龍士守護旅
9
「もう、行っちゃうんだ」
のどかな村の出入り口で、美明は少しだけ寂しそうに言った。それに対し、紅福はバツが悪そうに苦笑して言う。
「あぁ。美明が言った通り、あれだけ暴れたら悪質な龍コレクターに狙われ易くなるからな……。いつまでも同じ場所にいる事なんてできねぇよ」
「そっか……。もっと色々な話を聞きたかったのにな。他の村の様子とか、龍や龍士の話とか……煉君のお父さんの話とか……」
その言葉に、紅福と煉、それに見送りに来ていた老人達が少しだけしんみりとした。その空気を打ち払うように、煉が言う。
「……お姉ちゃん! 僕達、龍道に行って、保護してもらって……強くなったらさ、また来るよ、この村に! その時はたっくさんお父さんの話をするからさ、聞いてね!」
「えぇ、約束よ!」
にっこりと笑って言う煉に、美明も明るく笑った。そう言えば、ここまで明るく笑う美明を見たのは、この村に来て初めてかな、と紅福は思う。
そして、その様子に満足げに笑うと、紅福は美明に声をかけた。
「それじゃ、そろそろ行くよ、俺達」
「あ、待ってよ、兄ちゃん!」
そう言って歩き出そうとする紅福達を、美明は「あ、待って」と言って引き止めた。そして、「これ……」と言いながら大きな包みを渡してくれる。
「? これ……弁当じゃん。何? くれるの?」
紅福の問いに、美明は「そう!」と力強く頷いた。
「また飢え死にしたりしないようにね。お昼にでも食べてちょうだい」
「……サンキュー……」
この村に来た時の事を思い出し、紅福は苦笑した。それを見て、村人達もまた笑う。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「うん。……あ、それから……」
思い出したように美明が言ったので、紅福は何事かと期待してしまう。
「え? 何? まだ何かあるのか?」
すると美明は頷き、空の右手を紅福に差し出しながら言った。
「宿代と、夜と朝の食事代。二人合わせて二百元ね」
言われた途端、紅福はずっこけた。あまりに綺麗にこけたため、煉は目を見張って「わー……」と呟いている。
「金取るのかよ!?」
この流れでそれはない、とばかりに紅福が言うと、美明は「当たり前でしょ」と言った。
「食堂の維持費って、結構かかるんだから! 守る人を守りたい、んでしょ?」
「う……」
行動理念を持ち出され、紅福は言葉に詰まった。その様子に煉は、あははと笑っている。
「兄ちゃんの負けだね」
「畜生……持ってけドロボー!」
情けない顔で財布を取り出す紅福に、村人達はまた笑った。半ば冗談だったのか……美明も苦笑している。
「どうも。お昼のお弁当代はサービスよ」
「そりゃどうも……」
そう言って、紅福も苦笑した。そして財布をしまい、背筋を伸ばすと、笑いを収めて言う。
「それじゃあ、そろそろ本当に行くよ」
「またね!」
そう言って、紅福と煉は村の外へと歩き出す。
「また来いよ!」
「うん! 元気でね!」
「旅人君達もな!」
「心得ておくよ!」
「道中達者でな!」
「気を付けるんだよ!」
「話を聞かせてもらうの、楽しみにしてるからね!」
「あぁ!」
「うん!」
明るく言葉を交わし、紅福と煉は再び龍道を目指して旅立った。二人ならきっと行けるはず、もっとたくさんのモノを守れるはず。そんな想いを、胸に抱いて。
炎は、少年から多くの物を奪い去り、数日後に消え去った。その頃の少年にはもう、叫ぶ事で紛らわせる悔しさも悲しさも、残っていなかった。
少年に残されたのは、自分の半分しか生きていない少年と、健康な身体。そして……守りたい≠ニいう、気持ち。
(了)