陰陽Gメン警戒中!
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「なっ……なななな、何なんだよ、この化けモンはぁっ!?」
声の発生源に駆け寄ってみれば、十七、八歳ほどであろう長身の少年が尻餅をついている。チャックの開いたスクールバッグの中には、袋に入れられず、むき出しの状態且つシュリンクはかけられた状態の、数冊のコミック。一冊たりともスリップが抜かれておらず、高確率で万引き犯だ。
近くにある高校の制服を着ている。これなら住所氏名を黙りこくられても、引き取り手を召喚する事が可能だ。馬鹿め。
気付かれないように蔑みの目を少年に投げかけてから、暦は彼の視線の先を見た。そして、眉を顰める。
白い紙が宙に浮いている。あの、コミックや文庫に挟まっていた呪符だ。その周辺を、黒々とした空気と言うか、オーラ的な物が取り巻いている。
暦は無言のまま、栗栖の胸倉を掴み、黒いオーラ的な物を指差した。何か言おうにも、言葉が出てこず口がパクパクと開閉するだけだ。
「あぁ、アレですか? 式神の黒の丞ですよ。特技は色々な物に化ける事。攻撃対象ではない本木さんには、黒い風の塊のように見えるかもしれませんが」
「ちょ……あのっ……ば……いまっ……なに?」
やっと声を絞り出すも、言葉にならない。だが、栗栖は特に訊き直す事も無く。
「あの馬鹿には今、何が見えているのか、ですか? そうですねぇ……簡単に言うと、この店のエプロンを装着して、目を血走らせ殺気立った漆黒のミノタウロスとでも言いますか」
「何それ怖い」
何とか気を持ち直してそう言いつつ、ミノタウロスが書店エプロンを装着している様子を想像したら、ちょっとだけ和んだ。
「おい! なにほのぼのしてんだよ! 何なんだよ、この化けモン!? この店のペットか!? だったら何とかしろよ! お前、店員だろ! 客が危ねぇ目に遭ってんだぞ!?」
たった一瞬ですっかり忘れ去られていた万引き犯の少年が、存在を示すように抗議の声をあげた。忘れられたこの隙に、逃げる事を考えれば良いものを。馬鹿め。
冷ややかな目で少年を見下し、暦は「あぁ」と呟いた。
「それもそうですね。それでは、ここに居ては危険ですので、早々にバックヤードまで避難なさってくださいますね、お客様?」
そう言って、暦は少年の右腕を掴み、力いっぱい引き上げた。普段から本が大量に詰め込まれた段ボールを運びまくっている。本屋店員の腕力は、実は体育会系並みだ。
「なっ……何だよ、放せよコノヤロー!」
「ほらほら、お客様! 早く避難しないと。化け物が襲ってきてしまいますよ、お客様? お急ぎください、お客様」
冷たい笑みを顔に貼り付け、わざとらしく「お客様」を連呼しながら、暦は少年をバックヤードへと引きずっていく。
そんな様子を、栗栖が感心した様子で眺めていた。
「未知の体験に動揺するもすぐに平静を取り戻す順応力、愚かな仇敵を目の当たりにしても取り乱さない冷静さ。そして、自分よりも大きな相手を易々と引きずっていくあの腕力……。やっぱり……彼こそが、僕の探し求めていた……!」