ペットボトルでお茶会を













がらりと開いた戸から室内に招き入れられ、修威はほんの少しだけ、目を見開いた。通されたそこはどう見ても理科室で、今から興じるのは交流を主目的としたお茶会であるという事を考えると、どうにも違和感を完全に消す事はできない。

「こんにちは」

「……やっぱり、驚きますよね? ここ……」

苦笑しながら、修威の到着を理科室内で待っていた二人……奉理と知襲が、修威を部屋の中央へと招き入れる。

中央の机にだけは、丸椅子が三つ添えられていた。他の机には椅子が無く、部屋の隅には重ねて片付けられている似たような椅子がいくつも見える。今回のために片付けたのか、今回のために出してきたのかは、定かではない。

「何つーんかね? 窓の外が土で埋まってる理科室ってのも、これはこれで良いんじゃねぇの?」

土で光が遮られているため、蛍光灯が点灯していても室内は適度に薄暗く、空気もどことなく湿っぽい。そして、地下だからか、夏はひんやりと涼しい。そして恐らく、冬はほのかに暖かい。ここで理科の授業を受けたら、いつにも増して心地良く寝てしまいそうだ。

正直にそう言うと、奉理と知襲は「なるほど」と言って笑った。笑いながら、奉理がどこからか三本のペットボトルを持ってくる。それぞれのラベルには、レモンティー、ベリーティー、アップルティーと書かれている。どうやら、全て紅茶のようだ。

「気に入ってもらえると良いんだけど。……あ、俺のお勧めは、このベリーティーって紅茶かな」

そう言って差し出された三本のペットボトルのうち、修威は勧められた事と物珍しさからベリーティーを選んでみる。見た事の無いパッケージだ。製造元を見てみると、一般的には製造元の会社名が書かれているであろう場所に、鎮開学園の名が印字されていた。

「あれ? この学校、飲料水メーカーもやってんだ?」

首を傾げて問う修威に、奉理と知襲は静かに首を振った。

「メーカー……とは、ちょっと違うと思うよ。たしかにこの学園は、オリジナルブランドで色々な物を作っているんだけど、学園の外では何一つ手に入らないらしいし」

「鎮開学園の特性上、どのメーカーも関わり合いになるのは避けたがるんです。学園側も、外部の業者との繋がりを嫌っていますし」

だから、オリジナルブランドを立ち上げて、生徒達の飲食物や衣服は学園側で用意せざるを得なかった。

それに、この学園の生徒達は、ただでさえ日頃から精神的に圧迫され、ストレスの溜まりやすい環境に置かれている。それを解消するために、学園側は生徒達の口に入る飲食物のクオリティには相当気を使っているらしい。

「なるほどねぇ」

わかったような、わからないような、わかりたくないような。

首を傾げながら修威はペットボトルを開封し、ベリーティーを口に含んでみる。なるほど、クオリティに気を使っているという言葉に納得できる味だ。甘過ぎず、えぐみは無く、後味も爽やか。

「真奈貴ちゃんにも飲ませてみてぇかも」

ぽろりとこぼれ出た感想に、奉理と知襲が少しだけ嬉しそうな顔をした。どんな学校であろうと彼らの所属している施設。そこが作っている、彼らが普段飲み食いしている物が褒められるというのは、嬉しいのかもしれない。

「ごめんね。折角のお客さんだから、本当は淹れたてのお茶かコーヒーを、ちゃんと食器で出せたら、とは思ってたんだけど……」

俺達にはそこまで用意する方法が無くて。苦笑しながらもどこか申し訳無さそうに言う奉理に、修威は「良いって良いって」と言いながら手をひらひらさせた。

「味が美味ければ、それで。それに俺、ここが理科室ってわかった時には、ひょっとしてビーカーでジュースでも出てくるんじゃないかって思ったぐらいだし」

「流石にそれは……」

「明瑠さんでも、そんなにはやりませんね……」

「……そんなにはって事は……やった事があるって事? 堂上さん、そういう事やる人だったの……?」

奉理の顔が、少しだけ引き攣っている。それに対して、知襲はどこか懐かしそうな顔を見せて苦笑した。

「実験の息抜きで、たまに。新品のビーカーやフラスコで、ジュースやお菓子を作るぐらいでしたけど……」

「いや「いや、しないから。いくら新品でも、実験器具でお菓子作りはしないから!」

奉理の言葉を食う勢いで、修威は思わずツッこんだ。

それから、ハッとして。同じようにツッこもうとした言葉を食われた奉理と目が合った。そして、奉理がぷっと笑いだし、つられて修威も苦笑いをする。笑う二人に、知襲も楽しそうに笑いだした。

