線香花火と炭酸ジュース
「線香花火ってさ、炭酸水に似てるよね」
彼女はそう言って、昼前だというのに青空の下で線香花火に火を点けている。花火の先にはたちまち炎の玉ができ、ぶらりと垂れ下がった。
「そうかな? どの辺が?」
僕の問いに、彼女は答えない。しばらくすると、線香花火の先にできた玉の辺りで火花がぱちぱちと弾け始めた。
「ほら、このぱちぱちって音がさ、炭酸水みたいじゃない? 口に入れたら、しゅわってしそう」
「……危ないから、絶対に口に入れないようにね?」
そう言っても、彼女は話を聞いていない。無心で、弾ける線香花火を見詰めている。
ぱちぱち
ぱちぱち
ぱちぱちぱちぱち
僕も、彼女も、黙ったまま。
ただ、線香花火が弾けるのを眺め続けている。
やがて、線香花火の先に垂れていた玉はこれ以上ない程大きくなり、ジッという音を放ったかと思うと、ぽとりと落ちた。
「あっ」
彼女はそう呟くと、名残惜しそうに線香花火の残骸をしばらく眺めていた。そして、しばらくしてから立ち上がると、空を見る。
青く晴れ渡った空。入道雲が見える、夏の空。
彼女は「うん」と頷くと、線香花火の残骸を処分して、玄関の扉を開けた。
「今日も暑いねー。……冷蔵庫に炭酸ジュース冷やしてあるからさ、持って行きなよ。戻る途中で喉乾いたら、困るでしょ?」
受け取るまで帰らないでよ。そう言って、彼女は家の中に入っていく。
閉じられた扉を眺めてから、僕は窓に近寄った。
窓から見えたのは、仏間。仏壇が見える。位牌と、遺影が飾られていて……写っているのは僕だ。
彼女が、仏壇の前に座った。お供え物を置いた台に、持ってきたばかりの炭酸ジュースの缶を供えてくれる。冷蔵庫でキンキンに冷やしてあったらしいそれは、夏の熱気に当てられて既に汗をかいていた。
彼女が──妻がお鈴を鳴らした、チーンという音を聞きながら、僕は再び玄関へと戻る。
扉の前には、迎え火の時にオガラを燃やした跡が残る、焙烙。先ほど弾けた線香花火の残骸も、そこに重ねてあった。
「線香花火の送り火って、初めて聞いた」
そう呟いて、苦笑して。僕は、待たせてあった茄子の牛に跨った。
牛はゆっくりと歩き出し、少しずつ懐かしい我が家から離れていく。
ふと手元を見ると、いつの間にか僕は炭酸ジュースの缶を握っていた。キンキンに冷えていて、少しだけ汗をかいているジュースの缶。
僕はすぐさま視線を家に戻し、「また来年」と呟いた。
プルタブを起こして、ジュースを呷る。流し込んだ炭酸ジュースは、口の中や喉の奥でぱちぱちと弾けて。
……なるほど、線香花火みたいだな、と僕は頷き、弾ける液体を飲み込む。
「こんなお盆も、悪くないね」
どんどん小さくなっていく我が家を見詰めながら、それでも妻には通じると信じて。
僕は呟き、そしてまたひと口、炭酸ジュースを呷った。
(了)