龍士守護旅
7
「その時だよ。俺と煉が、龍道を目指し始めたのは。……煉は、百万分の一の確率でしか生まれない死神龍を親に持ち、オマケに人龍だ。龍狩り……コレクターから見れば、これ以上無いレアな龍なんだよ。だから、龍の里である龍道に行って……大人になって、自分自身を守れるようになるまで保護してもらおうと思ってな……」
紅福の昔話を最後まで聞き、更にそう説明されても、それでも美明は納得がいかない。「けど……」と困惑した表情を見せた。
「煉君は、どう見ても人間じゃない……。別に辛い旅をしてまで龍道に行かなくても、普通の人間として振るまっていれば……」
「そうもいかねぇよ」
美明の言葉を、紅福はあっさりと切り捨てた。
「俺だって、何度か同じ事を考えたさ。けど、義兄さん……煉の父親は、龍の世界じゃ有名な死神龍だった。当然、息子の煉の事を知ってる奴だって、たくさんいる。いくら隠したって、バレるのは時間の問題なんだよ。……ひっそりと暮らしていたのに、義兄さんがあいつらに見付かってしまったのと同じようにさ……」
「そんな……でも、だったら尚更、私達を助けるわけにはいかないじゃない! 私達を助けるために暴れたりなんかしたら……それだけで噂が広まって、コレクターに狙われ易くなるかもしれないのよ!?」
「それが……そうもいかねぇんだよなぁ……」
「……え?」
紅福の苦笑するような言葉に、美明は思わず首を傾げた。その様子を気にかける事無く、紅福は昔を思い出すような、遠いところを見る目をした。
「俺と煉はさ……旅に出る時、あんまり乗り気じゃなかったけど……龍と龍士の契約を交わしたんだ」
「!?」
目を見張る美明の前で、紅福は上着の袖をまくって見せた。二の腕に、くっきりと何かの紋様が刻まれている。これが話に出ていた、龍と龍士の契約の証しである紋様か。紅福は、美明が見たのを確認すると、すぐに袖を元に戻しながら言う。
「だからさ、形式上は、俺が煉の主人って言うか……まぁ、そんな感じの形。……何でそうしたか、わかるか?」
「……わからない……何で?」
美明は首を横に振りながら、問うた。それに特に嫌な顔をする事もなく、紅福は淡々と言う。
「龍士の契約を結んでおけばさ、煉がピンチの時に俺が力を分け与えてやる事ができるだろ? こうすれば、何かあった時に煉が安全でいられる確率が増えるんだ。その逆もアリ。俺は、基礎体力はある方だと思うんだけど、戦闘能力はからっきし。……って言うか、人間がどう頑張ったところで、龍に勝てるわけがねぇしな。だから、俺は煉に守ってもらわねぇと、生き延びれない。……嫌でもこうするしかなかったんだよな……」
「……だから? それと、私達を助けてくれるの、どう関係してるの!?」
美明の問いに、紅福は自分の手を見た。あの時、両親を押し潰した瓦礫を持ち上げる事すらできなかった、非力な手。三年経って大きくなってはいるが、それでもまだ、あの時の重み、感触は残っている。
「……家族がみんな死んだ時、思ったんだ。一人で全てを守るのは、無理なんだって……。義兄さんは、一人で俺達も姉さんも、みんな守ろうとしてた。姉さんは姉さんで、一人で俺達を守ろうとしてた。その結果、二人とも死んじまった……。父さんも母さんも死んで、俺と煉しか生き残らなかった……」
そこで紅福は、視線を上げた。その目には、強い決意が宿って見える。
「その時に、煉と二人で決めた。決して一人で、全てを守ろうとしないようにしようって。けど……そのせいかな? 一人で全てを守ろうとしてる奴を見るとさ……二人とも、居ても立ってもいられなくなっちまうんだ」
「……え?」
苦笑する紅福に、美明は目を丸くした。そんな美明に、紅福は少し照れ臭そうにする。
「俺は……まずは煉を守りたい。けど、もう義兄さん達みたいな人を見たくないから……だから、何かを守ろうとしてる奴も守りたいんだ」
「守る人を守りたい……それじゃあ、助けようなんて、これっぽっちも思ってない。自分のためだ……っていうのは……」
紅福は、頷いた。
「美明達を助けたいからやってるわけじゃない。守らねぇと、自分達の気持ちが落ち着かねぇんだ」
「二人とも……守るために……。互いと、守っている人を守るためだけに、主従の契約を結んでまで……」
紅福は少しだけ笑って見せてから、視線を煉と文英の戦いへと向けた。龍士である紅福のサポートが無かったからだろうか。力に差があるらしい割に、煉と豪は互角の戦いを繰り広げているように見える。
「俺の片手は……煉を守るためにある」
その声が聞こえたのだろう。煉がこちらへ振り向き、明るい顔で言う。
「兄ちゃんだけじゃないよ! 僕の片手だって、兄ちゃんを守るためにある!」
「そして……余った二本の手で……」
「守る人≠守ってみせる!!」
二人の声が綺麗に重なり、それと同時に紅福は煉の元へと駆け出した。その様子に、文英は憎々しげに顔を歪ませる。
「何が守る、だ。何が守る人を守ってみせるだ! ガキが調子付きおって……豪! 何がどうなろうと構わん! 全力で突っ込め!」
「はい! マスター!」
文英の指示に応じ、豪が全身に水を纏って突っ込んでくる。煉はそれに炎を浴びせて威力を殺し、突っ込まれる直前にかわして見せる。
その横に並んだ紅福は、呆れたような顔をして文英に問うた。
「オッサン達さぁ……煉が死神龍の子どもだってわかったのに、よく戦おうって思えるよな。……何で死神龍が死神龍と呼ばれるようになったか、知らねぇの?」
その態度は、文英の怒りを更に煽った。文英は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「知るワケがなかろう! ガキが知ったかぶるつもりかっ!!」
紅福はますます呆れて、「やれやれ……」と呟いた。
「そんなんで、よく龍士をやってられるな。……煉、目星はついてるか?」
「うん! 額だよ! このオジサン、さっきからそこを狙うと隠してるんだ!」
煉の答に、紅福は頷いた。そして、煉に指摘された豪の額を人差し指で指し、叫ぶ。
「よし! そこを一点集中! 全力でやっちまえ! 俺も出せる限りの力をお前に分け与える!」
「うん!」
頷き、煉は走り出した。そして豪の眼前まで来ると思い切り大地を蹴り、人間とは思えぬ跳躍力で高く高く跳び上がる。
煉が大きく口を開き、息を吸い込んだ。豪がハッとし、紅福は気を抜かぬまま言う。
「死神龍がこう呼ばれる理由……それはな。どんな龍でも一撃であの世に送っちまう……死神のような強さを持つ龍だから、死神龍だ! 龍士ならそれくらい覚えとけ!!」
紅福の言葉が終わると同時に、煉が巨大な火球を吐き出した。火球は豪の額に真っ直ぐに向かっていく。火球が豪にぶつかる直前、紅福と煉は声を揃えて叫んだ。
「死神の炎で焼き尽くされろっ!!」
火球が豪にぶつかった。豪は急ぎ水を吐くが、強力な炎は消し切られずに豪の身体を包み込む。
やがて豪は地に落ち、その炎は豪の吐き出した水によって静かに消えていった。