龍士守護旅












夜の厨房にゴソゴソという音が響く。時折、トントンと何かを切る音も聞こえてくる。ロウソク一本きりの光源に照らされながら作業をする紅福に、ゆっくりと近付く者がある。

「……兄ちゃん?」

「何だ、まだ起きてたのか、煉?」

眠そうな目をこすりながら近付いてきた煉に、紅福は呆れ半分、苦笑半分の顔で向き合った。

「何やってんの?」

「見ての通り。厨房借りて、携帯食料作ってんだよ。時間が無ぇから、簡単な物しか作れねぇけどな」

ほら、と言って紅福は卓の上を煉に見せる。内臓や芽を取り除いて塩をまぶした魚や野菜が、所狭しと並んでいた。こうしておくだけでも、日持ちはずっと良くなるはずだ。

「材料は? 美明お姉ちゃんにもらったの?」

素朴な疑問を煉が口にすれば、紅福の顔は機嫌悪そうに歪む。

「料金請求されたから、てめぇで狩猟採集だよ。……ったく、足元見やがって」

「いつの間に狩猟採集なんてしたのさ?」

「お前が茶ぁ飲んで菓子食って、ご老人方のアイドルやってた時だよ! 見ろよこの手! 野草を取りあったウサギに噛まれて、この有様だぞ!?」

包丁を置き差し出された手を見て、煉は思わず「うわ……」と呟きながら後へ退いた。

「何でウサギと素手でケンカなんかしてるのさ……?」

「ウサギの一匹や二匹ぐらい倒せなきゃ、未来の龍士、李紅福の名が廃る」

「廃るほどの名前でもないでしょ?」

「うるせぇな……」

軽いふざけ合いの会話が途切れ、辺りがシンと静まり返る。紅福は、再び包丁で野菜を切りながら「なぁ……」と煉に声をかけた。

「煉」

「何? 兄ちゃん」

「後悔……してねぇか? その……俺についてきた事……」

「何で?」

真剣な問いにアッサリと返され、紅福はがくりと脱力した。そして、何故か必死になって言う。

「何でって……遠い道のりを歩かされるし、飢え死にしかけるし。……一人でいるのも確かに危険だけど、それでもこの旅を続けるよりは安全だったかもしれねぇんだぞ? ……そうだよ。いっその事、この村の人達に頼んで、一緒に暮させてもらった方が……」

「……兄ちゃんは、僕と一緒に旅をするのが嫌なの?」

「それは……」

言葉に詰まった紅福の様子を見て、煉は「違うんだ、良かった」と笑った。

「兄ちゃんが嫌じゃないなら、僕は兄ちゃんと一緒に行くよ。それに……龍道に行くのは、そもそも僕のためでしょ? ……お父さんの時みたいな事もあるし……兄ちゃんと一緒にいた方が安全だよ、絶対。確かに、途中は辛いけど……けど、龍道に着けば、今までよりもずっと安全になるんだし。それに……何かあった時は僕がいないと、兄ちゃんも危険でしょ?」

「煉……」

紅福が言葉を探しているうちに、煉は「この話はもうおしまいだ」と言わんばかりに、話題を変えてしまう。

「それにしてもさ、酷いよね。何の抵抗もできない村を、龍に攻撃させるなんて……」

「……お前も聞いたのか? その話……」

「うん、美明お姉ちゃんから」

頷く煉に、紅福は顔を暗くした。そして、そのまま表情は静かな怒りへと変わっていく。

「ったく……迷惑な話だよな。あんなのがいるお陰で、俺みたいな龍士候補まで変な目で見られるし」

紅福の言葉に、煉は哀しそうに頷いた。

「……お父さん達の時と、同じような人なのかなぁ? やっぱり……」

「さぁな。……けど、ロクでもない奴だって事は確かなんだろうな」

言われて、煉ははぁ……と小さく溜息をついた。その顔は、今にも泣きそうだ。

「嫌だな……。もうお父さん達みたいな人、出したくないよ。……見たくない……」

「……そうだな……」

同意しながら、紅福は煉の頭をくしゃりと撫でた。その時だ。

辺りが酷く揺れ、ドドォ……という爆裂音が聞こえてきた。

「なっ……何だ!?」

揺れを何とか堪えた紅福達は、揺れと音が収まるや否や窓に駆け寄り、外の様子を伺った。

そこで二人の目に飛び込んできたのは、信じ難い光景だった。

辺り一体が水浸しだ。先ほどまで空には雲など無く、雨の一滴すら降っていなかったというのに。

ゴウゴウという水の音に混じって、どこからかゴォォォ……という唸り声が聞こえてくる。その声に、紅福達は聞き覚えがあった。

「あれは……龍の唸り声? それに、この水……水属性の龍が、暴れてる? ……! まさか、例のタチの悪い龍士が、また……?」

「……そう、みたい……」

耳を澄ましていた煉が、渋い顔をしながら頷いた。煉に倣って紅福も耳を澄ましてみれば、遠くの方から人の声が聞こえてくる。昼間に聞いたどの村人とも違う声だ。

「ハハハハハ……! 良いぞ、豪(ハオ)! 破壊の限りを尽くせっ!」

あまりにあまりな台詞に、紅福と煉は半目になって呆れ返った。

「……マジでどうしようもねぇ奴みてぇだな……」

「典型的なダメな悪役だね……」

二人揃って溜息をつき、そして真剣な顔になる。

「……で、どうする?」

「どうするもこうするも……お姉ちゃん達が悲しむところ、見たくないよ!」

煉の言葉に、紅福は頷いた。

「決まりだな……行くぞ、煉!」

「うん!」





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