龍士守護旅
4
夜の厨房にゴソゴソという音が響く。時折、トントンと何かを切る音も聞こえてくる。ロウソク一本きりの光源に照らされながら作業をする紅福に、ゆっくりと近付く者がある。
「……兄ちゃん?」
「何だ、まだ起きてたのか、煉?」
眠そうな目をこすりながら近付いてきた煉に、紅福は呆れ半分、苦笑半分の顔で向き合った。
「何やってんの?」
「見ての通り。厨房借りて、携帯食料作ってんだよ。時間が無ぇから、簡単な物しか作れねぇけどな」
ほら、と言って紅福は卓の上を煉に見せる。内臓や芽を取り除いて塩をまぶした魚や野菜が、所狭しと並んでいた。こうしておくだけでも、日持ちはずっと良くなるはずだ。
「材料は? 美明お姉ちゃんにもらったの?」
素朴な疑問を煉が口にすれば、紅福の顔は機嫌悪そうに歪む。
「料金請求されたから、てめぇで狩猟採集だよ。……ったく、足元見やがって」
「いつの間に狩猟採集なんてしたのさ?」
「お前が茶ぁ飲んで菓子食って、ご老人方のアイドルやってた時だよ! 見ろよこの手! 野草を取りあったウサギに噛まれて、この有様だぞ!?」
包丁を置き差し出された手を見て、煉は思わず「うわ……」と呟きながら後へ退いた。
「何でウサギと素手でケンカなんかしてるのさ……?」
「ウサギの一匹や二匹ぐらい倒せなきゃ、未来の龍士、李紅福の名が廃る」
「廃るほどの名前でもないでしょ?」
「うるせぇな……」
軽いふざけ合いの会話が途切れ、辺りがシンと静まり返る。紅福は、再び包丁で野菜を切りながら「なぁ……」と煉に声をかけた。
「煉」
「何? 兄ちゃん」
「後悔……してねぇか? その……俺についてきた事……」
「何で?」
真剣な問いにアッサリと返され、紅福はがくりと脱力した。そして、何故か必死になって言う。
「何でって……遠い道のりを歩かされるし、飢え死にしかけるし。……一人でいるのも確かに危険だけど、それでもこの旅を続けるよりは安全だったかもしれねぇんだぞ? ……そうだよ。いっその事、この村の人達に頼んで、一緒に暮させてもらった方が……」
「……兄ちゃんは、僕と一緒に旅をするのが嫌なの?」
「それは……」
言葉に詰まった紅福の様子を見て、煉は「違うんだ、良かった」と笑った。
「兄ちゃんが嫌じゃないなら、僕は兄ちゃんと一緒に行くよ。それに……龍道に行くのは、そもそも僕のためでしょ? ……お父さんの時みたいな事もあるし……兄ちゃんと一緒にいた方が安全だよ、絶対。確かに、途中は辛いけど……けど、龍道に着けば、今までよりもずっと安全になるんだし。それに……何かあった時は僕がいないと、兄ちゃんも危険でしょ?」
「煉……」
紅福が言葉を探しているうちに、煉は「この話はもうおしまいだ」と言わんばかりに、話題を変えてしまう。
「それにしてもさ、酷いよね。何の抵抗もできない村を、龍に攻撃させるなんて……」
「……お前も聞いたのか? その話……」
「うん、美明お姉ちゃんから」
頷く煉に、紅福は顔を暗くした。そして、そのまま表情は静かな怒りへと変わっていく。
「ったく……迷惑な話だよな。あんなのがいるお陰で、俺みたいな龍士候補まで変な目で見られるし」
紅福の言葉に、煉は哀しそうに頷いた。
「……お父さん達の時と、同じような人なのかなぁ? やっぱり……」
「さぁな。……けど、ロクでもない奴だって事は確かなんだろうな」
言われて、煉ははぁ……と小さく溜息をついた。その顔は、今にも泣きそうだ。
「嫌だな……。もうお父さん達みたいな人、出したくないよ。……見たくない……」
「……そうだな……」
同意しながら、紅福は煉の頭をくしゃりと撫でた。その時だ。
辺りが酷く揺れ、ドドォ……という爆裂音が聞こえてきた。
「なっ……何だ!?」
揺れを何とか堪えた紅福達は、揺れと音が収まるや否や窓に駆け寄り、外の様子を伺った。
そこで二人の目に飛び込んできたのは、信じ難い光景だった。
辺り一体が水浸しだ。先ほどまで空には雲など無く、雨の一滴すら降っていなかったというのに。
ゴウゴウという水の音に混じって、どこからかゴォォォ……という唸り声が聞こえてくる。その声に、紅福達は聞き覚えがあった。
「あれは……龍の唸り声? それに、この水……水属性の龍が、暴れてる? ……! まさか、例のタチの悪い龍士が、また……?」
「……そう、みたい……」
耳を澄ましていた煉が、渋い顔をしながら頷いた。煉に倣って紅福も耳を澄ましてみれば、遠くの方から人の声が聞こえてくる。昼間に聞いたどの村人とも違う声だ。
「ハハハハハ……! 良いぞ、豪(ハオ)! 破壊の限りを尽くせっ!」
あまりにあまりな台詞に、紅福と煉は半目になって呆れ返った。
「……マジでどうしようもねぇ奴みてぇだな……」
「典型的なダメな悪役だね……」
二人揃って溜息をつき、そして真剣な顔になる。
「……で、どうする?」
「どうするもこうするも……お姉ちゃん達が悲しむところ、見たくないよ!」
煉の言葉に、紅福は頷いた。
「決まりだな……行くぞ、煉!」
「うん!」