ひとしきり笑ってから、修威は「なーんだ」と間延びした声を発しながら、後頭部で掌を組む。

「俺、実を言うとここに来るまでの間、どうしようって思ってたんだ。生贄を育てる学園なんて、幽霊とか出そうだし。何か、生徒もすっげー重たいもん背負ってそうだし。お茶会してこいって言われても、何喋りゃ良いんだよ、って」

けど、お前さん達は普通なんだな。

そう言ってから、修威は目をきょろきょろと動かして、言葉を探すような顔を見せる。

「何が普通なのかって言われると、わかんねぇけど。でも、何て言うか……ヤギも知襲ちゃんも、良い意味で普通なんだなって」

「……ヤギって俺の事……だよね?」

少しだけジト目を作りながら問う奉理に、修威は「おう」と元気良く応えた。

「いかにも草食系で大人しそうだし。ヒツジでも良いけど、毛むくじゃらじゃないし。それに苗字、柳沼なんだろ? だったら、ヤギで良いんじゃねぇ?」

にしし、と笑えば、奉理は少しだけ肩を落として苦笑する。

「そのあだ名、小学校以来だなぁ……」

つまり、小学生の頃から印象が変わっていないと。

あぁ、そうか。だからか。

幼い頃から染みついている、その本性。草食系と揶揄されるほど大人しい性格故に、この学園に入学する運命から逃れえなかったという事か。

既に中身が半分以上無くなっているペットボトルを振る。中で紅茶がたぷんと音を立てるのを聞きながら、修威は奉理と知襲を改めて眺めた。こちらへ出向く前に、真奈貴に掻い摘んで教えてもらった物語が、頭を過ぎる。

「……ヤギと知襲ちゃんはさぁ、逃げようとは思わなかったのか?」

己の運命から。見知らぬ人々のために、命を惜しむ事すら許されなかった、己の運命から。

その問いに、奉理はふるふると首を振った。

「たしかに、逃げたいとは思ったよ。けど、逃げようとは思わなかった。……何て言うのかな? 向き合う事で、次に繋げようとか考えたわけじゃないんだけど……」

少し考えて、奉理は「うん」と頷いた。

「ひょっとしたら、明園さんの魔法と同じようなものなのかもしれない」

「俺の魔法?」

首を傾げた修威に、今度は知襲が頷いた。

「何故こんな事が起こるのか。何故自分はこうなのか。何故こんな魔法が使えるのか。面倒とも言えるそれらを考える事から、逃げる事もできたはずです。……けど、明園さんは逃げませんでしたよね」

逃げずに、ありのままを受け入れた。

それと、同質の事なのかもしれない。

「……そうじゃないかもしれないけど」

最後にそう付け加えたのが、いかにも自信無さげで草食系の奉理らしい。

「ふぅん……」

そう呟くと、修威はペットボトルの残りを飲み乾した。そして、空のペットボトルを机に置くと、そのまま理科室の戸口へと歩き出す。

「ま、外野の俺がぐだぐだ口を挟む事じゃねぇわな。お前さん達も、後悔してないからこそ、今日ここで俺とお茶会なんてする気になれたんだろうし」

そう言って、戸口に手をかけて。修威は振り向くと、ニッと笑って言った。

「ごちそうさん。ヤギお勧めのそれ、美味かったぜ」

その視線の先には、丸椅子が三つ添えられた机と、その上に並んだ三本のペットボトル。一本だけが空になり、残りは未開封のままだ。

机の周りには、既に誰もいない。

その様子に少しだけ眦を下げて優しく笑うと、修威は廊下へ出て扉を閉める。すると、理科室の照明はひとりでに消えて、辺りは真っ暗闇となる。

そして、そこには誰もいなくなった。













(了)