおばちゃんが、俺の顔を覗き込んでいました。
……Nooooo!
俺のロリ巨乳ネコミミ妹美人天使はどこへ行ったぁぁぁっ!
気分が悪くなった事と、頭を打っていた事もあって、そのまま病院へ行きました。
そしたら検査入院する事になっちゃって、今まで行方不明になっていた次第です。
「……」
男は、無言で記事を閉じた。しばらくしてから、苦笑と共にため息を吐き出す。
「やー……何だか、色々と残念だなぁ、シャイニーさん。……っと、あとは、黒蜥蜴さんか」
そう言って、男は最後の新着記事をクリックした。
お久しぶり。
妙なモノに魅入られてしまって力を消耗してしまい、しばらく回復に専念していたの。
だいぶん復調してきたから、私に何があったのかをお話しする事にしたわ。
あれは……そう。
体内に溜まり溜まった闇のエネルギーを発散すべく、ある集会に参加していた時の事よ。
私はそこで、多くの人々の邪気に中てられてしまい、倒れてしまったの。
男は、画面をスクロールする動きを一旦止めた。そして、ここまで読んだ記事を翻訳しようと、頭を働かせる。
「えーっと……黒蜥蜴さんの事だから、翻訳すると……何かのイベントに参加したら、思ったよりも人が多くて酸欠になっちゃったって事かな……?」
多分それで正解だろうと、自分で納得し、男は記事を読む作業を再開した。
そして、気付いたら、荒れ果てた河原にいたの。
そこには邪悪に顔を歪めた老爺と老婆がいて、私に言ったわ。
「お前の罪を数え……量るから、着物を寄越せ」ってね。
あまりの邪悪な気に気圧されて、流石の私も逃げる事にしたわ。
必死に逃げて……そして、白い光に包まれたと思ったら、集会場の回復を司る聖域にいたの。
どうやら逃げ切れたらしいと思った時には、ホッとしたわね。
「……」
記事を閉じ、男は再び翻訳を始めた。
「回復を司る聖域ってのは、医務室の事で良いのかねえ? ……それはともかく、河原にいる老爺と老婆ってのは、あれかね? 奪衣婆と、懸衣翁」
奪衣婆と懸衣翁とは、地獄の入り口にいると言われている存在だ。死者の着物を剥ぎ取り、その重さで生前の罪の重さを量るのだという。
「……って事は、あれか。黒蜥蜴さんも臨死体験してたって事か」
フーッと息を吐き。それから男は、楽しそうに笑った。独り言も、どことなく弾んでいるように聞こえる。
「……にしても、こんな……タイムラインが臨死体験レポートばかりになる、なんて事があるんだなぁ。世の中には、不思議な事もあるもんだ」
そして、男は再び伸びをした。
「あー……僕にも何か、不思議な出来事とか起きないかねぇ?」
そう言ったところで、ドアをノックする音が聞こえた。来訪者は、返事も待たずにドアを開け放つ。部屋の主よりも若干若いであろう、目付きの厳しい男が、入室してきた。
「失礼します。……あ! またサボってますね!?」
叱責の言葉に、部屋の主はムッとする。
「何だよ、失礼な。一旦キリが付いたから、休憩してただけじゃないか」
そう抗議すると、部下であるらしい若い男はため息を吐き。そして、部屋の主を睨み付けた。
「何言ってんですか。やらなきゃいけない事は、まだまだたくさんあるんですよ。休憩はそろそろ終わりにして、ちゃっちゃと仕事してくださいよ。神様」
(了)