贄ノ学ビ舎















10

















綺麗な少女だった。雪のように白い肌に、黒い髪が映えている。大人しそうな雰囲気だが、琥珀色の瞳と、赤いカチューシャのためか、暗い性格のようには見えない。どこか、あの生贄の儀で犠牲になった、堂上明瑠に雰囲気が似ているようにも思う。

「えっと、あの……」

覚悟を決めたところで、今度は別の覚悟が必要である事に奉理は気付いた。……いや、気付かされた。

まず、照れ臭い。恥ずかしさは消えたが、目の前の綺麗な少女に見詰められると、結局顔が赤面してしまうのを感じる。そして、最大の問題点として、何を喋れば良いのかが、わからなかった。

言葉に詰まり口をモゴモゴさせていると、少女が「あっ」と小さく呟き、ふわりと微笑んだ。

「済みません。知らない人間にいきなり声をかけられたら、戸惑いますよね。……私は、白羽(しらは)知襲(ちがさ)、といいます。あの……差支えなければ、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

少女――知襲に乞われ、奉理は「あぁ」と頷いた。そうだ、名前を言うだけなら、相手が誰であろうと、この場合は問題無い。

「えっと……柳沼、奉理。高等部の一年生で……あ、白羽さんは……」

「知襲、で良いですよ。私は、中学二年生です」

そう言って、知襲は少しだけ奉理に近寄ると、少しだけ辺りを見渡した。

「ところで……柳沼くんは、どうされたんですか? 何で、こんな場所に?」

「あ……その、えーっと……」

痛いところをつかれ、奉理はきまり悪く目を泳がせた。そして、先ほどの妙な覚悟を思い出すと、不承不承、迷い込んで帰り道がわからなくなった事を告白する。説明をすればするほど、この歳になって迷子で泣いてしまった事実が重く圧し掛かってくる。穴があったら、入りたい。むしろ、穴を掘って入りたいくらいだ。

「そうだったんですか。じゃあ、病気とか、怪我じゃないんですね? 良かった」

奉理の話に、知襲はホッとしたように微笑んだ。

「俺……そんなに具合悪そうだった……?」

少しずつ気を緩ませながら、奉理は情けない顔をして問うた。知襲は「はい」と言うと、頷いて見せる。

「とても、辛そうで。それに、何かに思い悩んでいるようにも見えました。悩んで悩んで、どうすれば良いのかわからなくなって。行き詰ったところで発作が起きてしまったような……」

「……」

奉理は、目を閉じて唸った。ほぼ当たっている。もし奉理に、発作が起こるような持病があれば……知襲の言葉は、寸分の違いも無く当たっていたかもしれない。

「……やっぱり。何か悩み事が、あるんですね?」

心を読んだように。少しだけ顔を曇らせて、知襲が問うてきた。奉理が何も言えずにいると、更に問う。

「……生贄にされるのは、柳沼くんのお友達ですか? それとも、柳沼くん自身……?」

「!?」

目を見開き、奉理は知襲を見詰めた。知襲は「ごめんなさい」と小さな声で呟くと、目を逸らす。

「この学園で、体調を崩してしまうほど思い悩む事と言ったら、やっぱり、生贄の事……ですから。……済みません、不愉快ですよね。会ったばかりの人間に、こんな事言われたりしたら……」

俯く知襲に、奉理は慌てて首を振った。

「ちっ、違うよ! そうじゃなくって……ただ、驚いたんだ。さっきから、俺の事、ズバズバと当ててくるからさ。悩んでいた事とか、その原因が生贄の事だとか……」

「……ここに住むようになって、長いですから」

苦笑しながら言う知襲に、奉理は首を傾げた。

「長い、って事は、初等部の頃から鎮開学園にいるって事?」

奉理の問いに知襲は答えず、ただ曖昧に微笑んで見せた。そして、「ところで」と言って表情を変える。真剣で、深刻そうな顔だ。

「聞いた話なのですが……一週間後に、また生贄の儀があると……。柳沼くん、生贄の事で悩んでいる……んですよね? じゃあ、一週間後に生贄にされるのって……」

「……」

知襲の言葉にしばし押し黙り。そして、意を決して奉理は首を横に振り、口を開いた。恐らく、この少女には、中途半端な誤魔化しは通用しない。

「……ううん、俺は違うよ。生贄にされるのは、俺のクラスメイト」

「クラスメイト……」

痛ましそうに呟く知襲に、奉理は頷いた。

「仲の良い子……だったんですか?」

「ううん……悪くはなかったと思うけど、話す事はほとんど無かったかな。多分、俺以外のクラスメイトも、大半が同じ認識だと思う」

「それだけ希薄な関係でも、やっぱり……生贄にされると思うと悲しい、ですか?」

問われて、奉理は首を傾げた。そして、考える。言われてみれば、ずっとモヤモヤしてはいたが、この感情が何なのか、考えた事がなかった。

「どう、だろう? 納得がいかないとは思うんだけど……悲しいのかと言われると、そうでもないような……。ただ、何て言えば良いのか……」

言葉に詰まり、考え込む。答を探して唸るその様子を、知襲はしばらくの間、じっと見詰めていた。

「……悔しい、ですか?」

「え?」

突然差し出された言葉に、奉理は一瞬呆けた。知襲は、「間違っていたらすみません」と前置きをして。

「さっき……しゃがみ込んで泣いていた柳沼くんの姿が、今思い返すと……何だかとっても、悔しがっているように見えたんです。この学園に送り込まれた自分も、生贄にされてしまうクラスメイトも助ける事ができない。そんな力不足を、嘆いているような……」

「……」

確かに、悔しいと感じる事もある。先ほども、情けなさと同時に、悔しさを感じた。

「悔しい。……うん、そうなのかもしれない……」

呟いて、奉理は自らの右手を見た。開いていた手を、グッと握ってみる。その感覚は、決して弱くはない。だが、強いかと問われると……。

「……」

グッと歯を噛み、握る拳に力を込める。拳は、ブルブルと震えるだけだ。物語か何かのように、不思議な力が湧いてくるという事は無い。

「……これが、漫画とかの、物語の世界なら。俺は……いや、俺達はみんな、助かるんだろうな。ピンチになった時、何人かは不思議な力に目覚めて。その中から、ヒーローが現れて。そいつが……化け物達を全部退治してくれて。生贄なんか、必要無くなって……」

震える拳を解き、力無く腕を下す。項垂れる奉理の様子に、少しだけ迷う顔付きをしてから、知襲は「あの……」と声をかけた。

「柳沼くん。……欲しい、ですか? その……化け物達を倒して、生贄を……クラスの仲間を、助ける力……」

「え……」

知襲の問いに、奉理は面食らった。まさかそんな、物語にしか有り得ないような言葉を聞かされるとは夢にも思わない。だが、もし本当にそんな力が存在して、自分がそれを手に入れる事ができるのなら……。

「……欲しいに決まってるよ。それで静海や、他のクラスメイト。それに、俺自身が助かるなら……絶対に欲しい」

頷く奉理に、知襲も頷いた。そして、「ついてきてください」と言うと、奉理に背を向けて歩き始める。

「え? ついてきてって、どこに……」

奉理の呼び掛けに、知襲は一旦、足を止めた。振り向き、真剣な眼差しで、奉理を見詰める。

「……力が、ある場所です。化け物を、倒す力が……」

そう言って、知襲は再び歩き出す。その後ろ姿を、奉理は。

「……え?」

呆けた顔で、しばらくの間、見詰めていた。











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