覗く銀河
オイラの名前は金河銀河。猫である。
名付け親は、この金河家のご隠居。じいちゃんこと、金河大河。その年齢にしては珍しい名前だと思う。
このじいちゃんが、自分の名前と似た名前にしたいとかで、オイラの名前は銀河になった。
名付けた時に、「韻を踏んでて良い名前だろう!」と嬉しそうにしていたのが印象に残っている。
踏んでないけどね、韻。「金河」と書いて、「かねかわ」だから。「きんか」でも「きんが」でもないから。
そんな感じでちょっと抜けてるけど、じいちゃんは優しいし、よく面白いものを見せてくれる。
今日のじいちゃんは、何やら太い棒を一本と、細い棒を何本か引っ張り出してきた。
細い棒を組み合わせて台を作って、その上に太い棒を置く。しばらくがちゃがちゃやっていたかと思ったら、じいちゃんは嬉しそうにオイラに向かって手招きをしたんだ。
「おいで、銀河。面白い物を見せてあげよう」
そう言いながら、じいちゃんは外用の椅子を運んできて、棒を組み合わせて作った台の前に置いた。
呼ばれるままにオイラがじいちゃんのところへ向かうと、じいちゃんはオイラを抱き上げて、椅子の上に座らせる。そして、太い棒の先っちょを指差して、言ったんだ。
「覗いてごらん」
オイラは、素直に棒の先っちょを覗き込んだ。それで、おったまげた。
白いつぶつぶが、びっしりと広がっている。それがあまりに多いから、オイラは思わず、太い棒から顔を離した。じいちゃんは、そんなオイラの様子を見て、面白そうに笑っている。
「びっくりしたかい、銀河や。今お前が見たのはね、銀河だよ」
銀河? オイラの名前と同じ?
きょとんとしたオイラに、じいちゃんは頷いて見せた。
「そうだ。お前の名前と同じだよ。ほら……空に星が見えるだろう? あの星よりも、更に向こう。ずっと遠くに、銀河と呼ばれる星の川があるんだ。この天体望遠鏡は、そんな遠くにある銀河を、私達に見せてくれる魔法の道具なんだ」
銀河……。星の、川。星の、集まり。
「じゃあ、じいちゃんもあの銀河って場所にいるのかい?」
そう言いながら、オイラは振り向いた。そこには、誰もいない。
オイラの声が聞こえたのか、リビングの窓を開ける音がした。出てきたのは、じいちゃんの娘……加奈子さんだ。
「ちょっと、誰? おじいちゃんの天体望遠鏡出して、出しっ放しにしたの!」
「私じゃないよ!」
「僕も違う!」
加奈子さんの子ども達の声が、次々と聞こえてきた。
「あっ、銀河が出したんだよ、きっと!」
「馬鹿な事言わないの。銀河が出せるわけないでしょ。猫なんだから」
加奈子さんが呆れたような怒っているような声を発しているのを聞きながら、オイラはもう一度、太い棒──天体望遠鏡を覗き込んだ。その先にある、銀河を覗き込んだ。
なぁ、じいちゃん。前に教えてくれただろ。人も猫も、死んだら星になるんだって。じゃあ、じいちゃんもそこにいてもおかしくないよな?
銀河を作っている星々のうちの、どれか一つがじいちゃんなんだよな?
オイラと同じ名前の川の中にいるかもしれないじいちゃんの姿を見付けたくて。
オイラはずっと、望遠鏡を覗き続けた。
銀河を、覗き続けた。
(了)